骸骨と蜘蛛と   作:野高これ

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 いよいよ、本格的にナザリックの外にお出かけです。ここまでが長くて、申し訳ない。
 


7 兎の足は誰のもの

 

 

 

 カルネ村はかつてない惨劇に見舞われていた。そこかしこで、逃げ惑う村民を騎士が追いかけ、撫で切りにしている。

 悲鳴や怒号が飛び交い、辺りに漂う血の匂いで朝の爽やかな空気は一変していた。

 

 女房を庇う農夫を斬りつけ、呆然と立ち尽くす老婆の胴を貫いた。家屋や納屋に隠れる者を引きずり出し、子供であろうと容赦なく首を刎ねる。一部、農具を手に反撃する村人もいたが、結局は同じ末路を辿った。

 

 村の中央の広場には、村人が身を寄せ合い、降りかかる暴力の嵐が通り過ぎるのを祈るよりほかなかった。その数、二十人足らず。

 はじめ広場に追い立てられたときは、五十人ほど生き残っていたが、騎士に包囲され逃げ場をなくした彼らは、なす術なく数を減らしていった。

 

 突如、殺戮の嵐に襲われ、貧しいながらも平和だった村は、風前の灯火だった。

 逃げる女に加虐心を隠そうともせず、わざと時間をかけて甚振(いたぶ)っていた騎士が、鎧ごと真っ二つになるまでは。

 

 頭から縦に裂かれ、右、左と大地に転がる騎士だったもの。(むくろ)の中身が零れ落ち、大地を汚す。追い立てられていた女が降り注ぐ血に塗れ、別の意味で悲鳴を上げた。

 

 アラネアは血で濡れた抜き身の刀を手に、次なる獲物へ走り寄る。その速度は尋常ではなく、騎士の首を容易く落とした。

 一陣の黒い風が吹き抜けるのに似て、一刀のもと騎士たちの命を刈り取っていく。

 アラネアの動きに対応できる騎士はおらず、刀が微かに煌めくたび血飛沫が舞う。

 

「アラネア様の戦う姿を始めて目にしましたが、戦士職を修めているのですか?」

 

 モモンガは、アラネアを見守りつつ、アルベドに軽く顔を向ける。

 

「いや。アラネアは純粋な戦士ではない。どちらかと言えば、搦手を得意としているのだが」

 

 何しろ相手が役者不足だ。刀の特性とは関係なく、一撃必殺になっている。

 

 

 

 自らの足で立つ騎士は、最早、五人のみ。文字通り、瞬く間に二十人以上が殺害された。

 生き残った騎士たちは仲間が屠られる様に、怯えた。黒い霞を辛うじて目の端に捉えられるのみ。

 何しろ、その動きを目で追えないのだ。身体を刻まれ、悲鳴をあげる事さえ叶わずに死ぬ。

 悪夢以外の何物でもなかった。

 得体の知れないものへの恐怖が心臓を鷲掴みにする。

 この村は一体どんな化け物を飼っているのか。

 

 血風がやんだ。

 

 それが動きを止めると、

「詰まらないわ。一寸は抗おうとしてみなさいな」

 

 場違いな鈴を転がすような声。

 

「弱いもの苛めはできても、強い相手には諦めるのかしら。まあ、弱いもの苛めに関しては、私も人様のことは言えないのだけれど」

 

 化け物の正体は女だった。

 

 狩る者を狩られる側に追いやったのは、目の前に悠然と立つ黒髪の女だというのか。生き残りのひとり、ロンデスは、たおやかな手に持つ血の滴る刀をみても未だ信じられない。

 妙な仮面のせいで顔は判らないが、声から考えるに歳は想像以上に若い。背格好は華奢で、ロンデスたち手練れの騎士を一方的に殺した正体だとは、とても思えなかった。

 

「まさか、稀人(まれびと)の、子。神人(しんじん)…なのか?」

 

 ロンデスが震える声で問う。

 酒場の下らない噂話だ。

 ごく稀に、生まれながらにして、強靭な生命力を備える赤子が誕生するという。

 

 この世に生れ落ちて半年もたたず、両の足で大地を踏みしめ、流暢に会話する。

 見様見真似で堂にいった太刀筋を見せる。

 果ては武技、魔法すら、難なく会得してしまう。

 タレントという例外はあるものの、酒のつまみ程度の与太話。努力を重ね、修練を積んだ者ほど一笑にふす眉唾な噂。

 確かに才能の差はある。生まれ持った才能が、人に優劣をつける。ただし、それは努力の基礎として存在するもの。能力を伸ばそうとしなければ宝の持ち腐れである。

 ロンデスは今まで、そう信じてきた。

 眼前の常軌を逸した存在を知るまでは。

 

「新人? そう呼べなくもないわね」

 

 女は連れらしき者たちを振り返る。女と同じ仮面を被る者と漆黒の騎士だ。

 

 ロンデスたちを前に、無防備な振る舞いを好機と捉え、隣にいたエリオンが裂帛(れっぱく)の気合とともに斬りかかる。ロンデスが制止する間もなかった。

 剣を握る両腕が飛び、同時にエリオンの頭が隊長であるベリュースの前に落ちてきた。ぎゃっ、と悲鳴をあげ、ベリュースが尻もちをつく。

 まるで剣筋は見えず、女は造作もなくエリオンを屠った。後ろを振り返ったままで、だ。

 

「一人減ってしまったわ。軽挙は慎むことね」

 

 女が顔を正面に戻した。刀を振るって血を払い、ゆっくりと納刀する。仮面が陽の光を浴び、不気味に光っていた。

 ロンデスは、女が仮面を外さないことに感謝した。ぞっとするような表情を浮かべているに違いないからだ。

 

「力の差はわかってくれたかしら。そうそう、村の外にもいるのだったわね」

 

 何処からともなく、女は小型の刃物を複数本取り出し、無造作に頭上へ放った。

 くるくると、回転しながら昇っていった刃物が重力の頸木から逃れ、まるで引っ張られるように軌道を変えて、女の動き程じゃないにしろ、凄まじい速度でジグザグに曲がりながら四方へ散る。

 ロンデスは察した。村人を逃がさぬよう村の外で見張る、弓騎兵の死を。

 女がひとつ頷く。

 

「あなた達に朗報よ。生き残る機会を与えましょう。ただし、枠はひとつよ」

 

 女が楽しそうに告げる。

 

 顔を見合ったロンデスたち四人。逡巡の間が訪れる。

 

「お、俺だ! 隊長である俺を見逃してくれ!」

 

 ベリュースがエリオンの頭に躓きながら、転げるように踊り出た。口から唾を飛ばし、四つん這いで女の脚に近づく。

 ロンデスの知らぬ間に、女の連れ二人が、そのすぐ後ろに立っていた。まるで、はじめから居たかのように景色に溶け込んでいる。

 

「この俺を助けてくれたら、金をやる! 金貨二百枚だ!」

 

 ベリュースのみっともない命乞いに、

「だ、そうだけど。あなた達の総意かしら?」

 

「そうに決まってるだろ! 俺が隊長なんだ、貴様らは俺の為に死ね!」

 

 ロンデスは、冷ややかにベリュースを見る。思えば、戦士の素質が露程もないベリュースには、この任務中、散々足を引っ張られてきた。それだけでは飽き足らず人間性も最悪だ。

 流石は金で地位を買った男。この隊にベリュースを慕う人間など、いやしない。

 

「隊長、俺たちはね、あんたの御守はうんざりだったんですよ」

 

「一人選ぶとしても、間違いなく、あんたじゃない」

 

「と言うことで、ベリュース隊長から死んでくれないか」

 

 ロンデスを皮切りに、リリクとモーレットが続ける。

 

「ふざけるな! 隊長である俺にたいして、なんたる口の利き方だ!」

 

 憤慨したベリュースが、血走った目でロンデスたちを怒鳴りつけた。ベリュースからしてみれば、隊長である自分が助かるのは、当然なのだろう。

 

「そう。私たちは多数決を重んじるの。まず、あなたはハズレね」

 

 女は淡々と、ベリュースに死刑宣告をした。

 

「ま、ま、待ってくれ! 金貨八百枚だす! だから、命だけはぁ!」

 

 にじり寄って、ベリュースが女の脚に縋りつく寸前、

「ぶふぇっ!」

 

「おい、貴様。彼女に、汚い手で触れようとしたな」

 

 仮面の男が、ベリュースの頭を兜ごと踏みつけた。ぎゃりぎゃりと兜が悲鳴をあげる。

 

「ち、違いまっしゅ! 勘違い、だ、です! 痛い、いたいっから! いたあああああ」

 

 踏みつけられ、首を真横にしたまま音をたてて兜が潰れていき、痛みにベリュースが泣き叫ぶ。

 

「やれ」

 

 男の言葉に応え、黒い騎士の三日月斧が断頭台の刃となってベリュースの頸に落とされる。

 

 ザンッ!!

 

 地面に大きな亀裂を刻む衝撃。

 ロンデスたちの足元から、はっきりとベリュースの死が伝わってくる。

 

「ふん。身の程を弁えろ。屑が」

 

 男がベリュースの変形した頭を蹴り飛ばす。奇しくもロンデスの脚に当たり、止まった。目玉が飛び出し潰れた顔が、ロンデスには恨みがましくうつる。最後まで人を不快にさせるのが、ベリュースらしいといえば、らしい。

 

 

 

 モモンガは、ベリュースとかいう隊長(ごみ)がアラネアの脚に触れようと無遠慮に手を伸ばした際、怒りに我を忘れた。

 抑制も効かず、少しずつ足に力を込めていき、不埒者の苦痛を足裏に感じて暗い喜びを味わった。

 本来なら、隊長である者を生かしておく方がよかったのだろうが、モモンガはそれを受け入れ難かった。大切なアラネアを汚そうとする輩は殺処分で決まりだ。

 

 

「で、お前たちは誰が生き残るのか、決めたのか?」

 

 モモンガの問いかけに、騎士たちは剣を構えることで答えを返した。

 

「そうか。それがお前たちの矜持というわけか」

 

 しかし、皆殺しでは嘘をついたことになる。アラネアに〈伝言〉(メッセージ)を繋いで一人だけ生かすと伝えたのは、ほかならぬモモンガだ。自分が嘘つき呼ばわりされるのは構わないが、アラネアにそれを押し付けるのは我慢ならない。

 

「と、言うわけで、覚悟を決めたところ悪いが、死んでもらうのは二人だけだ」

 

 〈魔法の矢〉(マジック・アロー)をモモンガが発動する。十本の光る矢は眼前に浮かび、猟犬のように標的を狙う。第一位階の魔法だが、モモンガの繰り出す矢は、この相手には過ぎた攻撃だ。

 引き金を引く。

 

 二人の騎士は、風切り音を纏う十本の矢に射抜かれた。いや、射抜かれたというより破壊された。弾ける肉と金属片が周囲に散らばる。避けようとはしていたが、生憎、魔法の矢は普通の矢とは違い必中する。

 

「おめでとう。お前が選ばれた」

 

 ぶわり。

 夥しい蜘蛛の糸が、へたり込んだ最後の騎士を雁字搦めにし、白い大きな繭を完成させた。くぐもった叫びが微かに漏れ出る。

 

「アルベドは先ほどの姉妹を連れてこい。アラネアは私と共に村人の元へ」

 

「ええ」

 

 

 村の生き残りは、殆ど女、老人、子供だけしかおらず、壮年の男は二人だけだった。男連中は積極的に抗った分、頭数を失ったのだろう。

 先ほどの隊長は酷すぎたが、不様でも潔さを捨てていれば、こうはならなかったのではなかろうか。今となっては仕方ないことだが。

 

 言葉にすれば、恐怖、怒り、悲哀、戸惑い。村人の感情に共感できるかはともかく、話をしなければ。

 アラネアを促す。こういう場面では、男より女性のほうが受け入れやすいはずだ。

 

「私たちは、あなた方を助けに来たものよ。どなたかと話をしたいのだけれど、いかがかしら?」

 

 ひそひそと話し、こちらの態度を窺う村人の輪から、ひとりの婦人が前へ出てきた。相応の歳を重ねた年配の女性だ。表情が強張っていたが、努めて平静を保とうとしている。

 

「私はこの村の村長の妻です。夫は亡くなりましたので、今は私が話を致します」

 

 悲惨な体験をした直後だというのに、毅然とした振る舞いをみせた。

 話を聞くのはこの女性で問題ないだろう。

 

「心よりお悔みを」

 

「いえ。あなた方が来なければ、村はどうなっていたことか…。こちらこそ、村を代表してお礼申し上げます」

 

 婦人は深く頭をさげた。

 

「さっき、村のはずれで姉妹を助けたわ。名はエンリとネム。彼女らの両親はこの中に?」

 

 顔を俯かせ、婦人が首を左右に振る。

 

「そう」

 

 生き残った村人たちの前途は暗い。働き盛りの男を多く失い、今までの生活は望むべくもない。故郷を捨て、よその村や町に移り住む以外、彼らに生きる道は残されていないだろう。

 

 モモンガがアラネアと婦人の遣り取りを横目に、つらつらと考えていると、アルベドが姉妹を連れて戻ってきた。

 

 姉妹は真っ先に村人たちに駆け寄る。

 アルベドが連れ戻そうと姉妹を追うのを見て、

「放っておけ、アルベド」

 

「しかし…」

 

 アルベドは、まずモモンガとアラネアに目通りしない姉妹に不満らしく、苛立たしげに三日月斧とカイトシールドをかち合わせる。

 

「よいのだ」

 

 モモンガに姉妹の嗚咽が聞こえた。それを切っ掛けに、それまで堪えていた他の村人も涙を流し、咽び泣く。婦人も涙を指先で拭っている。

 

「儚いものね。人の命というのは」

 

 アラネアがぽつりと零す。

 

 村人たち泣き声が葬送曲のように、冷たく村を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 モモンガ様とオリキャラは、ナザリック外ではよそ行きの態度で臨みます。
 今後、カルネ村は原作の流れからそれ、住人の人生も変わります。
 特にエモット姉妹は原作とは別ルートで激動の人生になるでしょう。
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