カルネ村はかつてない惨劇に見舞われていた。そこかしこで、逃げ惑う村民を騎士が追いかけ、撫で切りにしている。
悲鳴や怒号が飛び交い、辺りに漂う血の匂いで朝の爽やかな空気は一変していた。
女房を庇う農夫を斬りつけ、呆然と立ち尽くす老婆の胴を貫いた。家屋や納屋に隠れる者を引きずり出し、子供であろうと容赦なく首を刎ねる。一部、農具を手に反撃する村人もいたが、結局は同じ末路を辿った。
村の中央の広場には、村人が身を寄せ合い、降りかかる暴力の嵐が通り過ぎるのを祈るよりほかなかった。その数、二十人足らず。
はじめ広場に追い立てられたときは、五十人ほど生き残っていたが、騎士に包囲され逃げ場をなくした彼らは、なす術なく数を減らしていった。
突如、殺戮の嵐に襲われ、貧しいながらも平和だった村は、風前の灯火だった。
逃げる女に加虐心を隠そうともせず、わざと時間をかけて
頭から縦に裂かれ、右、左と大地に転がる騎士だったもの。
アラネアは血で濡れた抜き身の刀を手に、次なる獲物へ走り寄る。その速度は尋常ではなく、騎士の首を容易く落とした。
一陣の黒い風が吹き抜けるのに似て、一刀のもと騎士たちの命を刈り取っていく。
アラネアの動きに対応できる騎士はおらず、刀が微かに煌めくたび血飛沫が舞う。
「アラネア様の戦う姿を始めて目にしましたが、戦士職を修めているのですか?」
モモンガは、アラネアを見守りつつ、アルベドに軽く顔を向ける。
「いや。アラネアは純粋な戦士ではない。どちらかと言えば、搦手を得意としているのだが」
何しろ相手が役者不足だ。刀の特性とは関係なく、一撃必殺になっている。
自らの足で立つ騎士は、最早、五人のみ。文字通り、瞬く間に二十人以上が殺害された。
生き残った騎士たちは仲間が屠られる様に、怯えた。黒い霞を辛うじて目の端に捉えられるのみ。
何しろ、その動きを目で追えないのだ。身体を刻まれ、悲鳴をあげる事さえ叶わずに死ぬ。
悪夢以外の何物でもなかった。
得体の知れないものへの恐怖が心臓を鷲掴みにする。
この村は一体どんな化け物を飼っているのか。
血風がやんだ。
それが動きを止めると、
「詰まらないわ。一寸は抗おうとしてみなさいな」
場違いな鈴を転がすような声。
「弱いもの苛めはできても、強い相手には諦めるのかしら。まあ、弱いもの苛めに関しては、私も人様のことは言えないのだけれど」
化け物の正体は女だった。
狩る者を狩られる側に追いやったのは、目の前に悠然と立つ黒髪の女だというのか。生き残りのひとり、ロンデスは、たおやかな手に持つ血の滴る刀をみても未だ信じられない。
妙な仮面のせいで顔は判らないが、声から考えるに歳は想像以上に若い。背格好は華奢で、ロンデスたち手練れの騎士を一方的に殺した正体だとは、とても思えなかった。
「まさか、
ロンデスが震える声で問う。
酒場の下らない噂話だ。
ごく稀に、生まれながらにして、強靭な生命力を備える赤子が誕生するという。
この世に生れ落ちて半年もたたず、両の足で大地を踏みしめ、流暢に会話する。
見様見真似で堂にいった太刀筋を見せる。
果ては武技、魔法すら、難なく会得してしまう。
タレントという例外はあるものの、酒のつまみ程度の与太話。努力を重ね、修練を積んだ者ほど一笑にふす眉唾な噂。
確かに才能の差はある。生まれ持った才能が、人に優劣をつける。ただし、それは努力の基礎として存在するもの。能力を伸ばそうとしなければ宝の持ち腐れである。
ロンデスは今まで、そう信じてきた。
眼前の常軌を逸した存在を知るまでは。
「新人? そう呼べなくもないわね」
女は連れらしき者たちを振り返る。女と同じ仮面を被る者と漆黒の騎士だ。
ロンデスたちを前に、無防備な振る舞いを好機と捉え、隣にいたエリオンが
剣を握る両腕が飛び、同時にエリオンの頭が隊長であるベリュースの前に落ちてきた。ぎゃっ、と悲鳴をあげ、ベリュースが尻もちをつく。
まるで剣筋は見えず、女は造作もなくエリオンを屠った。後ろを振り返ったままで、だ。
「一人減ってしまったわ。軽挙は慎むことね」
女が顔を正面に戻した。刀を振るって血を払い、ゆっくりと納刀する。仮面が陽の光を浴び、不気味に光っていた。
ロンデスは、女が仮面を外さないことに感謝した。ぞっとするような表情を浮かべているに違いないからだ。
「力の差はわかってくれたかしら。そうそう、村の外にもいるのだったわね」
何処からともなく、女は小型の刃物を複数本取り出し、無造作に頭上へ放った。
くるくると、回転しながら昇っていった刃物が重力の頸木から逃れ、まるで引っ張られるように軌道を変えて、女の動き程じゃないにしろ、凄まじい速度でジグザグに曲がりながら四方へ散る。
ロンデスは察した。村人を逃がさぬよう村の外で見張る、弓騎兵の死を。
女がひとつ頷く。
「あなた達に朗報よ。生き残る機会を与えましょう。ただし、枠はひとつよ」
女が楽しそうに告げる。
顔を見合ったロンデスたち四人。逡巡の間が訪れる。
「お、俺だ! 隊長である俺を見逃してくれ!」
ベリュースがエリオンの頭に躓きながら、転げるように踊り出た。口から唾を飛ばし、四つん這いで女の脚に近づく。
ロンデスの知らぬ間に、女の連れ二人が、そのすぐ後ろに立っていた。まるで、はじめから居たかのように景色に溶け込んでいる。
「この俺を助けてくれたら、金をやる! 金貨二百枚だ!」
ベリュースのみっともない命乞いに、
「だ、そうだけど。あなた達の総意かしら?」
「そうに決まってるだろ! 俺が隊長なんだ、貴様らは俺の為に死ね!」
ロンデスは、冷ややかにベリュースを見る。思えば、戦士の素質が露程もないベリュースには、この任務中、散々足を引っ張られてきた。それだけでは飽き足らず人間性も最悪だ。
流石は金で地位を買った男。この隊にベリュースを慕う人間など、いやしない。
「隊長、俺たちはね、あんたの御守はうんざりだったんですよ」
「一人選ぶとしても、間違いなく、あんたじゃない」
「と言うことで、ベリュース隊長から死んでくれないか」
ロンデスを皮切りに、リリクとモーレットが続ける。
「ふざけるな! 隊長である俺にたいして、なんたる口の利き方だ!」
憤慨したベリュースが、血走った目でロンデスたちを怒鳴りつけた。ベリュースからしてみれば、隊長である自分が助かるのは、当然なのだろう。
「そう。私たちは多数決を重んじるの。まず、あなたはハズレね」
女は淡々と、ベリュースに死刑宣告をした。
「ま、ま、待ってくれ! 金貨八百枚だす! だから、命だけはぁ!」
にじり寄って、ベリュースが女の脚に縋りつく寸前、
「ぶふぇっ!」
「おい、貴様。彼女に、汚い手で触れようとしたな」
仮面の男が、ベリュースの頭を兜ごと踏みつけた。ぎゃりぎゃりと兜が悲鳴をあげる。
「ち、違いまっしゅ! 勘違い、だ、です! 痛い、いたいっから! いたあああああ」
踏みつけられ、首を真横にしたまま音をたてて兜が潰れていき、痛みにベリュースが泣き叫ぶ。
「やれ」
男の言葉に応え、黒い騎士の三日月斧が断頭台の刃となってベリュースの頸に落とされる。
ザンッ!!
地面に大きな亀裂を刻む衝撃。
ロンデスたちの足元から、はっきりとベリュースの死が伝わってくる。
「ふん。身の程を弁えろ。屑が」
男がベリュースの変形した頭を蹴り飛ばす。奇しくもロンデスの脚に当たり、止まった。目玉が飛び出し潰れた顔が、ロンデスには恨みがましくうつる。最後まで人を不快にさせるのが、ベリュースらしいといえば、らしい。
モモンガは、ベリュースとかいう
抑制も効かず、少しずつ足に力を込めていき、不埒者の苦痛を足裏に感じて暗い喜びを味わった。
本来なら、隊長である者を生かしておく方がよかったのだろうが、モモンガはそれを受け入れ難かった。大切なアラネアを汚そうとする輩は殺処分で決まりだ。
「で、お前たちは誰が生き残るのか、決めたのか?」
モモンガの問いかけに、騎士たちは剣を構えることで答えを返した。
「そうか。それがお前たちの矜持というわけか」
しかし、皆殺しでは嘘をついたことになる。アラネアに
「と、言うわけで、覚悟を決めたところ悪いが、死んでもらうのは二人だけだ」
引き金を引く。
二人の騎士は、風切り音を纏う十本の矢に射抜かれた。いや、射抜かれたというより破壊された。弾ける肉と金属片が周囲に散らばる。避けようとはしていたが、生憎、魔法の矢は普通の矢とは違い必中する。
「おめでとう。お前が選ばれた」
ぶわり。
夥しい蜘蛛の糸が、へたり込んだ最後の騎士を雁字搦めにし、白い大きな繭を完成させた。くぐもった叫びが微かに漏れ出る。
「アルベドは先ほどの姉妹を連れてこい。アラネアは私と共に村人の元へ」
「ええ」
村の生き残りは、殆ど女、老人、子供だけしかおらず、壮年の男は二人だけだった。男連中は積極的に抗った分、頭数を失ったのだろう。
先ほどの隊長は酷すぎたが、不様でも潔さを捨てていれば、こうはならなかったのではなかろうか。今となっては仕方ないことだが。
言葉にすれば、恐怖、怒り、悲哀、戸惑い。村人の感情に共感できるかはともかく、話をしなければ。
アラネアを促す。こういう場面では、男より女性のほうが受け入れやすいはずだ。
「私たちは、あなた方を助けに来たものよ。どなたかと話をしたいのだけれど、いかがかしら?」
ひそひそと話し、こちらの態度を窺う村人の輪から、ひとりの婦人が前へ出てきた。相応の歳を重ねた年配の女性だ。表情が強張っていたが、努めて平静を保とうとしている。
「私はこの村の村長の妻です。夫は亡くなりましたので、今は私が話を致します」
悲惨な体験をした直後だというのに、毅然とした振る舞いをみせた。
話を聞くのはこの女性で問題ないだろう。
「心よりお悔みを」
「いえ。あなた方が来なければ、村はどうなっていたことか…。こちらこそ、村を代表してお礼申し上げます」
婦人は深く頭をさげた。
「さっき、村のはずれで姉妹を助けたわ。名はエンリとネム。彼女らの両親はこの中に?」
顔を俯かせ、婦人が首を左右に振る。
「そう」
生き残った村人たちの前途は暗い。働き盛りの男を多く失い、今までの生活は望むべくもない。故郷を捨て、よその村や町に移り住む以外、彼らに生きる道は残されていないだろう。
モモンガがアラネアと婦人の遣り取りを横目に、つらつらと考えていると、アルベドが姉妹を連れて戻ってきた。
姉妹は真っ先に村人たちに駆け寄る。
アルベドが連れ戻そうと姉妹を追うのを見て、
「放っておけ、アルベド」
「しかし…」
アルベドは、まずモモンガとアラネアに目通りしない姉妹に不満らしく、苛立たしげに三日月斧とカイトシールドをかち合わせる。
「よいのだ」
モモンガに姉妹の嗚咽が聞こえた。それを切っ掛けに、それまで堪えていた他の村人も涙を流し、咽び泣く。婦人も涙を指先で拭っている。
「儚いものね。人の命というのは」
アラネアがぽつりと零す。
村人たち泣き声が葬送曲のように、冷たく村を覆った。
モモンガ様とオリキャラは、ナザリック外ではよそ行きの態度で臨みます。
今後、カルネ村は原作の流れからそれ、住人の人生も変わります。
特にエモット姉妹は原作とは別ルートで激動の人生になるでしょう。