今回の話、エンリスキーは注意して下さい。
※AZOTH様。誤字報告有難うございます。
話し合いの場として提供されたのは、村長夫妻の家だった。
家の造り同様、広さはあるが質素な暮らしぶりが伺える。そこかしこに、この家が住人たちと歩んできた佇まいを感じる。
竈や暖炉、壁や土間。粗末なテーブルに草臥れたイス。この家唯一となった大黒柱には、子供の成長を測った傷跡が残っている。
モモンガとアラネアは勧められた席に着くと、対面に婦人が座る。婦人の隣に、何故ここに居るのかわからない、という表情丸出しのエンリが座っていた。
テーブルに置かれる、エンリに出された白湯を、そわそわしながら何回も見ている。
その姿をじっと見詰め、モモンガは、家に招かれる前のアラネアとの遣り取りを思い出す。
アラネアは涙で頬を濡らし、大人に慰められるエンリとネムを視界にいれ、小声でモモンガにある提案をした。
「あの子、使えると思うのよ」
「あの子?」
誰のことか直ぐに分かったが、とぼけた。さっき程ではないものの不快感が沸き上がる。
「エンリよ。ほら、さっき助けた年上の娘。丁度いいと思うの」
「丁度いい?」
「両親を亡くし、心細いはずだわ。今なら簡単に言い包められるはずよ」
アラネアの言わんとしていることが、今ひとつぴんとこない。現地の村娘が何だというのだろう。ナザリック基準では最底辺に位置するモンスターにさえ、天地がひっくり返っても勝てる見込みのない弱小な存在だ。
「
アラネアはいつものごとく、腰に手をやり、胸を張った。表情を見れないのが非常に残念だ。きっと満面の笑みを咲かせているに違いない。
「かい、ですか。生憎と知りませんが」
「私も詳しくはないけど、小さなことからコツコツと始めましょう、という話よ」
ますます意味がわからない。その事とあの娘になんの関係がある。現地勢にレベリングでもさせるのだろうか。
モモンガはアルベドに顔を向ける。発言を許す、という意味で。
「いいお考えかと。まずは間接的に、この世界の出方を伺うということですね」
アルベドの端的な発言を聞いて、モモンガも理解してきた。いきなりの目立つ行動を避け、観測気球を飛ばそうという話だ。
「そう。ここを、ナザリック第一の出先機関にする」
「表では極力ナザリックの存在を隠し、この場所を注目させる」
「そう。少し場所が近いのが難点だけれど、何かあったときは、すぐに切り捨てる。今回のことで家屋は余っているし、理想的な村よ」
モモンガは少し意外に感じた。てっきり、アラネアはあの姉妹を気に入っているのかと思っていたからだ。
率直にそのことを尋ねると、
「姉妹があまりに仲が良さそうだったから。私は小さいとき、ひとりぼっちだった。憧れ、かしらね。だから…」
「モモンガ?」
アラネアが腕に触れる。
考え事に
「済まないな。早速、話し合いをしようじゃないか」
モモンガは鷹揚に手を組む。正確には話し合いではなく、一方的な要求だが。まあ、我慢してもらおう。善意の押し付けとはいえ、命より重い対価ではない。
今のところは。
「そこの娘、エンリには言ったかもしれんが、俺たちは通りすがりの旅のものだ。たまたま近くを通りかかったら、この村が襲われていたのでな。勝手ながら助けた。早く助けに来れず、申し訳なく思っているところだ」
偶然を強調し、第三者であることをアピールする。ただの村人だし、そこまで知恵は回らないだろうが、我々が仕組んだと邪推されても困る。
「申し訳ないなんて、そんな…。あなた方のおかげで私たちは助かったのです。感謝してもしきれません」
「なら、頑張った甲斐があったというものだ。なにしろ、この土地には不慣れでね。状況を教えてくれないか」
婦人とエンリは顔を見合わせ、戸惑っていた。
「理由をお話ししたいのは、やまやまなのですが、私供も皆目見当がつかないのです」
それ以上、言葉が続かない。心底困惑している様子で、とぼけてはいなそうだ。
アラネアは少し身を乗りだした。
「この村は何処かの国や組織に属しているのかしら」
「は、はい。王国の村です」
「王国…。名は?」
「リ・エスティーゼ王国です」
別の意味で戸惑う婦人に、
「私たちは、遠くの遥かな果てから、旅してきたの。だから、このあたりのことに詳しくないのよ」
「まあ! さぞや大変だったのでしょうね。私は村から殆ど出たことがありませんので、ご苦労を想像すら出来ませんが。私共にとって、あなた方はまさしく神様の御導きです」
自然と婦人がアラネアの手を取る。目を潤ませ感謝する相手に対して、流石にモモンガも物申すことはしなかった。外で見張りにたつアルベドがいれば、どんな反応をするか想像はできたが。
ただし、魔法はかけた。こっそりとテーブルの下に手をやり、
第一位階魔法
唐突に音をたて、婦人がテーブルに突っ伏す。拍子に白湯を残した器が倒れ、床を濡らした。
「えっ!? お、おばさん!」
エンリが突然の出来事に驚き、婦人の容態を確かめようと腰を浮かす。
「大丈夫だ。彼女には眠ってもらっただけだ。三人だけで話をしようと思ってな」
努めて優しい声で―― モモンガ基準だが ――エンリを止める。
「あ、あの。それでお話しというのは、なんでしょう」
エンリは状況がよくわからぬまま、モモンガに従った。多少の警戒感はしかたない。少し乱暴な手段を用いたのだから。
「将来の話をしましょう。これからの村の先行きよ」
アラネアが切りだす。
「え? 将来、ですか…。それは、私に聞くより…」
エンリは隣で微かな寝息をたてる大人をみた。当然の反応だ。この世界の成人が幾つなのか知らないが、年長者や戦闘力、知能に優れた存在が群れのリーダーになるのは、人間も獣も違いがない。
「おまえ自身で考えろ」
「理由もわからないのに、今回のようなことが、この先ないとでも?」
「遠からず、この村は立ち行かなくなるぞ」
「どうするの。大事な故郷を捨てるの?」
「沢山、嫌な思いをすることになるな」
「幼い妹は、真っ先に口減らしの対象よ」
「結局、野垂れ死にかもな」
「奴隷商人に捕まって、売りとばされるとか」
アラネアと畳みかける。悪い大人の見本だが、小娘ひとり篭絡できないようでは、この村同様、ナザリックは悲惨な末路が待っているだろう。
何かを言いたげに口をもごもごさせたエンリは、結局意味のある台詞を紡がなかった。他人に重要な選択を委ねる、卑屈な態度だ。
予定通り。
「あなたには、自分でも気づいていない素晴らし才能が眠っている。その気があれば私たちが導いてあげるわ」
「おまえだけが、我らの手を取る資格があるのだ。そう、ほかの誰でもない、おまえだ」
追い詰め、甘い言葉を注ぎ込む。無論、嘘はついていない。手を貸すし、道具や労働力も融通しよう。すでに何処の所属かわからない騎士を皆殺しにしているのだ。リスク管理は怠れない。
ヘイトの対象が不可欠だ。
「どうする、エンリ。この場で返事をしろ」
屋内を沈黙が支配する。婦人の気持ちよさそうな、規則的な寝息が静寂に馴染んだ。
さぞかしエンリは悩ましいはずだ。年端もいかぬ少女に自身と妹、村の将来を背負わそうとしている。
ふたつの仮面に迫られ、
「え、えと。その。わたし、は」
エンリが粗相の後始末と着替えを済ませると、テーブルの方から、眠たげな声が届く。
「あ、れ。私、眠ってしまったの?」
婦人は額に手をやり、目を瞬かせる。
「あっ! あの方たちは!?」
テーブルの向かいに二人の姿はない。
「おばさん。気持ちよさそうに眠ってたね。大丈夫、ちゃんと私がお話をしたよ」
「え、そうなの。ありがとうね。エンリ」
「ううん。御方々も、疲れているようだから、ゆっくり眠らせてあげなさいって」
「…御方々?」
違和感を覚え、訝しく思いエンリを振り返る。先程とは服が異なっていた。目利きに自信のない婦人の目から見ても上等な、真っ白いローブを着ていた。
そして決定的に違うのは彼女の顔だ。
さっきまで年相応の顔つきだったものが、一気に大人びた風貌に変化していた。なにか存在そのものが変わってしまったような、瑞々しい生命力に満ちている。
「エ、エンリ。あなた…」
「もう、なにも問題ないから。御方々が力を貸して下さるの。その力で私がこの村を立て直してみせる」
虚空に焦点を定めたエンリが、張りのある声を聞かせた。言葉にできない不安が婦人を襲う。
「あなたが心配だわ。あの人たちに、なにか良くないことをされたんじゃな」
「御方々の悪口は許さない! たとえ誰であろうと、地獄の炎にくべてやる!!」
豹変したエンリが、興奮して婦人の両肩をきつく掴み、指を食いこませた。目をぎらつかせ、獣のような荒々しい息を婦人の顔に浴びせる。
エンリの瞳に、婦人の引きつった恐怖の顔が映りこんでいた。
あの時。
エンリに決断を迫った時。
俯いていたエンリが胸襟を開く。
「も、もう、絶対に嫌です! 家族や村のみんなを失いたくない! だ、だから。だから、力が欲しい! あんな外道を、皆殺しに出来るだけの力を!!」
魂の叫び。エンリは肩で息をし、真っ赤な顔で前を向く。
「よくぞ言った。それでこそ、我らが探していた者だ」
モモンガは膝を打つ。
「え? 探していたって…」
戸惑うエンリ。
「信頼の証に、あなたにだけ我々の素顔をみせましょう」
エンリに近づき、おもむろにアラネアが仮面を外す。
エンリが息を飲むのがわかる。
人外の、魔性の美しさ。
圧倒的な圧力を孕む美貌。
エンリは目を離せず、ぽかんと口をあける。
「すごい…」
素直な言葉を舌に乗せた。
エンリの目を覗きこみ、アラネアが微笑する。
「あなたを探していたの。あなたが助かったのは偶然ではないわ。必然よ」
「ああ。たまたま通りがかったというのは方便だ。我らは、いと高き原より下りし稀人」
モモンガが素顔を晒す。
エンリは絶句した。人間のされこうべとは似て非なる形。
「死に神さま?」
えっ? えっ? と。
情報過多すぎてついていけず、見張る眼がモモンガとアラネアを忙しなく往復する。
「アンデッド。不死者。死の王。名は体を表す。我は死の支配者、オーバーロード」
「私は深淵の谷間に巣食いし蜘蛛、アトラク・ナクア」
ずぶんと、モモンガとアラネアの
その神性にあてられたエンリは無意識に這いずり、二柱を仰ぎみる。
「ああ、ああぁぁぁ。神…さま。私を救って下さった偉大なる方々」
「おまえの無知を許そう。過去、現在、未来において」
エンリは、はらはらと涙を流し、神々の足に接吻する。
エンリが礼を尽くし、土間に頭を打ち付ける。何度も何度も。
「いい子ね。エンリ、よく顔をみせて」
アラネアがエンリに顔をあげるよう促した。額に血を滲ませ、重圧の中、エンリは垂れたこうべを上げるべく頸に力をいれた。
「あなたに恩寵を授けましょう」
差し出すアラネアの指に、小さな赤い蜘蛛がしがみついていた。
エンリの口元へ持っていく。
「さあ」
エンリは迷うそぶりも見せず、口を開いた。蜘蛛がエンリの小さな舌に飛び移り、食道から内部へ侵入していく。
アラネアが笑みを絶やさず、モモンガが眼窩の灯火を揺らめかせ、見守る。
「ぎぃ、あああああああああああ!!」
エンリが絶叫する。
身体が内から張り裂けそうな猛烈な痛み。
肌を炙られる感覚に腕をかき毟り、土間を転げまわる。
がんがんと頭蓋の中で鐘を打ち鳴らされ、内臓が渦を巻き、失禁した。
今まで味わったことのない痛苦にエンリは苛まれ、白目をむいた。口から泡と血を吐き、呼吸もままならない。
「がはっ、ご、ひゅー」
死ぬ。
死んでしまう。
脳裏に死の影がチラつく。
永遠に続くかと思われた責苦は、燃え切った薪のように燻り続け、やがて呆気なくたち消えた。
幻覚だったのだと勘違いするほどに、自分自身驚くほど身体の何処にも異常がない。
それどころか、まるで生まれ変わったように、内なる泉から暖かな力が溢れてくるのを感じる。
「エンリ、あなたは聖別を乗り越え、生まれ変わった。右手の甲を見なさいな」
エンリは言われるがまま確認すると、うっすらと赤い文様が肌に張り付いている。
「それは聖痕。使徒に選ばれし者の証」
選ばれし者。
エンリは、うっとりと反芻した。
「あなたが我らに奉仕し、善行を積めば、力を授けてくれるわ」
「はい。アラネア様。モモンガ様。必ずご期待に応えます」
モモンガが
「エンリよ。我らの真名を我ら以外の前で濫りに口にすることを禁じる。お前の責任で村人らにも徹底させよ」
エンリは困惑した。
尊き方々の名を世に広く知らしめられないのは、非常に残念だ。それとは相反し、素晴らしい神々の名を知っている―― 他の村人もいるが ――優越感に酔い痴れた。
「では、なんとお呼びすれば…」
「我らは、アインズ・ウール・ゴウン。我々二人のことは御方とでも呼べ。小神には、そう呼ばれているのでな」
「承知いたしました。御方々」
エンリが膝立ち姿で御方々を拝む。
「口の中を見せなさい、エンリ」
大きくOを形作るエンリに、アラネアは一頻り観察すると満足げに頷いた。
「もう、いいわ」
口を閉じ、上目遣いに、アラネアの赤みを帯びる唇をぼんやり眺める。
「あ、あのう。お聞きしてもよろしいですか」
「なにかしら?」
「使徒は他にも居るのでしょうか」
エンリは恐る恐る尋ねた。
「いいえ。あなたが初めてよ。みな聖別を越えられなかったの」
アラネアは顔を曇らす。
「心中お察し致します…」
エンリは悲しげなアラネアにつられ、瞼を伏せたが内心大歓喜。
やった! やった! やっったああああぁ!
私が一番。私が唯一。
「エンリ。その服は汚れているし、使徒がみすぼらしいのは我らの沽券に関わる。これをやろう」
モモンガは白い法衣を渡す。美しい刺繡がされた一品だが、聖遺物級に準じたデータ量しか持たない、無限の背負い袋の肥やし。
モモンガは団子虫に愛着を懐く位には、エンリを気にかけることにした。
なにより、アラネアとエンリの関係は誤解だったし、いまやアラネアの眷属だ。他の人間種と同列というわけにはいくまい。
なりを潜めていたモモンガの鈍感が、ここぞとばかりに遺憾なく発揮された。
モモンガは手ずからエンリに下賜した。それがアラネアにどう作用するのか、気にもしないで。
エンリが着替えるため、仮面を被り直しモモンガとアラネアは先に家屋をでる。
モモンガの背後で、
「防音措置ありがとうね」
扉の前で警護していたアルベドを労う。
「はっ。しかし、よろしいのですか、アラネア様」
アルベドがアラネアにだけ聞こえる声量で懸念を伝えた。あの下等な存在がつけあがる可能性がある。
モモンガは呑気に歩を進めていた。アラネアとアルベドが立ち止まる。
「…服のこと?」
「はい」
「ええ、そうね…」
閉まった扉のドアノブが、アラネアのしなやかな手の平で握り潰され、その感情を端的に表していた。
「いいわけないでしょう。なんて忌々しい。忌々しいけど、あれは私の眷属になった。どうとでもなるわ」
それに、と続ける。あれの妹、とてもかわいらしかったでしょう。
「食べちゃいたいくらいに」
もうひとつの副題、『エンリ人間やめるってよ』
なんとなく、聖王国の殺し屋、ネイア・バラハと相性良さげ。
逆に、レメディオスとは、どうなんでしょう?
※不穏なオリキャラの発言で幸薄そうなネムちゃんにも活躍の場はあります。