Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
たきなの部屋に着いたノバラは、ふぅ、と息をついた。
たきなを待たせているかも、と思って急いで帰ってきたわけだが、よくよく考えてみれば、昨日の今日というか、今日の朝の件もある。
すみれがいないのであれば、千束の部屋でしっぽりと、何ていうこともあり得る。
まぁ、そこまで求めていないのであれば、たきなの部屋でだらだらいちゃいちゃしている可能性もあるが、その場合、自分は完全にお邪魔虫じゃないだろうか。
そんなことを考えながらも、一応、誰もいない前提で、貰った合鍵を回すが、手応えがない。
(……ということは、二人でいるかも?)
「……ただいまー……?」
情事の最中だったら気まずいなぁ、とそっと扉を開けて声を掛ける。
そんなノバラの思いとは裏腹に、たきなが奥からひょっこり顔を覗かせた。
「ノバラ、お帰りなさい」
そこには普段と変わりないたきながいるので、ノバラは、おや、と思う。
玄関を見ても、千束の靴も見当たらない。
まさかのたきな一人だけのようだ。
「あれ? たきな、一人?」
言外に、何で千束のところに行かないんだ、と言ったつもりだが、たきなにはあまり通じていない様子だった。
「そうですけど……?」
逆にたきなは、何でそんなことを聞くの、とばかりに首を傾げている。
「私のことなんて気にしないで、千束のところに行くか、呼んでも良かったのに……」
残念な生き物を見るような目でノバラはたきなを見た。
「……? ……あぁ、なるほど」
それで、ようやく、たきなもノバラの言わんとすることを理解した。
不器用なこの少女は、自分たちがいることで邪魔になっていないか、そしてちゃんと二人の仲が進展しそうなのかを心配しているのだ。
そんな可愛らしさに気づいて、たきなは、くすり、と笑みを浮かべる。
「私も、今日はすみれもいないでしょうし、こちらに来てはどうかと千束を誘ったんですが……」
ノバラから手渡されたシュークリームをコーヒーで食べているときに、そう耳打ちしたら、顔を真っ赤にしてこう言った。
『た、たきなさんや……きょ、今日は……今日は勘弁してつかあさい……』
色々と容量オーバーだったのだろう。
頭から湯気を出すくらいに顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしている様子は実に可愛らしかったのだが。
この調子では、せっかくノバラが動画を拡散するのを阻止したというのに、リコリコの皆にはすぐにバレそうだ、とたきなは心の中で思っている。
「あんの、バカ姉! また日和ったの!?」
うがぁ、と咆えるノバラ。
怒っているのともまたちょっと違う。
妹としてたきなに申し訳ない、という気持ちと、千束の奥手振りがもどかしいのだろう。
その裏にあるのは、千束に対する家族愛なのだろうが。
興奮した様子でプンプンしているノバラは、これはこれで可愛いが興奮し過ぎである。
「まったく、ノバラはお姉ちゃんっ子ですね?」
「うにゅ……っ!?」
どうしようか、と悩んだ末に、たきなはノバラの顔を両手で挟み込んだ。ぐにゅっと歪んだ顔は、普段のノバラの凛々しい感じとは異なって、とても面白い。
たきなの手の感触に少し落ち着いたのか、ノバラは暴れたりせずにたきなの思うままに身を任せている。
ぐにゅんぐにゅん、ノバラの顔を変顔にして遊ぶことしばし。
たきなは、少し微笑むとノバラの肩に手を置いた。
「でも、大丈夫ですよ。千束は私が幸せにします。必ずです。千束のことは絶対に逃がしませんから」
「お、おぅ……」
言葉だけ聞けば、恋人の妹に誓ったようにも見えるが、ギラギラしているたきなの目は獲物を見つけた肉食獣とか、猛禽類のそれだ。
(……千束、本当にちゃんとしないと、その意思に関係なく食べられちゃうよー。性的に)
「でも、千束のダメっぷりにはちょっとイラっとするから、後でイタズラでもしてやろう、っと」
下着姿のまま、ベッドの上に胡坐をかいた千束はスマホを前に頭を悩ませていた。
(う~む……たきなとお話ししたい。でも、お部屋のお呼ばれから逃げた手前、電話し辛い……なら、逃げんなよって話なんだけど)
一人きりで今朝のことを思い出して顔を赤くする。
そっと唇に手を当てて、ほぅっと熱い息を吐く。
(……気持ち良かった。気持ち良かったんだけど……どうしよう? たぶん、ずぶずぶと沼にハマって動けなくなるような? ……ん? でも、それはそれで、相手はたきなだから別にいいのか?)
うむむ、と顔を赤くしたまま、真剣に悩む。既に悩むポイントがずれていることには気づかない。
(えぇい!いいや、電話しちゃえ!)
話せば何とかなるだろう、と思って、千束はたきなに電話をかける。
『……千束、どうかしましたか?』
ワンコールでたきなが出たので、自分でかけておきながら、千束はちょっと動揺する。
「あ、あぁ、いや……たきながどうしてるか、気になっちゃって」
『ふふ。そんな風に気になるなら、ウチに来れば良かったのに』
「うぅ……それは大変魅力的だったんだけど……さすがに、今朝のアレから今日の夜じゃあ……ねぇ?」
『そうですか? 私はいつでも準備OKなんですけど』
「えぇ!? や、でも……私の心の準備がまだというか」
『私は大丈夫です!』
「うん!? 何か、今日のたきな、テンションおかしくない?」
ぐいぐい来るなぁ、と千束は若干の違和感を覚える。
『おかしくないです。これで普通です』
「そ、そう?」
『おかしいのは千束の方です。いつもなら、あなたの方からこちらを振り回すのに』
「そ、そうかな? そう、かも?」
『……あの、実は、嫌、だったんですか……?』
不安気で心細そうなか細いたきなの声に千束は慌てる。
「そ、そうじゃない!? そうじゃないよ、たきな!?」
『じゃあ……ちゃんと、言葉にして欲しいです』
「え、えぇ~……? でも、それはちょっと恥ずかしいよ……」
(ああ~!! ホントは人目を憚らずスキスキ言いたいんだけど~! 羞恥心が邪魔をする~!!)
恥ずかしさから、千束は膝を抱きしめ、そこに顔を埋めるようにして丸くなる。
『……不安なんです。世間ではこういうのも一般的になっては来ていますが……その、私がこんなことを思うのは千束だけです。女性が好きなんじゃないんです。千束だけが好きなんです。でも、千束が私と同じ気持ちでいてくれるか、自信がなくて……』
きゅん、とした。
(あぁぁぁ!? たきなが可愛すぎるんだけど!?)
電話してなければ悶絶していた。
「たきなが、そこまで、想ってくれてるのは嬉しいなぁ……ふへへ」
千束は口元をだらしなく緩めた。
『……千束……』
切なそうな、懇願するようなたきなの声。
千束は深呼吸をすると、覚悟を決める。
「ちゃんと、言うよ、たきな」
『……はい……!』
電話越しでも分かる嬉しそうな声に、千束はくすりと笑みを浮かべる。
「……愛してるよ、たきな」
(言っちゃったぁぁぁ!? 「大好きだよ」くらいにしておくべきだったか!? 「愛してるよ」じゃ重すぎたかも!?)
自分の言葉を省みて、恥ずかしさと言葉選びがそれで良かったのか気になって、千束は頭を抱える。
『お、よしよし。ちゃんと言えたね。録音もできたから、たきなの目覚ましにしてやろう』
だが、次の瞬間聞こえたのは、妹の声である。
「……は!?」
つまり、これは、自分が愛を囁いていたのは、ノバラだったということに。
「お、おま!? え、何で、アンタがたきなの携帯に出てんの!?」
『たきなお風呂中だし、相手が千束だって分るんだから、そりゃ出るよ』
「出るなよ!? え、声は!?」
『あ、似てた!? 千束でも分らないくらい似てた!? いやぁ、ちゃんと似てるかな、って、ちょっとどきどきしたんだけど』
「似せるなよ!? たきなの携帯で、たきなに似た声だったら、たきなだって思っちゃうじゃん!?」
『我ながら、迫真の演技だったと思うよ!』
「そうだろうよぉ! ……あぁ~……結構、一大決心で言ったのに……」
とほほ、と泣きたくなる気分になり、千束はベッドの上に寝転んだ。
『にひひ。これまで言わなかったのがダメなんだよ。練習になったでしょ?』
「ありがとうね! 心優しい妹を持って、私は幸せだよ!」
精一杯の皮肉を言ってみるが、電話越しの妹は堪えた様子もなく、けらけらと笑っている。
『ふふ……でも、割と、私はたきなが本当に思っていることを代弁したと思ってるよ?』
「……不安だってこと?」
『そうそう。たきなのことだから、本当に追い詰められないと顔にも口にも出さないだろうけど。心の中は不安だらけだと思うよ? ……だから、千束、たきなにちゃんと言ってあげてね?』
ノバラがノバラなりに、千束とたきなのことを心配しているのが良く分かる。分かるのだが。
「……ノバラ」
『なぁに?』
「良いこと言って誤魔化せると思うなよ? 今から行くから、首を洗って待っていろ!!」
『てへ?』
千束は電話を切ると着替えを始める。
電話越しの声が、いつもの笑って誤魔化す表情を思い浮かばされる。
……ちょっと、一発くらい叩いてやりたくて仕方なかった。