Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
お風呂に入っていたたきなは、リビングの方からノバラの声がするのを断続的に聞いてた。もちろん、内容までは分からないが、随分楽しそうである。
(電話でしょうが……相手は千束か、すみれか。でも、すみれは検査と言っていましたから、おそらく千束でしょう)
浴室から出たたきなは、着替えを用意していなことに気づき、仕方ない、とばかりにタオルで体を隠して、髪を拭いた後、乾かしていく。
髪を乾かし終え、脱衣場から出たたきなは、スリッパを履いて、ぺたぺたと歩いてリビングに入る。
「あー、たきなー。千束、こっち来るってー」
「まぁ、別にそれは構いませんが……」
そう答えたたきなをノバラは見て、ちょっと驚いた顔をした。
「どうしたの、たきな? そんな格好なんて、珍しいね」
「うっかり、着替えを置いて来てしまいました」
「早く着替えなよ」
「そうします……っ?」
そんな話をしているが、たきなもノバラも誰かが近づいてくる気配を感じた
めっちゃ早いなぁ、と思ったノバラはたきなの肩を叩いて、その緊張を緩和させる。たきなもその意図を気づいた様子であった。
その相手は鍵が掛かってないことに気づくと、ガバっと扉を開けて、一応玄関では靴を揃えなおしてから、ずかずかとリビングに入ってくる。
「ノバラぁ!……って、へ?」
入ってすぐに見えたのは裸体にタオルを巻いているたきながきょとんとした様子をしているところだった。
「いらっしゃい、千束」
そう言って、たきなは千束に向けて、両手を広げるが、それがいけなかったのだろう。
身を包んでいたタオルがはらりと落ちた。
たきなの美しい裸体が明らかになる。だが、たきな自身は慌てた様子を見せず、わずかに頬を赤く染めるに留まった。
「あぅ!?」
……だが、千束は一撃で轟沈した。
一緒にお風呂に入ることもあったのだ。見慣れていると思っていたが、これが恋人だと思うとなんだ、もの凄くエッチに見える。
……刺激が強過ぎたのだ。
「たきなー、早く着替えてきてー。このヘタレ姉、刺激が強過ぎるみたい」
「そうですか。
これはわざとタオル外したんだなー、とノバラは思いつつ、千束をモップ代わりにリビングを引きずり、それからソファに投げ置いた。
「大丈夫、千束?」
千束は、ぽへーっと宙を見つめながら、目だけをノバラに向ける。
「……あのさぁ、たきなのアレって、わざと?」
「いや、わざとに決まってるでしょ?」
風呂上りだったのは偶然だろうが、タオルが外れるような動作をしたのは絶対意図的なものである。
「……誘われてる?」
「ん~……私もいるんだから、どちらかと言うと、千束をからかってるんだと思うけど?」
二人きりならもっと過激にアピールするかもしれないが、
「ノバラ……私さぁ……」
千束は顔を赤くしながら、両手で顔を覆った。
「……この調子でアピールされたら、私の理性がもたないよ!?」
ヘタレだなぁ、とノバラは姉を見ながら苦笑する。
「本能の赴くまま貪ればいいじゃない」
ノバラ的には千束が何をそんなに気にしているのかが、イマイチ理解できない。
同性同士という特殊性はあれど、恋人同士なのだから、誰を憚る必要もないだろう。……いや、できれば、自分の目の前で際どいことはして欲しくないが。
「貪る!?」
ノバラのあまりな表現に、千束は、あわわ、と顔を真っ赤にしている。
ゴクリ、と唾を飲む様子からすれば、その気がない訳でないらしい。知識に乏しいだけで。
「それか、貪られれば」
ノバラの考えでは、千束の理性がプッツンするより、たきなが襲いかかる可能性の方が高いだろうな、と考える。今朝もそうだったし。
「貪られる!?」
千束は自分の体を抱きしめるようにしながら、ぷしゅーっと頭から湯気を出している。
「……まぁ、別にたきなだって、そこまで求めてるとは思わないけど、いちゃいちゃべたべたくらいしたいと思うよ? 千束もそうでしょ?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「千束とたきなが何処までオープンにするかは分からないけど、少なくともリコリコで我慢するんだったら、いちゃいちゃできるのは、お互いの部屋くらいしかないと思うよ? それとも、リコリコで我慢の限界を迎えたい?」
それはそれで面白い事態になりそうだな、とノバラはにやにやする。
ミカは素直に祝福してくれるだろうし、クルミはあれで理解がある方なので、茶化すくらいはするだろうが、やっぱりか、おめでとう、ととか言いそうである。
意外に読めないのはミズキだろうか。ほーん、で済ますかもしれないし、笑い転げるかもしれない。同性でもパートナーができたことを妬むかもしれない。……やっぱり、動画をミズキに送れなかったことが悔やまれる。
……まぁ、スマホのデータが消されたからと言って、元のデータが消えた訳ではない。千束もたきなもそこまで詳しくなさそうなので、バックアップが取られていることには思い至っていないが、当然のことながら、ノバラはバックアップをデイジー経由で、DA管理のサーバーに保管中だ。今のところ、積極的に広めるつもりはないので、公開予定もない。何かの交渉カードには使うかもしれないが。
「うむむ……さすがに、まだ、皆に話す気になれない」
「いずれ、とは考えてるんだねぇ?」
「そりゃ……皆に祝福して欲しいし」
「じゃあ、何で言えないの?」
ノバラの言葉に千束は考える。
今のたきなとの関係は恋人関係と言ってもいいのだろうが、なし崩し的にそうなったようなところもある。
それを考えると、恋人でござい、と皆の前で発表するのは、何か違うような気がしている。
ふと、今朝、ノバラに言われたことを思い出す。
『ちゃんとしなかった千束が悪いんでしょ?』
どっちの意味で言ったのか、それともどっちの意味でも言ったのか。
含みを持たせた言い方が何ともノバラらしいが、そこに千束自身の気持ちもあるような気がした。
(ああ……ちゃんとしたいってことか)
言葉だけでも、体だけでも、まだ足りない。恋人と言えるだけの自信と勇気をもって、たきなと心を通じ合わせなければならない。
そうして初めて皆に自分たちが恋人同士と言えるようになるのだろう。
「ん……まぁ、何となく、分かったよ」
千束はきゅっとその気持ちを抱きしめるように、両手を胸の辺りに重ねる。
「よし! じゃ、たきなが待ってるから、たきなの部屋に行って!」
しかし、ノバラはそんな千束の気持ちを一切気にしない。
「え!? それとこれとはまた話が別!?」
「うるさい! このヘタレ姉! さっさとたきなといちゃいちゃしろ! ……あ、でも十八禁展開はやめてね? 同じ屋根の下に私もいるんだからね?」
「あーもう、分かったって!」
ドキドキしながら、千束はたきなの部屋まで行き、その扉を開ける。
電気が消されていて、暗いままだった。
「……たきな?」
千束の言葉に、くすり、と笑い声が聞こえる。
カチリ、とスイッチの音がして、ポッと淡い紫色に光が部屋を照らした。
その光に照らされたたきなは未だ下着姿だった
「って、それ……」
「くす。初めて、千束と一緒に買った下着ですよ? こういうときに使うのであってましたか?」
「……う、うん、めっちゃカワイイ」
「嬉しいです、千束。……さぁ、中へどうぞ?」
そう言ったたきなは、千束よりもその奥の方を見た気がして、千束は、怪訝そうな顔をするが、特に警戒もなく、部屋の中に入る。
ガチャ。ずりずり、ドン。
「……ん?」
千束が閉めた訳でもないのに、扉が閉まった。そして、音的には、扉の前に何か置かれた?
反射的に千束は扉を開けようとするも、外開きのこの扉はまるで動く気配がなかった。
(ノ、ノバラのヤツ、閉じ込めやがった……!)
千束は覚悟を決めて、たきなと共にベッドに腰を下ろす。
千束がドキドキしていると、そっとたきなが千束の手に自らの手を被せるようにしておいた。
「千束、私は別に、こんな風に千束に触れるだけでも十分なんです。だから、ゆっくり、行きましょう?」
気を使ってくれているのが良く分かるたきなの言葉に千束を笑みを返す。
「……うん、ありがとう、たきな……でも、ふつーのキスくらいは、いいよね……?」
千束がそう言うと、たきなも微笑んで目を閉じる。
朝のときとは反対に、千束の方から口づける。
ちゅ……、と一回だけのキス。
だが、それだけで満たされた気がした。
「……愛しているからね、たきな」
「私もです。愛していますよ、千束」