Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
千束とたきなを閉じ込めたノバラは扉の外で、やれやれとため息をついた。
漏れ聞こえてきた感じでは、良い雰囲気ではあるが、
千束とたきなが幸せなのは嬉しいが、何というか身近の人のアレを意識するのはちょっと勘弁願いたいのである。
(……ま、これでちょっとは落ち着くでしょ。お互いに、ね)
たきなはちょっと暴走気味だったし、それに対し千束はあたふたしていた。
普段の二人と全く逆の関係になっているのはちょっと面白かったが、見ている方は結構ハラハラする。
ちょっとボタンを掛け違えただけで破局するというのは、恋愛事にはよくあることだ。あの二人に限って言えば、あまりそんな心配もいらないような気はするが、絶対はない。
多少、荒療治になってしまった、とは思うものの、千束が色々考えた末、突入してくるのは、ノバラの想定内だ。
(ヘタレな姉を持った妹は苦労してるんだよ、ってね? 貸し一つ、ってとこかな……いや、私の借りの方が多いか)
ノバラ自身、千束に甘えている自覚はある。
長年の姉妹関係で築き上げた習慣というのは、中々抜けないもので、甘えないようにしないと、と思っても、どこかで甘えてしまう。
千束も千束でどうしてもノバラに甘くなる。
ノバラと千束が共に過ごした期間は、離れて生活した期間から比べれば、とても短い。だが、その短い時間がノバラを
故に、ノバラは千束を慕うのである。
血の繋がらない姉であり、母親であり、恩人。
そんな千束が幸せそうにしている姿は、見ているだけでノバラを幸せにする。
(……でも)
大好き、と慕う姉であっても、ノバラが譲れないものがある。
千束はノバラを大事な妹と思ってくれているであろうが、ノバラにも誰よりも守りたい
千束にも話したとおり、すみれのためであれば、いざと言うときは、ノバラは千束にも躊躇なく引鉄を引くだろう。それだけの覚悟がある。
……だが、千束には不殺の誓いがある。
延空木事件では、吉松に対してはたきなのために引鉄を引くことはできたが、終ぞ、自らのためには引鉄を引くことはできなかった。
言っては何だが、あの程度では、千束の不殺の誓いを破らせることは不可能であったと思われる。
もし、千束が自ら、その誓いを破るとしたら、鍵はやはりたきなになる。
先日、千束はたきなのために、ノバラを打つ覚悟はあるとは言ったものの、ノバラの覚悟と千束の覚悟は大きく違うだろう。
ノバラはすみれのためにあらゆるものを切り捨てる覚悟がある。それが自分自身であったとしても。
千束はたきなのために、ノバラに引鉄を引くことはできる。だが、それは、それ以上、どうしようもできなくなったときだろう。
ノバラ自身は積極的に千束と敵対したいとは思わないが、現在、ノバラや千束を取り巻く状況は、DA上層部だけでなく、政府や出資者、更にはリリベル、テロ組織、その支援組織、更には司令官同士あるいはリコリス同士の思惑が複雑に絡み合っており、非常に先が読みづらい状況だ。
そんな状況でありながらも、すみれはノバラが守るべきたった一つの宝物なのだ。
(……すみれ……)
遠く仙台にある彼女を想う。
一方のすみれは、投薬とその副作用を耐える時間も終わって、楓の買ってきた牛タン弁当そのほか諸々をガツガツと食べていた。
その健啖な様子を川辺は苦笑気味に見ていた。
「あむあむあむあむ……ん~、牛タンはやっぱりサイコー!」
にこにこ笑顔のすみれが、弁当を食べ終わり、食後のお茶を飲む頃になって、川辺はすみれに話しかける。
「東京はどう?」
「楽しいよ。ノバラちゃんと一緒じゃなかったのは不満だったけど、千束ちゃんも優しいし、そう言えばね!……」
すみれは楽しそうにこれまであったことを川辺に話していく、その表情は本当に楽しそうで、ウソを言っていることはないようだった。
ノバラや楓以外の人と過ごすという経験は、すみれには得難いものであったことから、年相応の話題ではしゃいでいる様子には、川辺も安心した。
すみれの会話が途切れたところを見計らい、話を始める。
「ところですみれ、東京の方では、体の調子に変わりはない?」
「うん。調子は悪くなかったよ」
「作戦の参加はどうなの?」
「喫茶店で働いている以外だと……模擬戦やったことと、千束ちゃんと一緒に任務に行ったくらいかな? まぁ、こっちの任務の質と量に比べたら、ノバラちゃんの散歩に付き合ってるようなもんだよ」
(あの子の散歩は散歩というより、トレイルランとか何かでしょうに……)
「そう言えば、あっちに行く前に川辺せんせーから貰った薬が効いてるのかな? 心臓が痛むようなこともなかったよ?」
すみれの答えに、川辺はピクリと眉を動かした。
「……その発作は、二か月くらい前のものね。作戦終了後だったかしら?」
「たぶん、そうだよ。作戦が終わってすぐはいいんだけど、終わった後、興奮が冷めてくると、目の前がグルグルして、胸が痛くなっていたんだけど……」
「あっちではほとんどなかった、と」
「うん。さっきも言ったけど、作戦とも言えないようなものだから、そうなのかもしれないけど。薬が効いているのかなって」
「そう……薬が効いているなら、また出しておきましょう。念のため聞くけど、薬を飲んで調子が悪くなることはないのね?」
「うん。だいじょーぶだよ」
「分かったわ。今のところ、数値に悪い影響はなさそうだし、このままで様子を見ましょうか。……あ、そう言えば、すみれ。今日も離れなの?」
「え、そりゃそうだよ」
川辺はすみれの様子を見ながら、少し考える。
「…………すみれ。東京ではこっちで打つような薬の投薬の頻度が少なくなっていたから、あなたが思ったよりも、副作用が出るかもしれない。ちょっと心配だから、今日一緒に来た子、すももの部屋に寝るようにしなさい。すももの方には私から連絡しておくから」
「え~……まぁ、川辺せんせーが言うなら、仕方ないか。じゃあ、もう、そっちに行っちゃうね」
「ええ……ありがとう」
すみれを見送ってから川辺は考える。
東京に行く際に川辺がすみれに処方した薬はSL錠である。
これは乳糖、つまり、本来は薬効効果のないものである。
プラセーボ効果と言えば、そうなのかもしれないが、普段出していた薬に問題があったとも言える。
そもそも処方薬には使われない薬だから当たり前だが、副作用や身体への影響は完全に無視されているものではあった。
だが、それでも、すみれの治療に必要だから、と処方していたものだったのだが。
任務の質と量が下がることを前提に、本来飲ませるべき薬をSL錠に置き換える、という提案をしてきたのは、他ならぬノバラである。
何の確信もなく、彼女がそんな提案をする訳もないし、川辺自身、通常薬を投与しなかった場合の経過を見たいと思っていたこともあり、すみれの体調が悪くなったら、すぐに処方を戻すことを確約させた上でその提案に同意した。
しかし、この結果からすれば、ノバラは何かしらの情報源から、すみれの体質などの情報を仕入れていたことになるわけだが。
(……ノバラ、あなたは一体何を知ったの?)