Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
千束ちゃん? 寝てるにきまってる!
106 How to eat bacon and eggs
朝の日課であるランニングを終えたノバラは、シャワーを浴びた後、髪を乾かしていた。
リコリコでは髪で目を隠すことが禁止されて、ヘアピンで前髪を留められていることも多く、変なクセがついているらしくしっかりセットしないと、自然と前髪が横に流れるようになってしまっている。
しゅる、と前髪を一房指に巻き付けてみるが、絡む様子もなく、するり、と解ける。
黒く真っすぐで癖のない髪は秘かにノバラの自慢である。
「……おはようございます、ノバラ」
「おはよー、たきな。朝ご飯はもうちょっと待ってねー」
洗面所に入ってきたたきなは、ノバラが髪のセットが決まらずに四苦八苦しているように笑みを零した。
「そのままでいいんじゃないですか? 可愛いですよ?」
「ヤだよ、恥ずかしい」
ぷぅ、とノバラが頬を膨らませる。
可愛いのになぁ、とたきなは残念そうな顔をしながら、パジャマを脱ぎ始める。
「あ、たきな、シャワー? 私、邪魔だったら、すぐ出るよ?」
「? よく一緒に入ってるんですから、そんなに気にしなくても……」
「今日は焼きもち焼き屋さんがいるでしょ?」
「千束ならまだぐーすか寝てます」
ホントに残念だな、あの姉は、とノバラは複雑な顔をした。
安心して幸せだからこその熟睡。
薔薇色に頬を染めたたきなの微笑ましそうな笑みと幸せオーラ。
二人の仲が良好なのは良いことなのだが、姉のだらしなさに愛想を尽かされそうでちょっと心配になる。
服を脱いだたきなからは、たきな自身の香りと大好きな姉の香りが混じり合っていて、ノバラでさえくらりとしてしまうほど濃厚に感じられた。
すん、とノバラが匂いを嗅ぐ仕草をするので、たきながちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「……やっぱり、ちょっと汗臭いですか?」
たきなは自分の肩の辺りや髪の毛を、くんくん、と嗅いで見るが、自分ではよく分からない。だが、千束を抱きしめて眠っていたせいで、汗ばんている自覚はあった。
「ん~? たきなと千束の匂いがするなーって思っただけ」
にひひ、と悪戯めいた笑いをするノバラを見ながら、たきなは下着を脱ぎ始める。ノバラは鏡越しにブラを取ったたきなの形の良い胸と白い素肌を見て、ほぅっ、と感嘆の吐息を漏らす。
(……やっぱり
「……別にやましいことはしていませんよ?」
事実、キスくらいで、後は手をつないだり、髪に触れたり、抱きしめたり、ちょっとボディタッチしたり、とそれくらいだ。ベッドの中で触れ合っているだけの心地よさで二人、抱きしめ合うようにして眠りに落ちた。
ノバラは二人が寝入ったところを見計らって、入口を塞いだソファをそっと元に戻したりしていたので、十八禁展開がなかったことは承知している。
「それは分かるんだけど……ホッとするような、ドキドキするような変な感じっていうか? ……たきなの幸せオーラに当てられたかな?」
スルッとパンツから足を抜いたたきなが、ノバラの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「幸せ……幸せそうですか、私?」
そう言って、自分を指さすたきなにノバラは振り返って、隠そうともしないたきなの裸体を見ながら、クスっと笑みを浮かべる。
「……口元がだらしなーくにやけている、っていう自覚ないの?」
普段は口元をきゅっと結んで凛々しいたきなが、洗面所に入ってきたときから、普段と違って、何もないのに、にこにこでれでれにやにやとしている様子は、普段の彼女を知っている人間からしたら、別人のように見えたことだろう。
たきなはノバラの言葉と鏡に映った自分の姿を見て、慌てた様子で両頬を手で押さえて、キリっとした表情を作った。
……が、離せば、やっぱりにこにこが止まらない。
そんな幸せそうなたきなを見て嬉しくなって、ノバラは裸のままのたきなに抱き着いた。
「私は、幸せそうなたきなを見るの、大好きだよ」
背伸びをするようにしながら、たきなの耳元でささやかれたノバラの言葉はとても心地よかった。
「じゃあ、たきな、ごゆっくり。あ、朝ごはんのリクエストある?」
「しっかり焼いたベーコンに黄身がとろっとした目玉焼きとかいいですね?」
「ふふっ……じゃあ、今日はトーストかな」
そうたきなに言い残し、ノバラは洗面所を出た。
その足で念のため、たきなの部屋を開けて、中の様子を伺う。
「く、くかぁ……んっく……ふはぁ……」
すみれに劣らずの変な寝息ではあるが、当分起きそうもないのは良く分かった。
千束に冷え切った朝ごはんを出すわけにもいかないので、スープはともかく、ベーコンエッグとトーストは起きてからがいいだろう。
ノバラは台所に戻るとエプロンを着けて、冷蔵庫からベーコンの塊を取り出した。結構良いヤツなので、これをベーコンエッグに使うとは冒涜的だが、その背徳感がまた良い。
厚めに切ったそれとは別に薄く切った後、細かく切ったものも作った。その他に、玉ねぎを切り、そちらは細かいベーコンとともに鍋の中へ。玉ねぎの甘味とベーコンの塩気で丁度よくなるだろう(無論、コンソメの素などははいっているのだが)。
たきなは入浴するくらいならともかく、シャワーを浴びるくらいであれば、それほど時間がかけずに出てくるのが常であるので、ベーコンエッグは焼き始めても良い頃合いだった。
フライパンには油を引かず、厚切りのベーコンを入れる。十分に熱せられたフライパンの上で、ジュウっ、と言う音ともに、ベーコンから油があふれ出す。特に厚切りなので、出てくる油の量も十分だ。両面がしっかり焼けたところ、卵を加えてから蓋を閉じ、蒸し焼きにする。時間を見計らって、火を落とし、あとは余熱でじっくり熱が加わるのを待つ。
スープは簡単なものだが、コンソメ味のスープにたっぷりに玉ねぎとベーコン、最後に彩りにコーンとパセリを振りかける。
パンはリコリコからの帰り道によるパン屋でホテルなどにも卸している老舗のものだ。そのまま食べてももちろんおいしいのだが、今日はこのベーコンエッグを挟むことになるだろう。トースターにかけて、表面が焼けるのを待つ。
たきなが何を付けるかわからないので、とりあえず、粒マスタードとノバラ製ケチャップ及びマヨネーズを用意しておいた。
サラダは簡単なものだが、スープに使った玉ねぎの一部をサラダ用に薄くスライスしたもの、千切ったレタス。そこにカットしたトマトを添える。ドレッシングはちょっとお高いたまねぎドレッシングを添える。
これらをダイニングテーブルに運び始めたところで、たきながシャワーを終えて入ってきた。
「……あのベーコンをベーコンエッグに。贅沢ですね」
「使っちった♪」
「とてもおいしそうです」
たきなが微笑みながら、椅子に腰かける。
焼きあがったパンと牛乳の入ったマグカップを、たきなと自分の席に運び、ノバラも自分の席に腰かける。
「では、いただきます」
「はい。召し上がれー」
たきなは、ベーコンエッグを見つめてどう食べようか思案していた様子であったが、ノバラがパンの上に乗せて、ケチャップと粒マスタードを塗って、更に上からパンで挟み込んでいるのを見て、同じようにセットする。
ちょっとお行儀は悪いのだが、フォークとナイフでお上品に食べるより、こうやって齧り付く方がきっとおいしい。
ノバラはそう思いながら、即席ベーコンエッグサンドに齧り付く。
パリッとしたパンの食感、ほんのり広がる甘味。
パンに塗られたマスタードのぴりりとした辛さ。
ケチャップの酸味とうま味。
ベーコンから溢れ出る塩気とジューシーな油、表面はカリッとした歯応え。
卵の黄身が潰れて白身と絡んで、濃厚とさっぱりが混ざり合う。
「んー! 我ながら、おいしくできてるよー!」
一口食べて顔を綻ばせノバラに対して、たきなは黙々と食べ進めている。夢中で食べている様子が、おいしい、ということを雄弁に物語る。
珍しくたきなの頬にケチャップが付いている。
ノバラは対面のたきなに指を伸ばそうとして、手を引っ込めた。
(……っと、危ない危ない。それは千束の役割だもんね。この場にいないとは言え、私がその役目を取っちゃダメだよね)
「……どうしました、ノバラ?」
「ケチャップ。付いてるよ?」
ノバラが自分の頬を指さして指摘すると、たきなは恥ずかしそうにしながら、紙ナプキンでケチャップを拭う。
「……取れました?」
「うん。いつもの綺麗なたきなの顔が見えるよ?」
「揶揄わないでください」
ちょっとだけ、頬を染めたたきなが誤魔化すようにスープを口に入れる。
ノバラはくすくすと笑いながら、姉の恋人が自分の朝ごはんを食べている様子を幸せそうに眺めていた。