Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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ちょい短め。
千束ちゃんとノバラちゃんの過去編


108 Sisterhood Past:encounter

 開店前の喫茶リコリコの店内で、千束とノバラは今日の仕込みをしていた。

 

 たきなは簡単なお使いと依頼でミズキと共に出ている。

 

 くるみはいつもどおりに、押し入れの中におり、ミカは何か用事があるのか、先ほど、少し出る、と言って出かけて行った。

 

 喫茶リコリコの店内では珍しいことに、千束とノバラの二人きりだ。

 

「……すみれは? 今日帰ってくるの?」

「お昼ごろには仙台出発って聞いてるけど……楓司令の運転で来るから、着いても夕方かな?」

「お、楓さん来るのか。ちょっと文句言ってやらないと」

 

 ゴリゴリと枝豆をすり潰しながら千束とノバラは雑談している。

 

「すみれを千束に押し付けたこと? 実は結構楽しんでるクセに……」

 

 最初こそ押し付けられた形だが、千束はすみれのことを気に入っている。

 

 ノバラの相棒ということももちろんあるが、子どもっぽくても意外と気が利く。それでいて甘えん坊なところや不器用なところがあるので、仕方ないなぁ、と世話を焼くのが案外楽しいのだ。

 

 千束はちらりと隣にいるノバラを見て、その過去を思い出す。

 

 表情がなく、されるがまま。

 声をかければ、一応返事はするが、何を考えているか分からない。

 こちらを見る目は機械か何かに見つめられているようで、感情が読めない。

 

 今の意外によく笑うノバラからは想像もできないだろう。

 

「おー、すみれはどこかの根性ひん曲がった妹とは違って素直で可愛いからなー」

 

 挑発するように、にひ、と笑みを浮かべて千束がノバラを見ると、ノバラはノバラで、蔑むような眼で千束を睨み返す。

 

「……私もどこかのへたれた姉と違って、かっこ可愛くてきれいなお姉ちゃんと()()してるもんねー」

 

 口元ひくひくさせた千束がノバラにガンをつけると、負けじとノバラもガンをつける。

 

 なお、眉を八の字にして、目を三角にする千束に対し、ノバラはキッと目を細めて、頬を膨らませている。

 

 端から見れば、仲の良い姉妹がじゃれているようにしか見えないから実に微笑ましいものだ。

 

「んぐぐ!」

「んむむ!」

 

 まるでにらめっこのように一頻り互いに、ガンをつけあうと、どちらともなく、ぷっ、と噴出した。

 

 桜色に頬を染め、くすくすと笑うこの可憐な少女の過去の様子を知る者は千束とフキのほかにあとどれくらいいるだろうか……。

 

 

 ……千束はノバラとの出会いを思い出す。

 

 

 その日、千束の病室の前で大人たちが話していたのが聞こえた。

 

 特に耳をそばだてていた訳でもないのに、千束は、その会話が妙に大きく聞こえていたことを覚えている。

 

 

『拾ってきたのはいいが、『アレ』をどうするんだ?』

『……リコリスとして育てるほかないでしょう?』

『『アレ』をか? 育てられるのか? あんな気持ちの悪いヤツを育てられるヤツがいるとは思えないが……』

『……千束とフキが耐性を示しています。情操教育の一環としては意味があるかと』

『犬、猫と同じ扱いか……ならば、千束だ。この間、発作で倒れたばかりで、しばらく使えん。じっとさせているよりはマシだろう』

『そうですね……『アレ』がここにいては、業務に支障がありますし』

 

 子どもだと言ってもバカではない。

 

 聞こえていないと思っているのか、聞かれても分からない、あるいは、聞かれていてもどうでもいいと思っているのか。

 

 大人たちは千束の()()の前で、悪意のある会話をしている。

 

(あぁ、ヤダヤダ……これなら、やっぱりちょっと無理してでも訓練してる方がマシだったなぁ)

 

 リコリスとして育てられている者の中には、千束と同様何らかの疾患を抱えている者はいる。

 

 故に最新とは言えないまでも、漸進的な治療を受けられる施設、通称『病院』がある。

 しかし、『病院』の中は普通の病院とは異なり、悪意で満ち溢れている。

 

 ……あるいは、千束がそれを悪意と受け取っているのか。

 

 千束への病院の待遇は丁重と言って差し支えないだろう。

 

 心疾患という欠点はあったとしても、優れた運動能力、反射神経、洞察力を示しており、育ち切っていない体であったとしても、その能力は一級品を超えて特級品扱いだ。

 

 ……だが、これが何の才能も無かったら?

 

 たまに聞こえてくる悲鳴や泣き声、嗚咽。

 機嫌良さそうな大人たちとは裏腹に暗い顔になっていく子どもたち。

 酷いときには、朝食を一緒に食べた子が、次の日には、白い布をかけられてストレッチャーで何処かに運ばれていく。

 

 ……漸進的な『治療』を施すという名目での事実上のモルモット扱いだ。

 

 当然、善良な人間もいるので、慈愛をもって対処をしている人もいるだろうが、ここにいるのは医者というよりも研究者気質の者が多い。

 治療方法や施術に興味があっても、それを受ける子どもたちのことは比較的どうでも良い。

 

 だから、彼らが子どもたちに向ける視線は冷たく無機質で、気持ち悪い。

 話す言葉は偽善と嘘に塗れていて、言葉の一つとして信用できない。

 

 そんな大人たちの言動を千束は悪意として受け止めている。

 

「……ほら、ここよ。入りなさい」

 

 研究者の女性が千束の部屋に連れてきたのは、ぽてぽてと歩く千束よりも年下の少女だった。

 飾りつけのない白いワンピース、というよりも貫頭衣だろうか。

 真っ黒な髪と正反対のその服が眩しくすら見えた。

 後ろも前も伸びっ放しのその黒い髪は、癖のない柔らかな質感でとても美しく見える。

 

 だからこそ、その髪の間から覗く昏い瞳は、異様に思えた。

 

 千束がその少女を見るのは今回で二度目だ。

 

 たまたまフキや友人たちが千束を見舞いに来た際、車イスに乗せられた彼女とすれ違った。

 

 千束は、病的だけど、可愛い顔をしているな、と思ったのに対し、フキはまだしも、他の子たちは、幽霊や化け物とすれ違ったように気持ち悪そうに、青い顔をしていたのを覚えている。

 

 あの子は何もしていない。ただすれ違っただけ。それでそんなに嫌われるなんて可哀そう。

 

 特にすることもない病室の中で、千束はその子のことが妙に気になっていたのだ。

 

「……千束。この子は、ノバラよ。しばらくあなたが面倒を見てあげて」

 

 普段は碌なことをしない大人たちだが、千束は、このときばかりは、よくやった、と喝采を上げたい気持ちになった。

 

「いいの!?」

 

 きらきらと目を輝かせる千束に対して、その研究者は奇妙なものを見るよう視線を千束に向けた。

 

「え、ええ……じゃあ、任せるわね。この子、一応、話せるんだけど、あまり話したがらないし、突拍子のないことをすることもあるけど。千束、お姉ちゃんとして、ちゃんと手本になってあげてね?」

 

『お姉ちゃん』という言葉に、千束は、ぱぁっと笑顔を浮かべる。

 お姉ちゃん、それだけでちょっと大人になった気がしていた。

 

「お姉ちゃん!! 私、妹ができた!!」

 

 喜ぶ千束を尻目に、女性は病室を後にした。

 

「私は千束だよ!」

「……のばら……」

 

 千束の挨拶に興味なさ気なノバラは、そう言われたらそう返すことが決まっているプログラムのように抑揚のない声で自分の名前を答える。

 

 大概はそれで気持ち悪いという印象を抱かせてしまうのだが、千束は違った。

 

 自分の言葉に反応してくれたことが嬉しくて、千束はノバラをぎゅうっと抱きしめる。

 

「ノバラ! 可愛くて綺麗な名前だね!」

 

 そう言った千束に対して、ノバラはわずかにだが、口の端を上げて見せた。

 

 ぎこちないが確かに見せたその笑顔に千束はノバラを愛しく思った。

 

 ……それが千束とノバラの姉妹関係の始まり。

 

 千束が少しだけ大人になって、ノバラが人間を歩み始めた最初の瞬間だった。

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