Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
ノバラちゃん髪を切られる!
千束ちゃん無責任にノバラちゃんに可愛いを連呼する。
千束の退院が急遽決まったのは、ノバラに関する我儘を言い過ぎたからかもしれない。
(替えの下着もない、服もない、最低限のアニメティもないって……保護って、本当に保護だけなの!?)
勝手にしろ、とばかりの病院の態度に焦れた千束は、自分の分は用意されるのに、ノバラの分が用意されない物が多岐に渡っている理由を大人たちに詰問し、駄々を捏ね、泣き落としをするなどして、精神的に大いに疲弊させた。
結果、ノバラ用の各種衣料品類・日用品類をせしめることに成功するも、早期の退院、となった。体の良い厄介払いである。
まぁ一応、病院側も預かる、とは言ってきたものの、千束に預けられるまでの状態が状態だ。既にノバラの愛着を持っている千束がわざわざそんなところにノバラを渡す訳がない。
千束は子どもという特権を利用して、ノバラは自分の妹だ、と泣き叫んで、駄々を捏ねまくり、最終的にノバラの身柄を確保することに成功した。
……まぁ、実のところ、病院も厄介なネタがいなくなって、清々していることだろう。
さて、寮に戻ってきた千束は、自室にノバラを手を引いて招き入れる。
体調的な問題や自身の特殊性から、千束はこれまでルームメイトはいなかった(もっとも、記憶の曖昧な幼い頃には複数人で育てらていたような記憶が朧気にあるのだが)。
病院でのノバラとの生活もあるいはルームメイトと呼べるのかもしれないが、あそこはあくまで病室。千束のプライベート空間ではない。寮の部屋にノバラを住まわせてこそ、ちゃんとしたルームメイトと言えよう。
とは言っても、元々が一人部屋用の部屋なので、二人部屋に比べればやや狭い。まぁ、ノバラは小さく、荷物もほとんどないので、さほど問題にはならないだろうが。
千束の部屋は幼児用のベッドが一つ、学習机と椅子のセットが一つ、テーブルとソファ、そしてテレビが一台あるくらいの飾り気のない部屋である。
(ベッドは……まぁ、しばらくは一緒でいいかな? 机は……この子、勉強する? というか、座学とか実技とか出席させるのかな? でも、まだ幼児だしなぁ……?)
千束自身、物心ついたときには、座学や実技をしていたので、あまり違和感はなかったのだが、多少、物事が見えてくるようになると、現状がいわゆる普通とは違うということは理解していた。
自分自身が未だ幼児だ、という事実を頭の片隅に追いやり、ノバラのことを考える。
退院後の千束は一週間の自室療養。一か月の激しい運動の禁止を言い渡されていて、しばらくは、ノバラの相手をしていても、特段問題がない。
しかし、本格的に訓練を開始すれば、千束が再び体調を崩さない限り、日中、ノバラを部屋に一人にすることになる。
ノバラ自身はほとんど手のかからない、というか、世話をしなければ、呼吸をして生きているという最低限以外のことをやりそうもないので、部屋に一人で置いていても何ら問題はないのだが。
……千束の『勘』はそれはダメだと訴えている。
(……少なくとも今のノバラを一人にしてはダメだ……)
ノバラは生に関する関心が薄すぎる。
幼いながらも千束はそれを敏感に感じ取っていた。
だからこそ、取り返しのつかないことが起きないよう、長い時間ノバラを一人にすることは避けなければならない。
(……とは言っても、私一人で見切れない場合はどうしても出てくるし……癪だけど、こういうときはフキかなぁ)
千束的にフキに借りをつくるのは、御免被りたいのだが、他ならぬ
「よぉし! ノバラ、今日からここが私たちの部屋だ!」
千束の言葉に頷いたノバラはしばし考える様子を見せると、ソファの上で膝を抱えて丸くなった。
髪の量が多いせいか、小さく丸くなった姿を髪の毛が覆いつくしていて、その姿は縫いぐるみか、毛の長い犬のようだった。
(う~~~ん……やっぱり、あの髪の毛は邪魔そうだなー)
そう考えた千束は閃いた。
「そうだ、ノバラ! 髪を切ろう!」
「……?」
唐突な千束の言葉に、ノバラはきょと、と首を傾げるが、千束に手を引かれると、特に抵抗もせずに、学習机用の椅子に座らせられる。
千束が取り出したのは、図工用のハサミと自分用の櫛だ。
「にひひ。お姉ちゃんが可愛くしてやろう!」
チョキチョキとハサミを鳴らしながら、千束はノバラの髪の毛を切りにかかる。
(……あ、あれ? 切るだけなのに結構難しい……)
さすがに大胆にバッサリといかなかっただけ被害は最小限だったが、真っすぐ切ったつもりが斜めになっていたり、右と左のバランスが悪くなったりしていた。
それでもどうにか、後ろ髪を元の半分程度、肩より長いくらいに切り揃えると、次いで、前髪に取り掛かる。
「髪の毛入ると痛いから、目ぇ瞑ってなー」
先の経験を活かしつつ、慎重に切り始めるが、カット専用のハサミではなく、まともに手入れもしていない図工用のハサミの切れ味などお察しだし、千束はこれまで人の髪の毛を切ったことなどない。
最終的な仕上がりは、適当な道具を使った素人がやったにしては、まぁ、いい方なのだろうが、形容するならば、若干斜めに切り揃えられた市松人形と言ったところか。全体的に左側が短く、右側が長いぱっつん状態である。
……千束自身は出来栄えに満足して、やりきった顔をしていたが。
「……あ」
掃除をすることを考えていなかったので、部屋の中にはノバラの髪の毛が散乱していた。
……部屋の掃除をしてから、千束はノバラの髪を洗うために、ノバラを大浴場まで連れてきていた。
体がちくちくするのか、珍しくノバラは落ち着かない様子で体をもぞもぞ動かしている。
「ごめんねー、ノバラ。服は新しいのを持ってきたし、お風呂に入ったら、それに着替えよ?」
そう言いながら脱がせたノバラのワンピースには髪の毛がもっさり付いていた。何なら、廊下にも相当数落ちていることだろう。
(やべぇ……怒られるかも……)
内心ではそんなことを思いつつも、ノバラには笑顔を向けて大浴場の中に連れて入る。
いつものようにノバラを洗ってやった後、浴槽に連れて行こうとすると、ノバラが少し戸惑った様子を見せた。
「……あぁ! おっきいお風呂が初めてなのか! 大丈夫だよ、ノバラ。こっちおいで!」
おずおずと千束に捕まりながら、ノバラは湯舟に導かれる。
スロープになっているところから、ノバラを連れて入れば、やや浅めのところで、ノバラが腰を下ろした。
体の緊張を緩めて、目を細めている様子を見る限り、どうやらお風呂を気に入った様子である。
好悪の情すらほとんど見せず、無表情なノバラにしては、最初に少しだけ笑って見せた以来の大きな表情の変化だった。
「……ノバラ、お風呂、気持ちいい?」
「ん……」
(……お! 名前以外でちゃんと声出したの初めてかも!?)
若干、ほんわかしているノバラの頭を優しく撫でてやれば、開いた瞳がクリっと動いて、千束の目をジッと見つめる。
何だろう、と思いつつも、千束が撫でるのを続けると、ノバラはまた目を細めて、今度は自分から千束に撫でるのねだるように、擦り付けてくる。
(ほわぁ! ……ウチの妹、甘えるの下手くそなのに破壊力高すぎぃ!)
千束はでれでれした様子でしばらくノバラの頭を撫で続けた。
風呂から上がった千束はノバラの体を拭いてやると、下着を着せて、新品のワンピースを着せてやる。色こそ白で元と変わらないが、さすがにあれ程適当な品ではない。スカートにはフリルがついており、胸元にはピンクのリボンが結ばれている。生地も柔らかくすべすべしたもので、先のものとはまさに雲泥の違いであった。
ノバラの黒い髪が白いワンピースに映える。
また、ここ最近ちゃんと手入れをしていたノバラの髪は天使の輪っかが見えるほどの光沢がある。
「おー! 可愛い可愛い!」
ただそう言われても、ノバラはあまり無関心のようで、何なら、どこが変わっているのかもよく分かっていないかもしれない。
(……まぁ、その辺はおいおいかなー。毎日言ってれば、少しは自覚するでしょ)
こうして千束の日課には「ノバラを可愛いと褒める」が追加された。