Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
上げなおしです。
千束とノバラが病院を追い出されて、共同生活を始めてから約一週間。
療養期間を終えた千束はノバラを連れて座学に復帰した。
当然、異例のことである。
これが普通の幼児だったら、グズッたり、泣いたりと忙しなくて許可が下りなかっただろうが、ノバラは大人しい……と言うか、椅子に置いておけば、興味がなかろうと一言も発せずそこにいてくれる。
千束はノバラに勉強も教えてみているが、地頭がいいのか、算数関係は全く苦としない。その代わりと言っては何だが、読み書きはともかく、誰かの気持ちになって考えるのが苦手なのか、国語は捗らなかったが。
そんな事情もあって、ノバラは千束の隣で座学を受けることが許可されている。
しかし、それはいてもいいよ、ということであり、ちゃんと勉強しろ、という意味ではないし、教官たちも期待していない。
だが、千束はノバラにノートとシャープペンシルを預けてみた。
一緒に勉強する気になってくれるのがベストだが、落書きしてくれてもいい。無為にぼーっとするよりはいいだろう、と思ってのことだったのだが。
座学を受けさせてみると、ノバラは意外にも汚い字で板書を書き写していた。
「おろ? ちゃんと、ノート書いてるじゃん! えらいぞ、ノバラ!」
ぐりぐりと頭を撫でてやると、ノバラが少しだけ目を細めている。
(……ん? もしかして、褒められるって分かってやってる?)
打算的だが、無気力状態で自分からほとんど何もしようとしていない状態から考えれば格段の進歩だと思った。
そして、それは、ノバラ自身がどこまで理解しているかはともかく、千束に褒めてもらいたい、と思っているということにほかならない。
それは、千束に対して相当懐いていることの証左だろう。
それらの意味を考えると、千束の胸の内から込み上げてくる嬉しさが溢れ、抱えきれなくなった千束はその嬉しさでノバラを抱きしめる。
「んーーーっ!! 何て可愛いの!!」
辛抱堪らん、といった感じで、べたべたとノバラに引っ付く千束。
ノバラの表情はあまり変わらないが、一応ながら、浮かんでいるのは、嬉し気、あるいは、誇らし気といったところだろうか。
微妙すぎる表情の変化で、毎日見ている千束かあるいはフキくらいにしかこの反応は分かるまい。
その特権を振りかざすかのように、千束はノバラを背後から抱きしめて機嫌良さそうにしていた。
だが、そんな千束の頭をフキが引っぱたいた。
「アホ! せっかくノバラが大人しくしているのに、お前が騒いでどうする!?」
千束がノバラにデレデレしている様子を同じクラスルームの子たちが変なものを見る目で見ていた。
フキに頭を叩かれて、正気に戻った様子の千束は、叩かれたところを擦りながら、涙目になりながら、口を尖らせた。
「……ぷー……フキには、このノバラの可愛らしさが分からないのかなー?」
不満気な千束がちらりとノバラの机に目をやったので、フキにもノバラがノートに板書を書き写していることに気づいた。
「うん? ちゃんと、勉強しているのか……」
そう言いながら、フキは、よしよし、とノバラの頭を優しく撫でる。
「……だが、もうちょっと綺麗に書いた方がいいな」
ニッ、と笑ったフキは、ノバラの頬をつんつんと突いた。
それを見て、千束は羨ましそうにして、頬を突かれたノバラは迷惑そうにする。
ノバラのやることなすこと全てを可愛いという千束と異なり、やはりフキは褒めるところは褒めるが、ダメなところはきっちりダメ、という対極的な対応になった。
だが、二人の対応は、ノバラに対して、他の友人たちに対するものとは違った親愛の情が確かにある、と周りの者に思わせた。
三人を微笑ましく見る目もあれば、また別の目もある。
「……何なのよ、あれ」
同年代の中でも極めて優秀な千束と優秀なフキ。
その二人に大事にされているノバラ。
自分にさえ向けられたことのない二人の優しさを当たり前のように享受している少女。
ノバラが千束とフキ以外を見る目は冷たい、と言うか、何を考えているか分からず、気持ちが悪い。
そんなノバラがどうしてそうなっているのかの理解もできていない少女の心の中には小さい邪な想いが生まれる。
……幼い少女の瞳にはノバラに対する嫉妬の色が宿っていた。
◇◆◇
「かわええぇぇぇ! え、なに! なんなの、これ!」
ノバラも座学に参加するようになって一月ほど。
千束は本格的に実技に参加する許可を得るため病院へ検診に行っていたが、その間にフキはノバラを通称美容院へ連れていき、千束が下手くそに切った髪を整えてきた。
興が乗ったのか、ノバラの髪を切り終えた美容院の担当者がノバラに浴衣を着付けした。更には、お下がりだけど、あげる、とも。
今のノバラの格好は、黒い生地に白い花の模様が生える浴衣に、ピンク色のへこおびをしている。辺に斜めになっていた髪は整えられ、肩より下辺りで綺麗に揃えられている。ノバラは前髪をばっつり切られるの嫌がったので、目の下辺りで切った後、その部分をすいて薄くしてある。それだけだと目に悪そうなので、右側の髪の毛は小さくバラをあしらったヘアピンで留めてある。
病院から帰ってきた千束がおめかししたノバラを見たのが先の反応だ。
「落ち着け! 確かに可愛いのは分かるが」
「そうだよねー。ノバラって可愛いんだよ。えぃ!」
おめかししているノバラを千束はぎゅっと抱きしめる。
「あー……何かノバラからいい匂いがするー」
「あぁ……担当者がえらい気合の入れようだったな」
ノバラを一目見るなり、目の色が変わっていた。
まぁ、ノバラの見た目が、髪の毛が適当に切られていて、服も簡単に着られるようなものだったからかもしれない。
担当者として、女の子を可愛くしたい、と強く思っているのだろうが、あまりの情熱にフキはちょっと引き気味だった。出来栄えを見て見直したが。
「しかし、これで、お前が適当に切った髪がいかにノバラの印象を悪くしていたのか良く分かるな」
「うぅ……こんな可愛らしさを見せられたら、否定できない!」
「あと、お下がりとは言え、ノバラに合う服って少ないだろう? 結構もらってきたぞ」
「ナイスだ、フキ! ノバラ! その内、ファションショーしようね!?」
きらきらというか、ギラギラした目をする千束を見ながら、ノバラは答える。
「……ヤ」
ぷいっと顔を背ける様子がまた可愛らしい。
「そんなこと言わないで、絶対、楽しいよ?」
専ら楽しいのは千束だろうが。
「……やぁっ!」
強い否定に千束が口を尖らせる。
「ちぇー……」
そうやって頬を膨らませて見せた千束には秘策がある。
どうせ、ノバラは千束が用意した服を着るのだから、一日ごとにファッションショーを楽しめると思えば、長く楽しめる。
にへら、と千束は口をだらしなく緩めた。
そんな二人の様子を見ながら、フキはノバラの反応が変わってきたことに気づく。
(ちゃんと、否定してくれるようになったか。前は何となく嫌そうな顔をするだけだったが、ちゃんと言葉にできるようになっている。まだ、感情は薄いが、それでも、確かに分かるようになった。まぁ、特に交流のない者に対しては相変わらず、あのとおりな訳なんだが)
それでも、一歩ずつ前へ進めさせることが出来ている。
ノバラ自身の頑張りももちろんあるだろうが、その手を引いているのは千束だ。
いずれ、千束もその手を離して、ノバラと二人隣り合って歩き始めるときが来るだろうが、それはまだまだ先のこと。