Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
更に一月ほど経つとノバラは短いが確かに話すようになり始めた。
「……?」「……ん」「……や」「……っ!」くらいしか反応がなかったことから比べれば、各段の進歩なのだが、別の問題も発生していた。
「こら! ノバラ、肉と野菜も食え!」
「……やだ。お肉もお野菜も嫌い」
相変わらずの偏食振りなのだが、明確に拒否をするようになって、フキの頭を悩ませた。
まぁ、自らご飯以外にも味噌汁くらいには手を伸ばすようになったのが唯一の救いか。
「あのなぁ……ちゃんと食べないと大きくならないぞ?」
「……サプリがある」
確かに栄養素はそれで足りるかもしれないが、明らかにカロリー不足である。
最初のガリガリの状態からふっくらしてきたと思ったら、偏食振りを発揮して体重がまた微減少し始めている。
「牛乳と野菜ジュースくらいなら飲めるでしょ?」
千束がノバラの前にカルシウム量が調整された牛乳と一日分の野菜が取れるが歌い文句の野菜ジュースのパックを置いた。
「……むぅ」
ノバラはちょっと嫌そうだが、固形物の方を食べるよりマシと思ったのかそれに口を付ける。ズズッ、とストローを吸うが、その目はギュッと閉じられていて、苦手であろうことが分かる。
一方のフキは呆れ顔で千束を見ていた。
「……お前なぁ……甘やかすなって言っただろう? どおりで最近ノバラがちゃんと食べてくれないと思ったら……」
「え? 別に甘やかしてないでしょ? ノバラってば、牛乳も野菜ジュースも嫌いだよ? 固形物は無理でも、液体なら何とか口をつけてくれるし」
「その固形物を食べてくれないのが問題なんだろうが。まったく」
フキが腕組みをしてぷりぷりと怒りながら、千束に文句を言う。
「……けんかは、めっ!」
ぷぅ、と頬を膨らませたがノバラが千束とフキの間に割って入る。
二人にとってはこんなもの喧嘩でも何でもないのだが、愛する妹が心配したという事実に千束はデレデレした。
「ふはー! 何これ、かわええ! ごめんねー、ノバラ。心配しちゃった!?」
千束は顔をだらしなく緩めて、ノバラに抱き着いて、膨らんだ頬を突いている。
「……やれやれ」
毒気を抜かれた様子のフキもノバラの頭を優しく撫でる。
そんな二人の様子にノバラもわずかに微笑みを浮かべる。
感情を表すことが苦手なノバラが少しずつでも感情を示すようになっていた。
◇◆◇
「今日はアクション映画だよ!」
ぺかーっといい笑顔をしながら、パッケージを掲げる千束にフキはため息をついた。
「今日『
フキがそう訂正すると、千束はちょっと悲しそうな顔をする。
「……何よぅ? 嫌なの?」
目を潤ませるその様子を見ると、さすがのフキも罪悪感を覚えた。
「……いや、好きだけど。……偏りすぎだろう?」
嫌いではないが、フキ個人的には実はラブロマンスの方が好みである。
……もっとも、千束とノバラの賛同は得られないであろうが。
「……アクションは好き」
「ノバラがそう言うなら仕方ないな」
くしゃくしゃとフキがノバラの頭を撫でる。
「今日のは……空手? カンフー? ……まぁ、どっちでもいいか!」
母親の転勤で引っ越してきた少年が主人公の物語である。
◇◆◇
アクション映画を見終わった後の千束とノバラのやることは決まってる。
「……んー……こうやって、こう! そして、こう!」
「おー……!」
劇中で再現できそうな動きを千束が実際にやってみせる。服を脱ぐような動作で相手の攻撃を捌く動きと、ほぼ真上に放つ上段蹴りである。
(……これだから天才は……)
特に何の練習をしなくても天性のスペックの高さで大体の動きを再現してみせる千束は、フキからしてみれば理不尽そのものだった。
「……んっ……んぅ!」
千束が一頻りやってみせた動作をノバラが拙い動きで真似をする。
こちらはさすがに千束と違って、へろへろとした感じの格好だけを真似した感じである。しかし。
「違う違う! こうだよ、こう!」
「ん!」
「そうそう、いいよいいよ!」
「ぅん!……んぅ!」
千束がノバラの動きを修正すると、それなりに様になるのだから不思議なものだ。
「……あぅ!」
ノバラが上段蹴りを放とうして後ろにひっくり返った。
「ありゃ……」
「柔軟性はあるけど、これは完全に筋力不足だな……」
「あんまり動かないからねー、ノバラは……」
子供というのは意外に運動量が多いものだが、ノバラの場合は座学に参加したり、食事やお風呂に行く以外は、ほぼ部屋に籠りっきりだし、無駄に走り回ったりしないので、同年代の子どもから比べれば、極端に少ないだろう。
加えて、サプリで補っているとは言え、明らかに食事の量が少ない。
今は良くても、後々、問題になるであろうことは確実だった。
「……そうだ! 実技にもノバラを参加させよう!」
千束が、閃いた、とばかりにぽんと手を打った。
「……それ、許可取れるのか……?」
座学について言えば、ノバラが大人しいので問題となっていないが、実技に参加となれば話は別だろう。
体力トレーニングのようなものから、ちょっとした格闘演習。もう少し進めば、銃を使った訓練も始まる。
そんな中にノバラのような幼児を参加させれば、反感は必須だろう、とフキは考えたのだが。
「私に任せろ!」
どん、と胸を叩いた千束に、フキは嫌な予感しかしなかった。
◇◆◇
「取ってきた!」
「マジか、コイツ……」
「……?」
思い付きで行動しているとしか思えないのに、この実行力の高さは何なんだろう、とフキは若干遠い目になる。
千束は笑顔を浮かべながら、ノバラの脇を抱えると、グルグル回って、ベッドの上に自分ごと投げ飛ばした。
「ひゃっはー!」
「ひゃー」
実に楽しそうにしているが、フキはそう簡単に許可が取れると思わなかったので、何かしら裏があるんだろうな、と考えた。
「……で? どうやって許可をもらってきたんだ?」
「? お願いします、って言っただけだよ?」
別に千束が嘘を吐いているとは思わないが、フキには到底それだけとは思えない。
「……それだけで許可をもらえる訳ないだろう?」
更にフキがそう言い募ると、千束は、にひっ、と笑った。
「
その言葉にフキは自分の頭に血が上ってくるのを自覚した。
「おまっ……!? そんな勝手に!?」
ギリ、と奥歯を噛みしめながら、フキは千束の胸倉を掴んだ。
このか弱いノバラが訓練に耐えられるとは思えなかったし、自分たちの存在を否定する訳ではないが、ノバラにはもっと普通に生きて欲しい、とフキは願っていた。
千束もその想いが分かっているのだろう、そっと優しくフキの手に自分の手を添える。
「……遅いか、早いかの違いしかないよ、フキ」
いずれ、ノバラはリコリスとして育てられる、ということは千束には分かっていたし、それはフキにも分かっていたことだ。
身寄りもなければ、戸籍もないノバラが外で一人で生きていくのは難しい。
そして、リコリスにならない、という選択肢を取れば、今の生活を続けることすらできないだろう。
……最悪は、
「それは……そうかもしれないが……っ!」
理解しているつもりでも、感情が追い付かないフキは、ゆっくりと千束から手を離した。
……遣る瀬無さがこみ上げる。
「……ノバラはイヤ?」
千束がノバラを伺うようにして尋ねると、ノバラは、首を傾げる。
「……? ……千束とフキと一緒にいられるなら、
小さく狭く閉じられた世界。
ノバラの世界は千束とフキだけで完結している。
それ以外の全ては余分なものだ。
ノバラの未だ昏く染まった瞳はそれ以外を映さない。