Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
フキ 師匠
千束 時折きて、アドバイスしていくおっちゃん。
ノバラが実技に参加するようになって既に二週間が経過していた。
意外と言っては何だが、ノバラはすぐに訓練に順応した。
淡々と同じことをやることを苦にしないので、基礎トレーニングや持久走を全く嫌がらないからだろう。
初めてまともに持久走をやらせたときですら、自分のスタミナの管理ができているのか、規定の時間を走り切った。
同様に基礎トレーニングは休み休みではあるものの完全にやり切った。
これには教官方も考えを改めたようで、端っこで軽く遊ばせる程度を考えいたところ、本格的な訓練へと移行を始めるのに十分だった。
とは言っても、周りより一回り小さい体である。当然できることには限界があるので、格闘訓練などは型稽古だけを行っている。
一方で千束は体質上、基礎トレーニングと持久走が制限されていてあまりできない。その分、格闘訓練などの本格的な実技に重点を置いて訓練していた。
遠目で、ノバラが何やら訓練をしている様子をみていたからか、うずうずとした様子で最終的にはノバラのもとに走って行ってしまった。
ひゅん、という音をたてて、ノバラは以前には失敗していた上段蹴りを綺麗な形で行っていた。
「おー! それ、できるようになったんだね?」
「……ん!」
千束に褒められて気を良くしたノバラは、左右のワンツー、くるっと回って、左の上段後ろ回し蹴り、更にはそのまましゃがみながら、回って右足で相手の足を薙ぎ払うような蹴りを放つと、軽く地を蹴って、後方に宙返りをした。
「いいねいいね! すごいよ、ノバラ! ……んー、でもそれだとちょっと軽いかな?」
ノバラのそれは格闘のものではなく、舞踊のそれであり、一撃一撃に重さが足りていない。
物理的な体重の軽さ、というだけではない。
全体がそれなりの速さであるが故に、瞬間的な速さに欠けているのだ。
「……こう! ……分かる?」
だらっと構えた千束が、その状態から、ぴゅっ、と鋭く風を切ってワンツーを放った。
「……ん……んぅ!」
一度同じような構えを取って、千束の真似をしたノバラは、二度目で、千束と同じように、ぴゅっ、と風を切ってワンツーを放つ。
「そうそう! 上手上手!」
脱力の状態から一気に加速。
足先で地面に踏み込んだ力を腰で加速して拳に乗せる。
拳を素早く引くことで自然と腰が捻られ、二撃目の威力を増幅させる。
ノバラのそれは
「……千束! ノバラにばっかり構ってないで、あっちで他の連中も揉んでやれ!」
フキの声掛けに千束はちょっと詰まらなそうな顔をする。
「へいへーい! じゃあ、ノバラ。頑張ってね!」
しかし、あまりノバラにばかりかまけていると、せっかく貰ったノバラの実技参加許可が取り消されないとも限らない。
千束は軽い返事をしながら、ノバラにウィンクをすると、他の訓練生の方に走っていった。
それを見送ったノバラは思い出すように左右のワンツーをやり直す。
フキはそれを見ながら、ノバラのことを考える。
元々の柔軟な体と、ジッと人を見つめていることが多いからか、ノバラはイメージ通りに体を動かすのが上手い。それこそ、千束がやって見せたことをある程度再現できる程度には。
だが、それは才能があることを意味しない。
映画で見たこと。それを見た目上では行うことができる。
だが、それを理解して、自分の技に落とし込むことはできない。あくまで表面をなぞるだけだ。
しかし、千束は映画の中であろうと、自分の中で取捨選択しながら、自分の技へとカスタマイズできる。
これは大きな違いだし、二人の特性の違いでもある。
有限な時間を効率的に使うことをせざるを得ない千束と。
根気強く反復とトライアンドエラーを繰り返すことで仕上げていくノバラ。
やはり、というべきか、ノバラの在り方はフキに似ている。
「……ノバラ!」
フキの言葉にノバラはぽてぽてとフキの前まで歩いてきて首を捻る。
「……なに?」
「映画の技の再現だけじゃ偏る。ちょっと普通のもやってみようか?」
「……ん。フキがそう言うなら」
フキが右手を軽く前に出すように構えるので、ノバラもそれを真似する。
「さっきのでいい。本気で打ってこい」
「ん……んゅ!」
ノバラ的にはこれまでで一番いい一撃だった、しかし、フキはそれを右手の甲を使って内側に捌く。ノバラはそれでも、二撃目を放とうとするも、フキは既に一歩間合を詰めている。技の出始めから右ひじの下の方を上側に押し込まれて、逸らされる。そして、更に、フキはさらに足を一歩踏み込むと、肘を後方に押しながら、ノバラの右足を刈り込むように蹴る。
ノバラはごろんと後ろに転がった。
「……んぅ?」
崩された、足を刈り込まれた、だから転がされたのは分かる。
だが、あそこまで綺麗に逸らされたのは分からなかった。
いくらフキが何が来るか分かっていたとは言え、そこまで上手く逸らせるだろうか、とノバラは考えた。
「自由に攻めてみろ」
不敵に笑ってそう言ったフキにノバラは攻めかかる。
少し距離を取って脱力し。一気に最大速度まで加速し突きを放つ。
追い突き、あるいは、順歩崩拳といったところだが。
当たる直前に一歩踏み込んだフキがノバラの突きの軌道を逸らす、ならば、次を、と思い拳を引こうとした瞬間、フキに拳を握られ、軽く捻られると同時、肘の内側を手刀で押し込まれる。
不思議なほど簡単にノバラは地面に体を横たえる結果となった。
「……?」
ノバラが不思議そうな顔をすると、それを見たフキが軽く笑った。
「打撃だけじゃなく、こういう技もあるってことだな。殴る、蹴る、投げる、極める。そのとき、その場所、その相手に最適な戦い方がある。……それを見極めるんだ」
「……ん……難しい」
ノバラきゅっと眉を寄せて考え込んだ。
フキの言っている言葉の意味は分かる。
千束が自身のスペックに物を言わせたゴリゴリのごり押しなことに比べ、フキの場合は相手によって、戦闘方法を都度変えている。
勝率は当然と言うべきか千束の方が高いが、フキが徹底的に持久戦を選んだ場合、千束はスタミナ切れを起こすか、発作で倒れるかするだろう。それが分かっているからフキは千束相手にその戦闘方法を行わないが、プランとしてある以上、当然、
しかし、そこに純粋に勝ちたいという思いがあるから、フキが千束と戦うとき、それはスピード・パワー任せの千束に対して、フキは戦術とテクニックで補って戦うのだ。
どちらの戦い方が正しいという訳ではない。
どちらの戦い方が合うのか、という問題である。
ノバラ自身も、千束よりはフキに近いスタンスであることを自覚している。しかし、ノバラには現状積み重ねが薄い。
だからこそ、そのとき、その場所、その相手に最適な方法を見つけることが必要でも、それを行うことも想像することも難しいのだ。
「そうだ。格闘技に限らず戦闘は難しい。
一見するとフキの言葉はとても厳しいように思える。
だが、その中にはノバラを強くしようという想いが込められていることがノバラにはよく分かった。
「……ん……はい」
素直に返事をするノバラの頭を撫でたフキは、服についた土誇りをぽんぽんと叩いて落としてやった。
「……邪魔したな」
ふっ、と笑って踵を返すフキの背中に。
「……ありがと」
小さくノバラがお礼を言った。
合気道っぽいのはなんちゃってだよ。