Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
千束 泣かせてはいけないお姉ちゃん
フキ おかん的お姉ちゃん
目次にはこっそり楓司令を追加
気が付けば、千束とノバラが出会って三か月ほど経過していた。
……と言っても大きな変化はあまりない。
ノバラの無表情振りも相変わらずだし、偏食も未だ直る様子もない。
ただし、感情表現は緩やかに向上していて、少なくとも千束とフキに下手糞な笑顔を向ける程度には進歩している。
フキは料理長にお願いをして、野菜を細かくしたスープを作って貰ったり、料理を一口サイズに小さくして貰ったりと工夫はしていたのだが、やはり、好んで食べてくれる訳でもなく、気が向いたときに、フキが半ば無理やり食べさせてようやく口にする程度だ。
それを見ていた千束も、これはいかん、という危機感を覚えたのか、やや斜め上方向の奇策を考えた。
「……え? お前が料理すんの?」
……それは千束がおいしい料理を作ってノバラに振る舞うというものだった。
フキが考えるに、ノバラはお義理で付き合ってはくれるだろうが、正直、続くとは思えない。
「そーだよ……何か文句あんの?」
ちょっと頬を膨らませている千束を見ながら、フキには不安があった。
「……できるのか?」
そもそも、千束に料理ができるのか、という問題だ。
「フキ……世の中はできる、できないじゃない! やるか、やらないかだ!!」
何処からパクってきた名言かは分からないが、変な説得力があった。
……まぁ、言葉はいいが、実力が追いつくかどうかはまた別問題の話である。
「野菜炒めならさほど失敗しないだろうということで、材料も料理長から貰ってきたよ!」
「……お前のその行動力だけは尊敬するよ」
他の者がお願いしてもこうは行かないだろう。
普段から愛想の良い千束だからこその役得であると言える。
「まぁ、でも、この食材って余りものなので。料理長は食材が無駄にならなくて嬉しい。私はこの食材で料理ができて嬉しい。更にノバラは私の料理が食べれて嬉しい、という、WIN-WIN-WINの関係だよ!」
(そう上手くいくといいがな……)
厨房の片隅を借りて、台に上がった千束はもやしのひげを取り、キャベツをざくざくと切って、硬いニンジンを手こずりながらも切り終えると、最後に涙を流しながら玉ねぎを切った。
サラダ油をフライパンに入れ、豚バラ肉をいざ投入という時点、で今更ながら、フキはノバラが一人になっていることに気づく。
「……おい。そう言えば、私たち二人がノバラから離れたら、アイツ一人なんじゃないか?」
これまで二人どちらかは目に届く範囲に置いていた。だが、今回は厨房の一角を借りている関係とノバラには内緒に進めているということが仇となり、珍しく、ノバラが一人という状況になっていた。
「部屋にいるよう言っているから、大丈夫だと思うけど?」
もっとも千束はノバラがしっかりと言いつければ、余計なことをしないと思っているので、それだけで十分だと思っている。
「……まぁ、無駄にうろちょろするヤツもないからな。私の心配のし過ぎか?」
何となく嫌な感じがしていたので、フキは心配していたのだが、ノバラの生態は確かに千束の言う通りであった。
「フキってば、心配性のお母さんみたいだねぇ?」
「うっさい!」
千束の茶々にフキがうがーっ、と吠える。
「……まぁ、何もないとは思うが、私が手伝うこともないだろうし。私は戻ってノバラを見ておくぞ?」
「おー。おねがーい! あ、万が一にでもノバラがこっちに来るようだったら、足止めよろしくねー!」
「……はいよ」
◇◆◇
ノバラが概ね部屋で過ごしていたことには間違いない。
しかし、生理現象がある以上、部屋から出てお手洗いに行くことやむを得なかった。
……そして、悪意というものは得てして、そういうときにこそ牙を剥くものである。
「……あなた、千束とフキに目をかけられているからって、ちょっと調子に乗ってるんじゃない?」
その少女は千束とフキと同じように訓練を受けている少女であった。
もっとも、ノバラは興味のない人間を一切覚えようとしていないので、まさか自分が呼ばれているとは思わず、自分の後ろに誰かいるのか、と不思議そうに振り向いて見てみる。
そして、誰もいないとなると、目に見えていない何かに話しているのかもしれない、と進行方向をずらして、お手洗いに向かおうとする。
……その手を少女が掴んだ。
「……? ……はなせ。じゃま」
積極的に他人に関わって来なかったからかもしれない。ノバラは冷たい瞳で少女を見て、端的に述べる。
「あなた、先輩に向かってそんな口の聞き方!?」
「……せんぱい?
ノバラからすれば、千束とフキ以外は有象無象。視界にすら入っていない。
だから、ノバラの認識において、『先輩』というものは存在しない。
……だが、その言葉は少女を激昂させるのには十分だった。
手が振り上げられ、ノバラに向かって振り下ろされる。
……だが、ノバラは軽く顔を逸らすだけでそれを避け、少女に構わず、スタスタとお手洗いに入っていった。
「くそっ。何なのよ、あの子! 全く表情も変わらないし、ガラス細工みたいな目でこっちを見て! 人形みたいで気持ち悪いのよ!」
少女は感情を持て余していた。今まで感じたことがない感情。
それは明確にノバラだけに向けられている。
……その感情は、嫉妬、というべきものであった。
◇◆◇
「ノバラー、夕ご飯だよー!」
千束とノバラの部屋。
いつもどおりに夕食を運んできた千束は、ノバラの座るソファの前のテーブルの上に、ご飯の入った茶碗とみそ汁の入った汁椀、皿に盛り付けられた肉野菜炒めを置いた。
……皿やお椀こそいつも使っているものではあるが、明らかにおかしい、とノバラは思った。
不思議に思って、千束を観察してみると、指には何か所から絆創膏が貼られているのを発見する。
それから大体の事情を察したノバラは、嫌いな肉と野菜であっても残さず食べると決意する。
手を合わせていただきますの合図をしたノバラは箸を進めていく。
……正直、千束が作ったであろう肉野菜炒めにはあまり味はない。
だが、自分のために千束が作ったと思えば、残すことなどできない。
バクバクと進めていき、ついには完食した。
「なんだ、ちゃんと食べられるじゃん。よし、また作ってあげるからね」
満足そうな笑みを浮かべる千束を見ながら、ノバラは小さく頷いた。
「……ん。私、少し横になってるから、
千束は、空になった食器を嬉しそうに片づけると、気を遣って席を外したフキにも、自分の初めての手料理を食べて貰うべく、別に取っておいたおかずを、鼻歌交じりにフキの下まで持って行くのだった。
◇◆◇
「……お前……これ、味見したか?」
一口食べたフキは物凄く微妙そうな顔をした。
「へ? 何で?」
不思議そうな顔をする千束にフキはため息を付いた。
「……自分で食べてみれば分かる」
「えー? 何か失敗したかなー?」
フキの言葉に千束は首を傾げながら、ちょっとだけべちゃっとしている野菜炒めに口を付けた。
シャキシャキとするキャベツともやしの歯ごたえ、甘ささえ感じる玉ねぎとニンジン。しかしそれ以外の味がない。
千束は、塩コショウもしていなければ、しょう油で香りづけもしていない。
そのことに気づいて、はっ、と口を押えた。
「……私、ノバラにこれ食べさせちゃった」
どうしよう、と少しだけ青い顔をしている。
これで本格的に野菜嫌いになったら、千束のせいだ。そのように考えてしまっていた。
だが、フキはカラカラと笑った。
「本当にイヤだったら、ノバラは吐き出すだろうよ。それでも食べたっていうのは、お前が一生懸命に作った、っていうのが分かったからだと思うぞ」
フキのその言葉を聞いて、千束はぽたりぽたりと涙を零した。
「あれ……? 嬉しい、だけ、なんだけどなぁ……?」
あの無気力、無感情なノバラが、千束に気を使ってくれたのだ。しかも、千束の心も慮って。
ノバラがまた一つ足を進み出してくれたことが千束には誇らしかった。
嬉し泣きをする千束の頭をそっとフキが撫でる。
……妹の成長を喜び、二人は小さく笑いあった。