Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
でも、キリのいいところまでもうちょいやります。
千束とノバラの共同生活が半年を過ぎた頃。
正直に言えば、千束とフキは楽観が過ぎていたのだろう。
少なくとも二人の前では、食べ物の好き嫌いという我侭はあるものの、総じてノバラは大人しいという印象だった。
良くも悪くも他人に興味がないノバラが積極的に他の者と交流する訳もなく、基本的に一緒に訓練する仲間たちがノバラを見る目は、千束の妹というよりは、千束が飼っている珍妙なペット、程度の認識であったハズだ。
だが、現時点でさえ、歴代最高の逸材と言われる千束に特別扱いされ、次点のフキにも可愛がられている。
それが問題とならなかったのは、千束のコミュニケーション能力とノバラが無力な存在であったからこその話だ。
ノバラが本格的に訓練に参加し始めてくると、当然、周囲のノバラを目を見る目も変わってくる。
そこにいるのは、無力な存在ではなく、自らのライバルとなる可能性のある者。
それでも、まだ、自らが優位だと確信できる内は良かった。
だが、短い期間でノバラの能力は目に見えて向上し、一部分の体力測定においては、ノバラが他の者を追い抜き始めたものもある。
これが、あるいは別の年代であれば、問題にならなかったかもしれない。
しかし、千束の年代に限って言えば、必ずと言って良いほど千束と比べられ、それに喰らいつくフキと対査される。
圧倒的な千束と比べられ、低く評価されることは仕方ないと諦めることができる。
人一倍努力していることが分かるフキと照らし合わされ、努力が足りないと言われることは我慢できる。
だが、ポッと出の幼女と比較される……そんな事実には我慢ならない。
ましてや、その幼女が先の二人に特別扱いされているとしたらなおさらだった。
……故に、『天才』と『秀才』の寵愛を受けた『つぼみ』が花開く前に摘み取ろうとされることは必然だった。
もっとも、イバラで覆われた『つぼみ』を摘み取ろうとすれば、摘み取ろうとした者がケガをすることもまた必然であったが。
◇◆◇
「……はぁ? 誰だよ、そんなこと言ったのは?」
その話を耳にしたフキは不機嫌の極致だった。
「……誰って……ねぇ?」
「……フキ。その話は極端かもしれないけど、あの子のことを面白くないって思っている子は結構いると思うよ?」
彼女たちがフキにその話を言ったのは、親切心からだろう。
彼女たち自身は特にノバラに含むところはないのだが、普段良くしてくれているフキにだからこそ、こっそりとその話をしてくれた。
「だからと言って、『お人形みたいで気持ち悪い』はないだろう……」
人の大事な妹を『お人形』だの『気持ち悪い』だの好き勝手言われて、フキがただ黙っていられるわけもない。とんとんと机を叩いて、苛立ちを募らせる。
そんなフキを見ながら、彼女たちは苦笑めいた表情をした。
「確かに気持ち悪いは言い過ぎだと思うけど……たまに、こっちを見られると、怖いって思ってしまうときはあるよ? ちょっと、言葉で表現しようとすると難しいんだけどさ……」
少し悩んだ様子を見せるが、何も浮かんでこないのか、うーんと額に指を当てて考える様子をする。もう一人の少女は、別のことに気づいたのか、指ぴっと立てると、話始める。
「あ、でも、あの子。可愛くなってたから、分からなかったけど、千束のお見舞いに行ったときにすれ違った子でしょ?」
確かに今話している二人は、フキだけでなく、千束とも親しくしているコミュニケーション能力の高いグループの者で、同席していた者に間違いない。
「ああ……そう言えば、あのときは確か……ゾッとしたとか、鳥肌がたったとか言ってたな。私はそこまでではなくて、妙な気配がするな、と思った程度だったが」
「……千束はけろっとしてたけどね」
たはは、と一人の少女が疲れたような笑いを浮かべる。
「でも、ちょっと気を付けた方がいいと思うよ。あの子自身が何も思ってなくても、周りがどう思ってるかは分からないからね……そういや、あの子は?」
「千束のところだとは思うが……すまん。探してくる!」
緩く手を振って、送り出してくれる友人に感謝しながら、フキはノバラを探しに走った。
◇◆◇
一方の千束はいつものこととは言え、友人たちに囲まれていた。
「千束、ここのコツ教えてよ」
「ねー、この間のアレどうなったー?」
私は聖徳太子じゃないぞ、と言いたいくらいにはわちゃわちゃと同時に言われてはさすがの千束も何を言っているのか分からない。
だが、そんな中でもどうしても聞き取ってしまう言葉というものもある。
『あの人形女、やっぱり気に食わないね! 相変わらず気持ち悪い目で見てくるし!』
無論、それだけでは、相手がノバラとは限らない。
だが、千束はこれはノバラのことだと直感し、こめかみに青筋を浮かべる。だが、友人たちを振り払う訳にもいかず、千束は手早く話を聞こうと整理し始めていた。
◇◆◇
ノバラと言えば、座学も実技もない時間帯であれば、部屋に帰ることになっている。
これまでの生活から、ある程度一人で行動させても大丈夫、と判断した千束とフキは訓練棟と寮から帰るくらいであれば、ノバラの単独行動を許していた。
そこには、わざわざ自分より年下の子どもに因縁を付ける者もいないだろう、と級友たちへの信頼もあったのだが。
「……人形女!」
一人の少女が部屋への帰り道のノバラに声をかけた。
ノバラはその少女を見て、以前にも声を掛けてきた人だ、とは認識していた。
だから、自分のことを『人形女』と呼んでいることも理解した。
……ノバラの中で、ざわ、と何かが蠢く。
「アンタ、目障りなのよ! ここから消えてくれない?」
少女のその言葉は、年齢相応の子どもっぽいものであったと言えるだろう。
感情任せで、その後のことも考えていない。
仮に、ノバラがそのとおりにしたとすれば、千束とフキが激怒し、何ら教官にも相談をせずに勝手に行動したことで処罰を受ける可能性もある。
また、ノバラのような幼児を無責任に外に放り出したことに対する単純な非難もあるだろう。それが自分の嫉妬心からなら、大人げない、と誰も同情はしてくれまい。
「……消える?」
ノバラはちょこんと首を傾げた。
彼女が何やら怒っているであろうことは、その表情と声から理解できる。
だが、何に対して怒っているかは理解できない。
相応の知能と感情などが備わっていれば、彼女の嫉妬心からの怒りを理解できたかもしれない。
しかし、ノバラは知能は年齢相応以上であるとしても、感情が極めて薄い。
更に言えば、ノバラ自身に自覚はないが、他人の感情に共感することが極めて難しいのだ。
「……どうして?」
言葉足らずのノバラは、どうしてそう思うのか、と質問したつもりだが、言外の意味を汲んでくれる千束とフキが相手ではない。
少女はその言葉を、どうして自分が消えなければならないのか、と言っているものと理解した。
キッと眦を上げて、ノバラを睨んでも、何を見ているのかすらよく分からない、昏い瞳に己の影が映るだけだ。
無機質な機械めいたその瞳は、少女の嫌悪感を抱かせるのに十分だった。
「……本当に気持ち悪い。千束とフキはよくこんな子を傍におけるわね……」
そう言って、少女はノバラを見たくない思いで、ノバラから顔を背けた。
……だから、少女は気づかなかった。
……ノバラの雰囲気が変わっていることに。
◇◆◇
ざわり、ざわり、とノバラの中で何かが蠢く。
『ソレ』は普段からノバラの中で蠢いていている。
『ソレ』はノバラの感情の動きに刺激され、その動きを活発にする。
『ソレ』は特に悪意に敏感で、ノバラが悪意に対して昏い感情を持つほど激しく動く。
……だからこそ、無意識の内にノバラはあらゆる情動を薄くしていた。
刺激が少なければ、その分、『ソレ』の動きは鈍くなる。
それでも、時折、無意識の内に表に出ようとすることはあるが、刺激が少なければ少ないほど、その頻度は下がる。
だが、今のノバラはかつてないほどの怒りを覚えていた。
それは、普通の人間ならば、ちょっとイラっとした程度であっただろう。
(……千束とフキの悪口を言った……)
しかし、それはノバラが『ソレ』を縛っていた鎖を解き外すのには十分だった。
◇◆◇
少女は空気が急に重くなるのを感じた。
知らず、全身から冷や汗が噴き出る。
訓練のときに、教官が殺気を放った時に似ている。
だが、今のこれは、それよりも暗く重い。
まさか、と思って、少女はノバラに視線を戻し絶句した。
ただでさえ分かりにくい表情からは一切の感情が抜け落ちていた。
ガラス玉のような瞳は少女を捉えているが、一層無機質になった瞳が、冷たく輝く。
その瞳を覗いた瞬間、少女は自らの『死』を見た。
あらゆる『死』の幻影が少女の脳を焼く。
瓦礫に潰されて、高層ビルから叩き落されて、首を絞められて、ナイフで刺されて、爆弾で吹き飛ばされて、生きたまま火をつけられて、海に沈められて、列車に魅かれて、あるいは生きたまま狼に食い殺されて。
一瞬の間に様々な死を体験した錯覚をする。
「……あ……ぁ! ああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
少女は目から涙を流し、鼻水を流し、口からは泡のような涎を噴いて、自らの頭を掻きむしる。
「……ひっ!……ひっ! ひぁぁぁっ!?」
荒い呼吸を繰り返し、ついには立っていることすら難しくなった少女は床に倒れこむ。
苦しそうに胸を押さえて、のたうち回り、気を失う直前、傍らにいたノバラのことを思い出す。
床に這いつくばった少女が苦し気にノバラを見上げれば、変わらぬ無表情のまま、あるいは、嫌いな虫でも見るような目が少女を射抜いた。
そして、これがノバラによるものだと悟り、化け物でも見たかのような恐怖を目に浮かべて、ノバラを見た。
……意識を失う寸前、少女にはノバラが嘲るような笑みを浮かべているように見えた。