Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
他人に興味がないからと言って、ノバラは血も涙もない訳ではない。
例えそれが『情』として認識されているものではなくても、社会一般の常識と良識に照らし合わせて、その事象に合わせた最適解は導き出せる。
少女が倒れてからノバラの取った行動は年齢にしては落ち着いたものだったと言えるだろう。
急病や発作であれば、自分にできる応急手当は何もない、と悟ったノバラは、周囲の気配を探って、最も近くにいた大人、女性の教官に助けを求めた。
「……何か、急に怒ってきて、急に倒れた」
それが拙い説明だったとしても、普段自分からは全く話そうとしないノバラが、急に話しかけてきた、ということはそれだけ緊急事態だ、と教官に思わせるには十分だった。
対応した教官はすぐに医療班に連絡をすると、少女の状態を確認し始める。
「……ノバラ。他に見ていて気付いたことはある?」
「……ん。急に汗を掻き始めて、顔色が悪くなった。あと……何か叫んだり、頭を掻きむしったりして、苦しそうだった」
「そう……。頭を打ったりしてない?」
「……膝を着いて、それから、前のめりに倒れたけど、そこまで、意識はあった。だから、頭は打っていない」
教官は、ノバラのことを、不愛想な変な子、という認識だが、それを少しだけ改めることにする。
そっと頭をノバラの頭を撫でると、その柔らかい髪の感触が返ってきて心地良い。
「よく観察しているわね。すぐに私を呼んだ判断も悪くない。いい子ね、ノバラ」
「……ん」
教官たちの間でもノバラは時折話題に上る。
そして、そこで問題となるのは、ノバラの感情の薄さ。
喜怒哀楽が見て分からないので、どう指導したものやら、という困惑が主だ。
更には、リコリスの適正検査結果も話題になる。
(知能指数は平均以上、訓練開始前の身体能力は同年代でも平均よりかなり下だったのに、わずか数か月の訓練で同年代の上位に並んでいる。しかし、大部分の感情の希薄さに加え、他者への共感、協調性の欠落……人間的には大いに欠陥だらけ。協調性がないことを除けば、理想的なリコリスになるのでしょうけど……)
適正検査時の総合評価はAからF判定の内でのD判定。運動能力の向上で、現在はB判定相当という取り扱いだ。
これ程短期間に評価を二つ上げた前例は少ない。
ノバラの伸びしろを考えれば、将来、A判定は確実と言われている。
そして、現在ノバラが参加している訓練生群の中では、A判定が千束とフキだけということまで踏まえれば、相当な有望株扱いなのだが。
ノバラは、ある意味当然というべきか、問題児扱いなのである。
(千束とフキ以外に興味がない……それ故に自分に向けられる感情は
教官たちは須らくノバラに違和感を覚えていた。
千束がノバラを講義に連れてきた際、思った以上に、他の者の反応が薄かった。
ノバラ自身の愛想がない、というのも原因の一つであろうが、女子の中に幼児を放り込んだら、もう少し反応があって然るべきハズだった。
わぁわぁきゃぁきゃぁ、とノバラを構い倒す者がいてもおかしくない。だからこそ、教官たちは、ノバラの講義参加を許可するに当たって対策も考えていたのだが、結果、それは無駄になった。
ノバラはすんなりと溶け込んだ……というよりは、埋没したというべきか。
最初からそこにいたように。
あるいは、そこにいてもまるでいないかのように。
そして、注意深く観察して見れば、ノバラは集団の中にあって、自らの気配をほぼ完全に断っていることが分かる。
千束やフキはノバラを意識しているから認識できていたが、それ以外の者はノバラの存在そのものを認識できず、もしくは忘れ去っていた。
そこにいながらも気にされない。ノバラはそんな存在だった。
……風向きが変わったのは、ノバラが実技に参加してからだ。
初回、一時間の持久走を言い渡し、ただただ走らせたという。
千束の話からすると、ノバラは体をあまり動かしておらず、同年代と比べても痩せっぽちで、体力もないであろうことが想定された。
他の訓練生の邪魔にならないようにするため、という目的もあったが、持久走をさせたの体力の限界を量る、という目的もあった。
運動をほとんどしたことがない幼児であれば、十分をすれば、飽きるか、体力が尽きるだろうと思っていたのだが。
ノバラはぽてぽてとぎりぎり走っているくらいのスピードで淡々と一時間を走り切った。
走り終えると同時に座り込んだ、という話であるから、丁度そこで限界、ということだったのだろうが、おそらくこれは偶然ではない。
一時間という時間と自分の体力を合わせて最も適切はペース配分で走り切ったというべきだ。
そして、この体力の尽きた状態に、基礎トレーニングを行わせたところ、筋力が足りな過ぎて、普通にできなかった腕立て伏せを膝をついてやらせた以外は、通常の腹筋、背筋、スクワット、バービージャンプを十回三十セット。これも休み休みとは言え、やり切ってしまった。
千束とフキこそ喜んでいたものの、他の訓練生はここでようやくノバラを脅威として認識したのだ。
だからこそ、いずれ、ノバラには悪意の目が向くことは想定されていた。
そこで、実技の格闘術担当の教官がノバラにちょっとした悪戯をした。
他の訓練生が直接的浴びせられば、失神してもおかしくないほどの殺気をノバラに向けた。
結果、殺気を超える何かがノバラから発せられて、その教官に叩きつけられた。
しかし、そこは歴戦。何もなかったような顔をしてそれを流して、訓練を続けたが、いずれ対策は必要となるとは考えていた。……考えてはいたが、有効な対策は結局たてることができないまま、本日に至っている。
(確かこの子は、ノバラを認めることができなかった子ね。嫉妬心からだろうけど……バカな子ね……相手を見誤ったとしか言えないわ)
そんなことを考えながら、到着した医療班がストレッチャーに少女を乗せると、教官はそれに付き添うような形で走っていき、帰り際、ノバラに笑みを浮かべていた。
そして、その奥から走ってきたフキがストレッチャーに乗った少女を見て、ぎょっとするが、そのまま、ノバラのもとまでやってきた。
「……何があった?」
「……あの子が急に怒ってきたと思ったら、急に倒れた」
(アイツは確か、ノバラを『人形みたいで気持ち悪い』とか言っていたヤツか……)
まさか、とは思うが、ノバラが叩きのめした、などという可能性も考えたフキは、ノバラに問う。
「お前、アイツに何かしたか?」
「特には。でも、千束とフキの悪口を言ったから、イラっとはしたかも」
そう答えたノバラに、ふっと、フキは顔を緩めて、ノバラの頭をくしゃくしゃにして撫でる。
「そうか。ありがとうな、ノバラ。私たちのために怒ってくれて。……でも、絡まれたのだとしたら、それより先に逃げたり、助けを呼ぼうな」
「……ん」
フキはノバラの手を取ると、寮に向けて歩き出す。
そんな二人の姿を見かけた千束が後方から猛ダッシュで近づいてきた。
「二人ともおいてかないで!?」
「おー。随分かかったな。人気者は大変だなぁ」
「……さっき、誰か運ばれていったけど、ノバラは平気?」
「……ん。私の前で倒れたから、教官呼んだ」
「おーそっかそっかぁ。偉いぞ、ノバラ!」
千束はノバラを後ろから抱きしめると、頭の上に自分の頬を擦り付けるようにした。
「あー……私の妹は、やっぱり本当に優しくて、可愛い、すっごいいい子だねー」
ノバラは千束の甘い匂いを感じながら、心が温かくなっていくのを感じていた。