Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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11 Incompetence

 ちょっとした肩透かしをくらったものの、すみれにはノバラの言葉に逆らうという行動はありえない。

 念入りに体を洗った後は、嫌々ながらも医務室に顔を出していた。

 

「川辺せんせー、ノバラちゃんが診てもらえって」

「あ、ちゃんと、シャワー浴びてきたのね。ん~、すみれはそうしてれば美人さんね~」

 

 DA仙台支部の医師、川辺は30代半ばの優し気な女性である。ややふくよかという印象を受けるが、年齢以上に可愛らしく見えるのは、ぽわぽわとした雰囲気故だろうか。

『治療』というイヤなことがなければ、すみれにとっては、最も波長の合う大人である。

 

「頭から血を浴びたんでしょう?いつものこととは言え、お転婆はほどほどにしなさいね。楓もノバラも心配してるんだから」

「はぁい」

「まぁ、ノバラは「傷一つない」って言ってたけど、念のため、採血して検査をしましょうね」

「うぅ……はぁい」

 

 不承不承といった体のすみれに苦笑しながら、川辺はシリンジなどを用意する。

 一つ置かれる度に顔を青ざめさせるすみれは見ていて面白い。

 

 すみれに腕を出させると、腕をアルコールで消毒する。嫌そうに顔を背けるすみれは何とも可愛らしい。

 

「はい、ちっくん」

「ぴぃ!」

 

 実際、そんなに痛みもないのだろうが、すみれは涙目である。そんな幼げなすみれだからこそ、川辺の対応もこども相手のようになってしまう。

 

「ついでにお薬もえいっ!」

「ぴゃ!」

 

 すみれに投与している薬剤は身体の興奮を鎮めるものが主ではあるが、異常に発達する筋肉の成長を治めるために、一定量のアルカロイド系の毒物が含まれている。

 これは、もちろん正しく処方されたものではなく、『過去の記録』から、効果があると認められたものが使われている。

 リコリスという戸籍がないすみれ故にそういった実験まがいの治験が許され、今なお投与され続けている。

 

 そして、それは一般的な治療方法がないこともまた意味している。

 

 類似症例がないわけではない。

 

 しかし、すみれのそれは先天性のものではなく、『後天性らしい』という事情で大きく異なる。

 

 元々、保護された状況も良くない。

 同時に保護された少年少女にすみれ以外の生き残りがいない。

 何らかの薬品の投与をされていたことは確実だが、首謀者は既に亡く、研究成果らしきものは上層部に確保され、川辺では内容は閲覧できない。司令官権限で楓が一部開示したもののみで、それすらも、すみれを最低限維持できるようにするためのものでしかない。

 

 新たに何かの治療ができるわけではなく、対症療法によって緩慢な死を迎えているというのがすみれの現状である。

 

「……う~……気持ち悪い……」

「……奥で休んでなさい。いつもどおり、誰も通さないから」

「……ありがと」

 

 ふらふらとすみれは奥の部屋に歩いていく。

 

 ……川辺はそれを見るのが嫌いだった。

 

 その部屋にはベッドも何もない。

 

 吐瀉物や排泄物を流す穴はあっても、便器も水道もない。

 

 自身を傷つけることがないようクッション性のあるウレタン素材の壁材で囲われているだけだ。

 

 扉は入るときは自動で開くが、すみれが入った後は、楓の許可なく川辺が開けることも許されない。

 

 防音が施されていても、川辺はすみれに異常がないかモニタリングしなければならない。

 

 だが、それだけだ。

 

 声をかけることも許されず、ただ見ることしかできない。そして、明らかな異常があったとしても、すみれが落ち着くか、気を失うまでは、開扉の許可も下りない。

 

 危険だからだ。

 

 生身で人の体を轢殺するすみれの膂力は想像を絶する。

 

 普段であれば、コンプレッションスーツで抑制されているが、薬剤の投与時はそれもない。外側からの抑制は期待できず、苦しんでいるすみれに手加減する余裕はないだろう。

 

 無防備に扉を開けば、そこには死が吹き荒れる。

 

 ……故に、川辺は黙ってモニタリング用のアプリを立ち上げる。

 

 すみれは床に蹲り、嘔吐し、涙し、叫び、苦しそうに床を掻きむしっている。痙攣するような症状も呈しているが、それでも、自身の体に向けて自らの力を振るうことはない。

 

 防衛本能?

 

 いや、それは、きっとすみれの理性にほかならない。

 

 自ら死を選ぶことはない。

 

 それは、どんな想いなのだろうか。

 

 すみれの精神は幼く、頭も良くはないが、敏い。

 普段はそんな様子を見せないが、楓の、ノバラの、川辺の自身に向けた気持ちを理解しているのだろう。

 だからこそ、その気持ちを裏切らない。それこそが苦境にあるすみれの最後の理性だと考える。

 

(……ごめんなさい。許して、すみれ。無力な私達を)

 

 川辺は涙を流して、自らの無能を呪った。

 




コンプレッションウェアっていうトレーニング用の体を締め付けるサポーター的なものがあるんですが、すみれちゃんはそれの強化版でぎゅうぎゅう締め付けている感じです。
本来はむしろ筋肉ついちゃうんですけどね……
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