Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
手配された車を運転して本部に戻ったすももは、楠木の下に出頭していた。
「相馬、入ります」
「ご苦労。詳細を聞きたい。掛けてくれ」
「は」
楠木に促されたすももは応接用のソファに腰掛ける。
すももが素直に座ったのを見てから、楠木は電気ケトルのスイッチを入れながら、紅茶用のティーポットの準備を始める。
「自分が……」
楠木自らがお茶を淹れようとするとは思わなかったすももは自分がやろうと腰を上げようとするが、それより早く楠木に制される。
「いい。私が飲むの分のついでだ」
「はぁ……」
そこまで言われては逆に失礼か、とすももは座りなおして、楠木を見る。
電気ケトルはあっという間に、ぽこぽこと音を立て始め、そのお湯を使って、陶器製のポットとティーカップに注いで温める。
次いで、ポットのお湯を捨て、中に紅茶の葉を入れると、沸き立てのお湯を注いでいく。傍らに置かれた、砂時計がコトリと音を立てた。
砂時計の砂が落ち切ると、ポットの中をティースプーンで一混ぜする。
カップのお湯を捨て、カップの上に茶こしをおき、ポットから紅茶を注いでいく。濃さが均等になるようカップに注ぎ入れていき、最後の一滴の一滴がカップの中に波紋が浮かんで見える。
楠木はすももの右後ろ側に来ると、お盆にカップを載せて持ってくるとお盆をテーブルに置き、ティーソーサーの上にカップを置いて、そっとすももの前に差し出した。
そして、自分も席に座ると、同じようにセットする。
「司令の手ずからとは……畏れ多いですね」
「同じ茶だ。味は変わらん」
そう言いながら、楠木が口をつけたのを見て、すももも紅茶に口をつける。
口に含めばフルーティーな香りが柔らかに広がる。
「……これは……結構なお点前で」
「世辞はいらん。教科書どおりに淹れているだけだ」
そう言う割には随分と手馴れている様子であった。
嗜みとして、すもも自身も紅茶の淹れ方は知識として持っているが、教科書どおりというよりは、お手本のような淹れ方であったと評するべきであろうと感じていた。
「まずは、すもも。お前には嫌な役回りをさせてしまったな」
……すももにとってのセンパイ、件のファーストの処分に関することだろう。
すもも自身はすみれとの模擬戦のあとすぐにノバラからの忠告を聞き、件のファーストからは離れる決断をしてはいた。しかし、実際のところ、相当の迷いがあった。
……敬愛していたセンパイを裏切る、ということの罪悪感。
だがしかし、彼女に先が無いであろうことは分かっていた。
彼女の彼への心酔具合は、今になって思えば、異常なほどであったし、その心理結果から、彼女はマークされていた。
これが、普通のリコリスであればまだ、脱走を成功させる見込みもあったかもしれないが、相手が悪すぎる。
単体での隠密戦闘能力では現役最強クラスの『
そして、不要な
まさか同一人物とは思わなかったが、彼女、最上ノバラが相手では、どれほど策を弄したところで、敵対し続ける以上、碌な未来がない。
それを悟ったすももが彼女を裏切ったこと。それは責められるべきことではないだろう。もっとも、すもも自身には心の中に棘のように残っていたのであるが。
しかし、結局、すももは彼女に近しい振りをしたまま、彼との情報を繋ぎ、彼女が脱走できるように仕向けたのだ。それは、彼女と未だ彼女を慕う少女たちを犠牲とすることが分かっていても。
彼女たちが合流を目指していたのはテロ組織。生きるために、そんなところに身を寄せようという彼女の考えには、心が冷えていった。だからこそ、最終的にすももは提案された提案を飲んだのだった。
「いえいえ。その程度の役割で信用を勝ち得たのであれば、安いものですよ」
すもも自身、未だ思うところがない訳ではない。
だが、それでも、すももは笑って見せる。
楠木はそんなすももの内心も分かっているのか、苦笑している。
すももは、楠木に種々労いの言葉を受けながら、仙台までの移動のときの話、すみれの検査、治療などについて、報告していく。
「……では、仙台支部はどうだった?」
「いやはや、何とも豪勢な造りでしたねぇ……」
すももはDA仙台支部を思い浮かべてみるが、まず浮かんでくるのは、大浴場と露天風呂だった。どちらも天然温泉。しかもサウナもあれば、岩盤浴もある。リコリス、職員ともに勤務時間外であれば入るのは自由、というのも正直羨ましいレベルである。
「ああ、温泉もあるんだったか? 衛生を保ちつつ、士気の向上、疲労回復、美容効果に福利厚生。コストと見合えば、こちらでも考慮しても良いかもしれんな」
本部は大浴場は整備されているものの、普通のお湯であるし、元ホテルほど整備が整っているわけでもない。
そして、すももはすれ違ったリコリスの多くの意欲的な姿と本部のリコリスとの違いに、なんとはなしに気づいていたものの、楠木の言葉ではっきりと自覚した。
「……士気。士気ですか。なるほど、そう考えれば、確かにあそこは本部に比べれば非常に高い士気があるように感じましたねぇ」
「元々が少数精鋭を重視しているところもある。特にあそこは若年でサード、セカンドになる者も多い」
「……姐さんの指導が入る前からですか?」
「ノバラがより加速させたのだろうが、あそこの訓練課程は、元々十三歳での卒業を目標としている。当然、卒業までのバラつきはあるが、遅くとも十五ではサードに上がっているだろう。本部と比べれば早い部類になってしまうな」
「人、物、環境がいいんでしょうかねぇ……?」
すももは訓練生の訓練を見る機会はなかったので、実際どんな訓練をしているのかは、まったく分からない。いずれ、拠点をそちらに移せばその限りではないが、そうした場合、楠木に報告することはないだろう。
「それ以外にもありそうなものだが……まぁ、一日程度では分かるまい。それはいいとして、お前から何か聞きたいことはないか?」
「本人から確認しましたが、楓司令が元リコリスというのは本当で?」
「ああ、『
「ま、姐さんはご存じのようですが」
「ノバラはまた特殊だろう。当時のカエデが自らの後任に推すべく全てを仕込んだ、と言っていたのだからな」
カエデが活躍していたのは、電波塔事件前後である。良くも悪くも、この時期、耳目を集めたのは千束であるため、優秀なファーストはその陰に隠れる形となってしまったが、カエデ自身もスキップ、適正年齢以前でファーストになっていた稀有な例だ。その実力は折り紙付きだ。
「……念のための確認ですが、楓司令に年の離れた妹、あるいは娘なんてのは……?」
「私が知る限りではそんな情報はないな……ただし、記録に載る前ならないことはないだろうが……」
「記録に載る前?」
「訓練生時代なら、あるいは、というところだな。まぁ、まずは無理だろう」
訓練生時代であれば、部外者との接触は極めて厳重に取り締まられている。よって、ほぼ同性同士の生活であり、唯一の例外がミカのような教官たちではあったが、そのような過ちを起こすものもおるまい。
「……そうですか」
「……何が気になっている?」
「言えね? 楓司令と姐さん、あるいは楓司令とすみれ嬢。いずれかは本当に母娘関係があるんでは、と考えまして。何せ、あの方はあれだけ気さくですからね、我々に対してもそんな感じなんではありますが。やはり、姐さんとすみれ嬢に対する距離感が近すぎるように感じまして」
「……ふむ。気に留めておこう」
そう言って、楠木はすももの言葉に考えを巡らせているようだった。