Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
現役リコリス六名は女子とは言え、運動量が多いのでそれなりの量を食べる。
つまり、買い出しをしようと思えば、一人二人では持ちきれなくなることは当然だ。
……よってノバラは自らの強権を発動する。
姉二人におねだりをし、妹を誑し込み、部下二人には居丈高に命じる。
手持ちのエコバッグでは当然足りず、お店で購入したビニール袋をパンパンにして、全員ノルマ二袋を持たせた。
最寄りのスーパーからたきなの部屋まではそう遠くないとは言え、お年頃の女子学生が揃いも揃って食材を重そうに持って歩いている姿は、すれ違った通行人が思わず振り向いてしまう程度には異様な光景だっただろう。
いつものダイニングテーブルにも置ききれず、リビング側のテーブルにも余りの重さに不評だった飲み物類を仮置きして、数多の食材の前でノバラがにやりと笑う。
「……先輩、すごい量買い込んでましたけど、一体何を作るんです?」
一番重い飲料類を持たされ、ビニールの痕が手の平に残ったすずなは、その部分を軽く揉みほぐしながら、ノバラに向かって問いかける。
「豚肉と牛肉をこんなに買って、何するんですか、たいちょーさん?」
一方のせりは、二袋とも丸々お肉が入っていた袋を持たされていたので、それを取り出しながら、小首を傾げた。
「……里芋、しめじ、舞茸、こんにゃく、長ネギ、ゴボウ……」
たきなは袋から食材を取り出しながら、その名前を読み上げていく。
「ははぁ~ん……これは……」
ノバラが何を作ろうとしているのか分かった千束はノバラと同じようににやりとした笑みを浮かべる。
「私は途中で分かっちゃったもんね!」
すみれは病状の関係からもっとも軽いお菓子類を持たされていたが、袋から覗く材料で凡その検討がついていた。
「……ふふふ。勘の良い君たちは気づいたようだな! そうだ! 今日の夕飯は……!」
「「「芋煮だぁ!! ひゃっはー!!」」」
千束、ノバラ、すみれが奇声を上げながらハイタッチをする。
「「「……芋煮?」」」
そして、芋煮に馴染みのない、たきな、せり、すずなの三人は千束たちのテンションの高さが理解できずに首を傾げた。
「そして、今日は何と! 南東北三県の三種の芋煮を作るんだよ!」
長ネギを両手に持って掲げたノバラが、にへらとキマった笑顔をする。
「マ、マジか、ノバラ……そんなことが許されるのか……!?」
「き、危険だよ、ノバラちゃん! 喧嘩になっちゃうよ……!?」
ノバラのある意味狂気の笑顔を見ながら、千束とすみれは戦慄した。
……きのこたけのこ戦争並みの最終戦争が勃発しかねない!
……そんな危機感が二人にはあった。
しかし、たきなたちは、何やら妙なテンションになっている三人を見て、ぽかんとする。
「……芋煮ってそんなに危険な料理なんです?」
代表してたきながそう尋ねると、訳知り顔の千束が鷹揚に頷いた。
「んむ。芋煮……起源には諸説あり、芋煮会発祥の地は東北どころか、全国のそこかしこに存在しているので、『ウチが発祥だ!』、『いや、ウチだ!』と論争になる上、しょう油、味噌、しょう油&味噌等々と味のヴァリエーションが多い上、牛肉、豚肉……さらには鶏肉、馬肉、棒鱈まで具材が幅広く、その土地土地がプライドをかけているので、迂闊に話題にすると喧嘩に発展するという、禁忌の郷土料理……それが芋煮だ!! あ、諸説あるんで、そこんとこヨロシク!!」
ビシッと千束が親指を立てた。
「……はぁ」
たきなは一層困惑顔になった。
「そして、ノバラはその中でも代表的な三種を作ると言っている! 何て怖ろしい! 早く作って食べさせろ!!」
楽しみで仕方ないといった様子の千束にたきなたちは苦笑する。
「……ふっ。千束、まさか、ただで食べれるとでも思っているんじゃないでしょうね……!?」
「な、何だと……!?」
「……働かざる者食うべからず……。芋煮作らざる者食べること能わず! この言葉を知らないとは言わせないよ!?」
後段の言葉は聞いたことありませんが、とたきなは小芝居を続ける
「ば、馬鹿な……この部屋は黙っててもメシが出てくるのではなかったのか!? ……くっ、おのれ、ノバラ……! そんなことを言われれば、手伝うしかないではないかっ!?」
そう言いながら、千束はたきなの部屋にストックしてある自分のエプロンを装着して腕まくりをしている。
……実に乗り気だった。
「……って訳で、さすがに私一人じゃ、手が回らないので、皆も手伝ってね?」
えへ、と笑うノバラに、たきなたちも苦笑を浮かべながら、頷いて、袖を捲った。
◇◆◇
(……何処から持ってきたんだろう?)
たきなは今、自分の部屋に大きめの鍋が三つもあることに首を傾げていた。
元々自分一人だけで住んでいた部屋である。
一人用にしては大きめのフライパンやら鍋はあった……とは思うが、一度に何人分もの汁物を作れるような鍋は自分の部屋にはなかったハズである。
また、ノバラがたきなの部屋で生活するようになってから今まで、そんなに大きい鍋の出番はなかった。
だから、たきなが気づかないうちにノバラが買い求めたものかもしれない……そうは思うが、今朝方、洗い物を片付けたときにもそんな鍋の姿を見かけた記憶もない。
……だと言うのに、ノバラは平然と戸棚からそれらを取り出したのだ。
(……細かいことを考えるのは止めにしましょう……)
たきなは、そのことは頭の片隅に追いやると、千束と二人並んでキッチン側で作っている芋煮二種の様子を見る。
なお、残りの一つはリビング側でノバラが作っている。
にやにやと笑いながら、千束とたきなにやらせているのだから、意図的なものだろう。
二人並んでの料理、というシチュエーションにたきなはほんのりと頬を赤く染めながら、傍らの千束に笑みを向ける。
「……そちらはどうですか、千束?」
「ん~……? ふふ、たきな、味見してみる?」
悪戯っぽい笑みを浮かべた千束が小皿に、しょう油と牛肉を使った芋煮の汁を少量すくって、たきなに差し出した。
それを受け取って口に含むと、すき焼きに似た甘じょっぱい味と牛肉の脂の甘さを感じる。
「ん……あ、おいしいですね」
そう口にしながら、千束の方に振り向くと、唇に柔らかい感触がした。
「……んふふ。ごちそうさま」
千束が頬を染めて、そう笑った姿を見て、たきなは千束にキスされたのだと気づく。
頬が上気していくのを感じながらもハッとしてリビング側を見る。
……幸いなことに、せりとすずなはノバラが作っているきのこ多めのしょう油&味噌の芋煮に気を取られていて、こちらの様子に気づいた様子はなかった。
……まぁ、ダイニングテーブルのところにいるすみれが赤い顔をしながら両手で口元を押さえているのと、芋煮を作っているノバラはにまにまとこちらを見守っているが。
「……もう、千束! …………お返しです」
たきなは口元がにやけるのを感じながら、誤魔化す様に、自分の作っている、味噌に豚肉を使った芋煮の汁を小皿に掬うと、それを口に含み、千束の方に顔を近づける。
たきなの意図に気づいた千束は、ちょっと恥ずかしそうにしながらも、目を瞑って、たきなの方に顔を寄せる。
……ちゅ。
唇を合わせると、たきなはそこから、自らの舌を千束の口の中に送り込みながら、自分の口の中にあった、芋煮の汁を千束の口の中に送り込んでいく。
「……ん……ちゅ……♡」
「ぁむ……ぅん、く……♡」
千束の喉がこくりと音を立てたのを感じながら、たきなは自らの舌で、千束の舌を絡めとって、その感触を味わうと、ちゅる、とその唾液を吸いながら、自分の舌を引き抜いた。
とろん、とした目の千束が、たきなの唾液のついた唇をぺろりと舐めとって、右手を口に添えるようにしながら、妖艶な笑みを浮かべる。
再び、リビング側に目をやれば、ダイニングテーブルの上にすみれが撃沈しており、ノバラはちょっとだけびっくりしたような様子をしていたが、よくやった、とばかりのサムズアップが返ってくる。
「……さすがに、これ以上は……」
「あはは。だね~……」
お互い顔を見合わせながら、そんなことを言ったものの、どちらからとも手を出し、リビング側からは見えないように指を絡めて、いわゆる恋人繋ぎをすると、互いに幸せそうに微笑んだ。
リコリスの知覚は甘くない。
せりはノバラ、すずなとともに芋煮を作っているが、不自然な水音、そして、千束とたきながこそこそと話している様子に気づいていた。
ちらりと視線だけを動かせば、決定的瞬間を目撃してしまった。
(さ、さすがは、『たきな神』……!)
せりの『たきな神』への信仰度があがった。
◇◆◇
(『相愛』かぁ……いいなぁ……)
すずなは表情にこそ出さないものの、左手に持ったコンパクトでしれっと後方の様子を伺っていた。
自分がそこに至るまでどれほどかかるだろうか、と遠い道のりを想像して少しだけ遠い目をする。
◇◆◇
(たきな、良い仕事してるねー……注意力が足りてないけど)
未熟といえど、せりもすずなもリコリスである。
対象に気づかせないように様子を伺うのは、基本技能の一つである。
故に、この部屋にいる全ての人間に気づかれるのは、決定事項。
千束は外堀も埋めるつもりで、織り込み済のことだろうが(たぶん)。
たきなのはどちらかと言うと本能的な動きであっただろう。
(……ふふふ。面白くなりそうじゃない?)
ノバラはによによと邪悪な笑みを浮かべた。