Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
髪と体を洗い終えたノバラとすずなは二人で湯舟に浸かる。
自然、DA札幌時代の話に花を咲かせた。
「私と先輩の接点は、訓練絡みでしたけど。……そもそも何で先輩は訓練生の寮に住んでたんです?」
すずなと出会った当時、ノバラは訓練生に交じっていたところで違和感はなかったのだが、現役リコリスであった。
通常であれば、支部に近いリコリス棟にいるのが自然である。
「……まぁ、千束に言われたとおりに、『お姉ちゃん』って先輩方を呼んだら、ルームメイトにしたがる人同士で喧嘩になりそうになったのよ。それで部屋の余ってる訓練生の寮へ、ってね。幸いにして、年が近い子が多いから違和感ないし」
ノバラが札幌に異動となったのは、千束が寮を離れて二年後。フキが同様にサードになって寮を出てから一年後のことである。
まだまだ幼い子どもであったノバラは、千束の言葉を愚直に守った。
人見知りとは言え、表面を取り繕うことができる程度には成長している、と自覚はしていたものの、基本周りにいたの千束とフキ、せいぜいでその友人くらいで、それが果たして一般的なレベルまで至っていたのかどうかは分からなかった。
……まぁ、実際にその比護を離れてから、ゆりかごに乗せられた子供でしかなかった、ということを知るわけだが。
自身の破壊力がどれほどに育っているのかを理解する前に
(……まさか、取り合いになるとは思わなかった……)
女子高生くらいの年齢が多い現役リコリスの中に、小学生くらいの少女がぽつんと一人入るのである。
それだけでも、大いに母性本能を刺激するのに、『お姉ちゃん』呼びである。
目立つ容貌ではないが、可愛らしい少女である。そりゃあ、構わずにはいられない。なるべくして、そうなった、という感じではある。
……当時の阿鼻叫喚を思い出して、ノバラは遠い目になった。
「……講義に出てこないから、幽霊扱いされてませんでした?」
「ああ、例の七不思議ね」
「……『深夜にスマホを通る妖精さん』、『訓練半ばで亡くなった少女の霊が廊下を歩く』、『深夜のグラウンドで聞こえる走る音』、『真夜中の料理教室』、『開かずの寮室』、『入ったら出てこれない地下の研究室』、『森で見つかる解体された動物の死骸』。これ、半分くらい先輩のせいじゃないですか?」
『深夜にスマホを通る妖精さん』、これは言うまでもなく、デイジーである。
「……聞いたことないのがたくさんねぇ。少女の霊とグラウンドは私かな?」
ノバラ自身はあまり興味がなかったのだが、デイジーのことと自分のことくらいは自覚している。
まぁ、講義でも見たことがない人が寮にいれば不思議だろうし、ノバラはそもそも気配が薄い。
いつも通りに気配を消したら、すれ違った瞬間に消えたように見えることもあるだろう。
グラウンドも同じだ。
仕事帰りでノルマをクリアできなかったノバラが、深夜にトレーニングをしていたものの、姿を発見できなかったのであろう。
「……料理教室と寮室もですよねぇ?」
「そもそも、『真夜中の料理教室』って怪談に入るの?」
ノバラは首を傾げる。
怪談というよりは、微笑ましいエピソードにしか思えない。
「年頃の少女にとっては怪談ですよ。……だって、あま~い、お菓子をたらふく食べれるんですよ? 後から余計なお肉がついて酷いことに……」
ふふふ、と昏い笑みを浮かべるすずなを見ながら、ノバラは自分の記憶を漁ってみる。
自分の夜食を作っていたことは結構あったが、誰かに振舞った記憶はない。
だが、すみれを保護した後であれば、普通の食事では量が足りなかったらしいすみれのために、ケーキやらクッキーやらを焼いていたことがあった。
そんなとき、甘い匂いに釣られてふらふらやってきた幼い訓練生に試食させて……。
「……ああ! あれか! ……あれ? あなた、あのときいたかしら?」
「……やっぱり先輩が原因ですか……そうだと思いました。私は別口ですよ。先輩のそれで味をしめた子が夜中にお菓子作りをするようになったんです……」
そして、その餌食となり、連日、夜の料理教室に参加してお菓子を貪って体重が爆上がりしたのがすずなである。
「……あなた、そんなに太りやすかった?」
ごく自然な動作でノバラがすずなの胸に手を伸ばして……揉む。
「ひゃ!? せ、先輩!?」
「うぬぬっ……ちゃんと成長している……」
下から押し上げて、円を描くような動きのノバラの揉み方は、マッサージのようでもあり……正直、気持ちがいい。
「……せ、せんぱぁい……そんなにされたら……♡」
目を潤ませ、頬を上気させながら、すずながノバラを見つめると、ノバラは失敗した、とばかりに手を離した。
「おっと、ごめんね?」
「……や、やめちゃうんですか……?」
ちょっと、残念そうにすずながノバラを上目遣いで見る。
「んー……? 私、スキンシップは好きだけど、そういう趣味じゃないし……」
言外の言葉をノバラは意図的に無視してそう答えた。
「……先輩、誤解されたくないなら、スキンシップは控え目にすることをオススメシマス……」
呆れた顔をしながら、視線を逸らし、ちょっとだけ膨れっ面になったすずながそう助言する。
「……気を付けまーす」
これは自分が迂闊だったな、とノバラはちょっと反省する。
すずなが自分のことを憧れを持って見ていることは自覚していた。
当時は純粋に先輩として慕っているものだと思っていたが、今、目の前にしているすずなには少しだけ色が混じっている。
すずな自身もそれを自覚しているようではある。
……それが、本当にノバラを恋愛対象として見ているのか、それとも憧憬に留まるのか、それははっきりしないようではあるが。
「……ふむ。寮室は私じゃなくて、すみれかな? 私の部屋は普通に開くし。セキュリティをパスしないと入れなかったのはあの子の部屋くらいでしょ」
「……どっちにしろ、先輩関係じゃないですか」
ここまでほぼほぼノバラ関係なので、すずなは呆れたような目でノバラを見た。
「あと……研究室は……たぶん、楓司令かな?」
「司令も寮に住んでたんですか!? 全然見たことないんですけど……」
「そりゃ、私とすみれくらいしか部屋に出入りしていないし、司令の部屋は一通り何でも揃ってたから、司令は基本的に外に出てこないし……」
地下には研究室があって、危ない薬品があるから立入禁止、とされていたので、研究室があるのは広く知られていた。
まぁ、入りたくても、それこそセキュリティをパスしないと入れないのであったが。
そして、ノバラは気配が薄く、すみれは部屋の外に出ることが稀なレアキャラだった。
仮に入っていく姿を見られたとして、その後、講義などで見かけることがなければ、出てきていない、ということになる。実際の出入りが深夜から早朝にかけてなので、見ることができない、が正しいのだが。
「……入ったら出てこれないって、それのせいなんじゃ……」
「……そうかも」
「……解体の話まで先輩じゃないでしょうね?」
「それは私じゃないと思うけど……」
……ノバラはその答えらしきものを知っている。
「……たまに、寮の食事に見慣れないお肉が入ってなかった……?」
たぶん、熊とか鹿だろうと思って、当時のノバラはあまり気にしていなかったが、今になってみれば、どこからそれを調達してきたのか、という問題にぶつかる。
すずなも思い当たるフシがあるのか、思わず無言になった。
「「…………」」
知らない間に、自分たちは一体何を食べさせられたのだろう、とノバラとすずなは顔を青くした。
……本当に食べてしまったのか?