Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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第二章 Sham Battles
12 Lament


 3時間程すると、すみれの症状が落ち着きを見せたため、楓からの許可もあり、川辺は部屋を開扉する。

 扉の前で迎えてあげたい気持ちもあるが、念のためと乙女の尊厳を考えて、基本的にその操作は遠隔である。

 併設されたシャワーですみれが汗やらその他もろもろを洗い流してから、頭から湯気をほくほくさせて、医務室に戻ってきた。

 

「せんせー、お腹すいたー」

「あらあら」

 

 先ほどまでの苦しみようとは打って変わって、のほほんとした様子に川辺は苦笑する。

 

 川辺は冷凍庫からレトルトのナポリタンを取り出して、電子レンジで温めるとともに、備蓄用かつ個人的おやつのようかんを一箱すみれに投げ渡し、お茶を淹れる。

 

 ナポリタンが温まるのを我慢できないすみれは、さっそくようかんにかぶりついている。

 

 ……いつものこととは言え、食べる順番くらい考えないのかしら。

 

 川辺的に、ようかんを食べてから主食とか大変気持ち悪い。

 

 だが、すみれはお腹に入ればいいのか、食べる順番は全く気にしない。アイスを片手に、焼肉を主食にして、ごはんをおかずにするような少女なのである。

 

「ん~! ようかん、あま~い! お茶がおいしい……」

 

 甘いようかんと渋いお茶がよく合う、というちゃんとした味覚は持っているのに。

 

 この辺は楓の教育の成果か、意外と爺むさいノバラの影響か。

 

 リスのように頬を一杯にするすみれを見ながら、川辺はくすくすと笑う。

 

 ……子どもがいれば、こんな感じなのかな。

 

 ふと、そんなことを考える。

 

 身体的な理由で川辺は子どもを儲けることはできない。手のかかるすみれは我が子のようにも思うことがある。その一方で、罪悪感からか、一歩引いてしまうところもある。だが、親と呼ぶには離れすぎ、友人と呼ぶには近すぎるそんな距離感を気に入ってはいた。

 

 チン、という音がすると、すみれは残りのようかんを口に詰め込んで、とてとてとナポリタンを取りにいく。鼻歌混じりにフタをはがすと、お行儀悪くテーブルにつかないままで食べ始める。

 

「こら。お行儀の悪い子には、何もあげませんよ」

「ふぉめんなふぁ~い」

 

 一応、行儀が悪いことは理解していたらしい。すみれは素直に謝ると椅子に座って、改めて食べ始める。

 ちゅるちゅると麺をすする様子は、マナー的にNGだが、すみれにマナーを求めるのも酷だろう。口の周りはべたべたにしているし、テーブルにはソースが跳ねている。

 

 川辺は黙ってすみれの口元を拭いてやる。

 

「んに……んへへへ」

 

 照れたように微笑むすみれを見ると、些細なマナー違反はどうでもよく思えてくるから不思議だ。

 

 ある程度お腹が満腹になったのか、妙に堂にいった動作でお茶を啜っていた。まぁこれで、これの影響は明らかにノバラということが分かった。普段のノバラがお茶を飲む様子をして模倣しているのだろう。普段のすみれであれば、お茶をふーふーと息をかけて冷まし、細かいことを考えずに、右手でそのままってずずぅっっと啜りそうなものだが、茶碗を右手で取って左手に乗せ、音を立てずにスッと口に含んでいる。お茶を口に含んだときに味わっているのか、軽く目を瞑るなどの細かい仕草がそっくりだった。

 

 ほぅっと軽く息を吐いた様子が、普段とのギャップがあり、何故か雅さがある。

 

 ……口を開けば残念なのに、美人は得だね。

 

 大人しく座っているすみれは、普段の幼さを感じず、年相応、いやそれ以上の大人にも見える。珍しく憂い気な表情であることもその一因かもしれない。

 

「……せんせー」

「なぁに?改まって」

 

 ……嫌な予感がしていた。聞かないでほしかった。

 

「しょーじきに教えて欲しいの……私は……すみれは、あとどれだけ生きられるの……?」

 

 ……ほら、やっぱり。酷なことを聞いてくれる。

 

 医師として言うならば、類似症例を例とするならば、すみれの体質が直接の死因になることはほぼないと言っていい。だが、すみれの体質は人工的に作られたものだ。同様の症例はないと同然。つまりはすみれ自身から得られる情報から推測するしかない。

 筋肉の異常発達以外は数値的に健康と言って差し支えないだろう。

 だが、正直に言えば、分からないのだ。

 後天的に発生したミオスタチン欠乏による筋肉の異常発達の裏側にどんな病あるいは過去に投与された薬物の中毒症状ないし離脱症状が隠れているのかエビデンスがない。

 だが、デイジーの演算結果は川辺も確認している。

 

「……デイジーが保障するのは、最大で18歳までよ。最低であと三ヶ月……」

 

 酷い言葉遊びだ。自らの言葉ではないと言い訳をして、残酷な現実を告げている。

 しかし、大丈夫、などと言えるはずもない。

 何故なら……

 

「……最低、三ヶ月……最大で18まで……『やっぱりそうなんだ』」

 

 このままでは、自分の命は長くない、と誰より、すみれ自身が分かっているからだ。

 

「……すみれ」

「……せんせー、ありがと、しょーじきに教えてくれて」

 

 はらはらとすみれは涙を流していた。心配させまいと無理に笑顔を浮かべていたが、その笑顔はすぐに崩れてしまった。

 

「……あれ?せんせー……ごめんなさい。困らせちゃうよね……」

「すみれ」

「せんせーを困らせるつもりなんてなかったのに」

「すみれ!」

 

 川辺はすみれをきつく抱きしめた。

 

 ……神様、なんて惨いことをするのですか。

 

「泣いていい!泣 いてもいいの! たくさん泣いて、そして、泣き終わったら、『バカみたいに笑ってなさい』」

 

 今頃はノバラもこの話を聞き終えた頃だろうか。彼女ならば、上手く取り繕うだろう。だが、すみれにそんな器用なことを求められない。彼女と同等に取り繕うとすれば、できることはそれだけだ。

 

 うわーとすみれは泣きじゃくる。白衣はすでにべちょべちょに濡れていた。

 

「……すみれ、もっと生きたい……」

「ええ、そうね」

「せんせーと一緒にピクニックとか行きたい……」

「そう。楽しそうね」

「しれぇと焼肉行きたい……」

「そう。財布が空になるまで食べてやりなさい」

 

 川辺にはすみれの涙を受け止め、言葉を肯定してあげることしかできなかった。

 そして、すみれは、白衣を握りしめ、絞り出すように呟いた。

 

「……ノバラちゃんとずっと一緒にいたい……」

「そう・・・」

「せんせー、すみれはノバラちゃんが大好きなんだよ……?」

「……ええ、分かっているわ」

 

 見ていれば分かる。以前は、姉を慕うような感じだったが、ここ最近のすみれは、ノバラに恋焦がれている。きっかけが何だったのか、川辺には分からない。しかし、ノバラは家族以上にすみれを想っていることは確かであるし、それに対し、すみれが同等以上の想いを抱いても何ら不思議はない。

 

「……本当?絶対にナイショだよ……?」

「ええ、誰にも言わないわ」

 

 川辺はくすくすと笑う。正直、周囲の人間は皆分かっているだろう。

 せいぜい頑なにノバラが認めないくらいか。

 

「……ノバラちゃんとずっと一緒にいたい。ノバラちゃんに抱きしめてほしい。その温もりを感じていたい。すみれだけを見ていてほしい。すみれだけのノバラちゃんになってほしい。……そして……それから……」

 

 何を考えているのか、川辺の胸に顔を埋めているすみれの表情は分からないが、耳まで真っ赤になっている。

 言動も心も幼い割に、耳年増なすみれのことだ、イケナイ妄想が捗っているのだろう。

 だが、すぐにまた泣き出し始める。

 仮に『そう』なったとしても、それは短い間だけ、という現実が妄想を打ち消した。

 

「イヤだ! ヤだよぅ! ……すみれは、すみれは!」

 

 すみれの握り締めていた白衣が、その力でビリと音をたてる。

 

「まだ死にたくないよぉ!」

 

 川辺はそんなすみれを抱きしめることしかできなかった。

 

 

 

 …………どれほど、そうしていただろうか。

 

「せんせー、ありがと」

 

 すみれは、川辺から身を離すと、えへへと『バカみたい笑っていた』。

 

「せんせー、私、もう帰るね!ノバラちゃんが待ってるから!」

 

 泣き腫らした目を軽くこすりながら、それでもすみれは笑っていた。

 

 その笑顔が何とも儚く、川辺の胸のあたりをぎゅっと締め付けた。

 




執筆途中ですみれちゃんがヤンデレ化しそうになりました。

気づいている人は気にならないでしょうが、
すみれの一人称は
 私 だったり すみれ だったり していますが仕様です。

通常時 → 私

感情が高まっているとき、パニック時、脳内 → すみれ

で書き分けています。
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