Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「最上ノバラ、出頭しました」
せり、すずなのDA本部への帰還に合わせて、ノバラも本部へ出頭していた。
楠木の司令官室を訪れたノバラを出迎えたのは、楠木ではなく、楓であった。
「おー、ご苦労さん、ノバラ。中々面白いことになっていたみたいじゃないか?」
「……趣味悪いですよ、司令?」
にやにや笑いの楓に対して、ノバラはぶすっとした顔で答えた。
昨夜の様子から帰りの車でのせりの猛アピールなんかを見て面白がっていたであろうことは想像に難くない。
「私より、デイジーが面白がってなぁ……お前の困惑している様子はレアだからと映像データをライブ配信していたから、ついつい……」
「まったく、あの子ときたら……」
はぁ、とノバラは額に手をやった。
デイジーはノバラの娘、とも言える存在ではあるが、要は感情プログラムのモデルとしてノバラを選んだ結果である。
当然、サンプリングデータはノバラだけではないが、感情が形作られるプロセスはノバラの実体験を元にして、ノバラ自身が行ったものだ。
ノバラ本人が、千束やフキに強い関心を示しているのと同じように、デイジーがノバラに強い関心を示すのは当然ではあるのだが。
高度電子社会において、最高レベルのAIであるデイジーが本気を出したとしたら、ノバラのプライベートなどあってないようなものである。
そこは割り切っているので、デイジー本人がこっそりと楽しむのであれば、特に文句は言わないが、母親的存在である楓に筒抜け、というのは、さすがのノバラでも羞恥を感じる。
「司令が楠木さんのところにいるってことは、もう話したの?」
「大体はな。だが、実行部隊にも話をする必要があるだろ?」
はて、とノバラは首を傾げる。
実行部隊の担当者であるノバラとしては、既に作戦概要は聞いている。今更、何か打ち合わせをすることがあっただろうか、と疑問に思った。
「……まぁ、まずは、座れ、ノバラ」
先にソファに座っている楠木がノバラに向かって薄く微笑みながら、軽く手招きしているので、とことことそちらに歩いて行ったノバラは、ぽふっと楠木の横に座った。
「……あれ? 楠木さん、もしかして、結構、ご機嫌?」
ソファに座った状態から、ノバラは楠木に抱き着いて、その顔を見上げると、楠木は優しくノバラの頭を撫でながら、微笑んでいる。
「ふふ……そう見えるか?」
「うん。珍しいね?」
ノバラと楠木の付き合いはそれなりに長いが、表情に機嫌の良さが出ていることは珍しい。
何だろう、とノバラは考えるが、その答えはすぐ知ることになった。
コンコンコン、とノックの音。
「……入れ」
入室許可の声を出したとき、楠木が、ふ、と口元に笑みを浮かべたので、機嫌の良さの原因は、それであると気づき、ノバラも扉に目をやった。
「乙女サクラ、入ります!」
そう言って、入室してきたのは、
「わぁ! サクラ、おめでとう!」
ソファから立ち上がって、サクラに向かって走り寄ったノバラを見つけ、緊張に顔を固めていたサクラは、少しだけほっとした様子をするも、ノバラが駆け寄ってくる速度を緩めようとしないので、ぎょっとした顔になった。
「……ぐぇぇ!?」
鳩尾の辺りに頭を突っ込みながら、ぎゅうっと抱きしめてくるノバラを何とか受け止めたサクラは、無防備なノバラの脳天にチョップする。
「……あた!?」
「胃の内容物が出るわ!? まったく、もっと加減しろっての……」
ぐりぐりとノバラの頭を押さえるように撫でながら、サクラはにやりと笑った。
「ま、お祝いの言葉は素直に受け取っておく。ありがとな……それと、今後ともヨロシク!」
そう言ってサクラが拳を軽く突き出したので、ノバラもそれに合わせて拳をコツンとぶつける。
「改めて、よろしく、サクラ。……そっかぁ……楠木さんが嬉しそうにしてたのはこういうことだったかぁ……」
「へ?」
「ん、んっ! ……二人ともこちらにきて座れ」
ノバラがボソッと呟いた言葉をサクラが聞き返そうすると、わざとらしい咳払いで楠木が遮った。
ノバラに覚られるのな別に構わないが、直接サクラに聞かれてしまうのは恥ずかしいらしい。
珍しく少しだけ顔を赤くしている楠木をノバラと楓でにやにやと見る。
「……まったく、この師弟は……似なくていいところだけ本当にそっくりだな……」
幾分イラっとした様子な楠木がノバラと楓をギロリと睨む。
ノバラは少しだけ苦笑しながら、サクラを楠木の正面に座るよう促すと自分は楠木の隣に座り直した楓の前に座る。
「……楓さんって、ノバラの師匠だったんですか?」
サクラは楓と模擬戦の打ち上げで面識はあったから、顔は知っているし、その立場も知っている。
ノバラが素直に下に付いているんだから、只者ではないのだろうな、とは思っていたが、そんな関係とは思ってもみなかった。
「コレはこんなんだが、元本部のファーストだ。年は食ったが近接戦なら今でもノバラに引けを取らん」
「……マジっすか」
サクラは元ファーストということよりも、今なおノバラに引けを取らないというところに驚いた。
ノバラ自身は謙遜が過ぎるところがあるが、サクラから見れば、ノバラの近接戦闘能力は化け物じみている。
単純な格闘戦であれば、サクラはノバラ以上の存在を知らない。それは、教官たちを含めても、の話だ。
そんな相手と同格というのは、畏怖するのに充分であった。
「いやいや、さすがに今のノバラとやって勝てるとは思わないですよ、先輩?」
楓はそう言って、目の前で手を振るが、その様子にノバラは苦笑している。
「……お前の弟子はそうは思っていないようだがな?」
そんなノバラの様子を認めた楠木がそう言って、ちらりとノバラの方に目をやれば、ノバラはくすっと笑って口を開く。
「普通に五分五分くらいですよねぇ?」
「最初の一、二回は、だろ? まったく、バカみたいに体力をつけやがって」
(それって、つまり、体力がある内なら、ノバラと普通にやり合えるってことに……うっそだろ……)
「司令は研究ばっかで運動不足ですからね」
「……うん。お前が練習しすぎなんだってことをちょっとは自覚しような?」
(
サクラは楓の姿をチラリと見て気づいた。
研究者然とした格好こそしているが、体は非常に引き締まっている。
……それは、切れ味鋭いナイフを連想させた。
(……普通の現役リコリスレベルかそれ以上の鍛錬はしているな、これ。まぁ、それをノバラの日課のメニューと比べても精々で四分の一程度……体力はともかく、ノバラとやり合うだけの実戦感覚を維持できているのは、素直にすげぇな)
最前線でガチガチにやり合っているノバラの実戦感覚は、リコリス全体の中でも五本の指に入っていてもおかしくない。
確かにノバラは並外れた戦闘センスがある訳ではないが、それを補って余りあるほどに、修羅場を潜り抜けた経験値が桁違いなのである。
それと真っ向からやり合えるとしたら、同等の経験値を積んでいるか、センスが優れいているか、となるが、実戦から離れて久しいであろう楓は後者であると予感させる。
「さて、サクラも呼んだのは、今後の作戦の話をしたいからだ」
「え、でも、ノバラも楓さんも仙台なんじゃ……」
「この案件、所管はウチだが、主体は仙台なんだ」
ふぅ、と楠木は悩まし気な溜息をついた。
「……何でそんなことに」
「イロイロあるんだよ。対象を仙台に運んだら、仙台の案件になるでしょ?」
ノバラの口振りから、サクラは通常のリコリスの任務ではないことを悟る。
(モノか、人か……後者だろうが、あたしらにやらせるってことは、他じゃダメということに……フキ先輩に聞いていたとおり、ノバラが関わる案件は厄介なのが多そうだな……)