Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「おっはよーございまーす! ノバラが来ましたー!」
初日の気配の無さは何だったのか。
何だか既視感のある言い方をしながら、ノバラは喫茶リコリコの入口をぱか~んと開けて、元気よく登場した。
「おはようございます、ノバラさん」
「おはよう、たきな!」
ノバラはそう言って、昨日から比べれば、控えめにたきなに抱き着いた。わずか一日で慣れたのか、たきなは特に動揺することもなくノバラを抱き返している。
にぱっと笑みを浮かべる様子がとても愛らしい。
「あれ……? ん~……」
すんすんと何やらたきなの髪をかいでいるようだ。
「……たきな、たきなー」
ノバラはたきなの袖の辺りをくいくいと引っ張ると口の辺りに手を上げたので、どうやら何かナイショ話をしたいらしいと気が付き、たきなは少しだけ身を屈める。そうしないとノバラが届かないので。
「……何ですか?」
「ゆうべはおたのしみでしたね」
「……??」
「あれ、違うの?」
「何のことですか?」
「え~……おっかしいなー」
たきなには何を言っているの分からなかったので、首を傾げいたところ、ノバラは次のターゲットを確認したので、そちらに走り寄って行った。
「おー、うっさいのが来たな」
「千束、千束ー」
「なになに?」
手馴れたもので、千束はノバラ近くにくるとたきなと同じように軽く屈むとノバラもまた同じよう千束の耳元で囁いた。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
…………。
……しばしの沈黙。
千束はノバラの言葉のその意味を理解すると、一瞬で赤くなった。
「ちょ! ちょっと、お姉ちゃんは何をいってりゅかわからにゃいかな!?」
明らかに慌てた様子の千束を見て、ノバラはにひひと笑っている。
一方でたきなはさらに首を傾げていた。
千束のあの反応は何がしかの心当たりがあるということなのだろうが。
昨日は私と一緒にいたのに、千束は何を楽しんだのでしょうか?
晩御飯を食べて、一緒にお風呂に入って、少し話して一緒に眠っただけだ。何か変わったことをした記憶はない。
「あは、千束は分かりやすいわね。でも、たきなの反応は……ん~意識してない?気にしてない? 昨日、千束に何かした?」
「え? 晩御飯を食べて、一緒にお風呂に入って、少し話してから一緒に眠っただけですよ」
本当に心当たりがないたきなは、怪訝そうな顔をする。
一方で千束はノバラに全て話されてしまったことに慌てる。
(いやいやいやいや! さすがに、ノバラにそんなこと言われるのは恥ずかしいんですけど!?)
「ちょっと、たきな!」
あわあわと慌てる千束に対し、たきなは極めて冷静だった。対照的な二人を見比べて、ノバラはにやぁと意地悪そうに笑みを浮かべた。
「ほ~~ん……ホントにそれだけ?」
「それだけですけど?」
……千束はまったく意識されていないようだった。
姉よ。憐れなり。
一方で、千束はまさしくがびーんとショックを受けたようで、へなへなと椅子に座り込んだ。
「えぇ……それだけって、たきな……えぇ~…………?」
千束にして見れば、昨夜の出来事は大事件だった。
この一年程でたきなとは互いに大切な相棒になれたと思っていた。だが、それは仕事の関係の延長線上にあるもので、千束にとっては、それが戦友として誇らしくもあり、また、友人として寂しくもあった。
だが、延空木事件以降、たきなは度々泊まりに来てくれるなど、それ以前よりもぐっと距離が縮まっていた。
そんな中で、たきなが一緒にお風呂に入りませんか、と言ってきた。
千束のテンションはMAXに上がっていた。だが、あまりにハイテンションだと引かれるかも、と自重していた部分もあった。何なら千束もたきなの全身を洗いたかったくらいである。
ノバラと生活をしていた頃、自らほとんど何もしようとしなかったノバラをお風呂に入れていたのは専ら千束(たまにフキ)であった。だから、人の髪を洗うのも手慣れたもので、たきなの綺麗な髪を洗うのも楽しむことができていた。たきなの白い背中、髪の間から覗くうなじ、それらのあまりの艶めかしさにドキドキしていたが。
そして、舞い上がっていた千束は、嫌な予感を感じながらも、たきなに体を洗ってもらった訳なのだが……。
いや、本当に、すみずみまで洗いすぎです。そんなところいいから、と言っても、きちんと洗わなければダメです、と強硬に主張し、さすがにそこはダメ、と言えば、恥ずかしがることないでしょう、と強引に洗われ、その洗い方が若干ねちっこいくらいで、別の意味で気持ちよくなったというか。ホントにすみずみまで洗われたので、もうたきなが触れてない場所がないくらいである。
千束自身、それに不快感はなく、むしろ何となく満たされた感があり、『たきな、私のこと好きすぎでしょ』と思っていた。思っていたのである。
にもかかわらず、たきなは全く意識していないようなのだから、がっかりもする。
そして、ノバラはそんな内心を見透かしているのか、千束に近づきながら千束を楽しそうに(意地悪そうに)見ながら、
「千束は何で残念そうなんですかぁ? まぁまぁ、際どいことされたのに、まったく意識されてないから、ショックなんですかぁ?」
などと耳打ちしてくるのだ。
大体、どんなことがあったのか、予想済みなのだろう。
だから、たきなの髪の匂いをかいでいたのだろうし。
「コ、コイツは……」
千束は目をつぶって思わず右こぶしをギュッと握りしめた。
姉をおちょくる妹には鉄拳制裁だ……などと考えていたのだが。
ノバラはするりと千束の右腕と取って、後ろでに回し、ほぼ同時に左腕も取ると、かしゃん、かしゃん、と両手首に何かを取り付けた。
「はい、スキあり!」
その言葉で取り付けられたのは手錠であった。
「は? え、えぇ!? ノバラ、何すんの!?」
妹の突然の凶行に千束は抗議する。
「千束、ライセンス維持のための研修受け忘れてるでしょう? 今日までだよ。楠木さんが、『襲撃してでも連れてこい』って」
……そう言えば、そんなのもあったな。あんまり行きたくないし、ぶっちゃけて言えば、メンドい。
しかし、我が妹ながら、『襲撃してでも連れてこい』と言われて本当にそうするとは!
「あ~、あ~、そういえば、そんなものもあったね~。……え、そんなんで私、拘束されてんの!?」
千束は、解せぬ、という顔をしながら、ノバラを睨むが、ノバラはどこ吹く風で(無い)胸を張っている。
「逃げそうなので」
「いや、イヤだけど、さすがに行くわ! ……忘れてたけど」
好んで行きたくはないが、普通に指摘されたら行くだろう……たぶん、きっと、Maybe……。いや、楠木さん、意外に甘いから、行かなくてもワンチャン……。
「あ、それは私もですね。楠木司令は私には?」
たきなも行っていないのは、ハワイに行ったりとアレコレしていたせいか。
「『たきなは言わなくてもちゃんと来るからいい。千束は忘れてるくらいならいいが、めんどくさがって逃げかねん』だってさ」
うんうんとたきなは頷いた。
千束のことだから、何だかんだ言って最終的にはちゃんと行くのだろうが、普通に説得して連れて行くのは、若干面倒ではある。ノバラが有無を言わさず、手錠で拘束したのは、なるほど、説得する時間が無駄だからか。
「なるほど、合理的ですね」
「ごねられても面倒ですし」
「そうですね」
合理主義者二人、たきなとノバラはうんうんと頷きあっている。
二人して、普通に行こうとしたら、きっとごねるだろうから面倒だな、と思っている様子だ。
「二人だけで納得しないでくれる!?」
残念ながら、囚われの千束を擁護してくれる人物は喫茶リコリコにはいないのであった。
ゆうべはおたのしみでしたね を 無理矢理訳したら副題のとおりになりました。
ホームラン、三塁では行き過ぎ、
一塁では行ってなさ過ぎなので、
ギリを攻めると二塁になりました。
なお、作者の英語能力は皆無に等しいので、大体うそっこ英語です。
いないと思うけど、自慢気に使わないでね。