Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
ノバラとサクラを見送った楠木と楓は応接用ソファの対面に座り直した。
楓がだらしなく背もたれにもたれかかって、頭を反らしているのに対し、楠木は膝に両肘を付いて手を組み、それで顎の辺りを支えるようにしながら、前屈みの姿勢になった。
「……それで? 今のところはお前の目論見通り、というところか楓?」
ジロリ、と楠木が楓を見るが、楓は姿勢を変えずに、けたけたと笑うだけだ。
「え~? やだなぁ、楠木先輩。人を悪者みたいに……」
茶化すような言葉に楠木は思わず舌打ちをする。
(……やはり食えんな。本心を話すつもりはなさそうだ)
「……善人でもないだろう?」
「それはお互い様ですよ。先輩だって目的を達成するためだったら、
楓が元リコリスであり、研究者であり、司令官であるということがこの一言で良く分かる。
ファーストまで昇り詰めただけあって、生死観が極めて薄い。
それだけ多くの犯罪者を処断し、敵を殺し、味方の死を見続けた。
研究者としても、目の前の記号の羅列と格闘しながら、その先では人を殺し続け、司令官としても、敵対する者を屠り、あるいは部下に『死ね』と命ずる。
自ら娘と呼んでいる部下のリコリスにさえ、『死ね』と命ずる。
その情の軽重はあれど、司令官であれば、誰しもが通る道ではある。
……だが、楓は普段のその言動とは裏腹に、自らの
楓が一度目的を定めたのなら、それを達成するため最も効率的に敵を殺し、味方に死ねと命ずることになる。
だからこそ、誰が何人死のうと関係ない。
それが最も効率的だから。
「……お前と一緒にするな。さすがに誰でも、とまでは言えん」
だが、楠木は楓ほど割り切ることはできないし、どれだけ冷酷に徹したとしても、どうしても甘さが出てしまう。
「おや、先輩は優しいですねぇ? まぁ? 私だって、捨てる札も切る札も選びますよ?」
楓はカードゲームに擬えてそんなことを言った。
持ち札が少なくとも、彼女が今持っているカードはエースとジョーカーだ。
どちらを場に出したところで結果は悪くはならない。
そうなるようにゲームを操り、相手にカードを場に出させ、あるいは捨てさせ、同時に自らはいらないカードで釣った。
「……ノバラが使えれば確かにそうなるだろうよ」
「ふふ……ノバラは働き者ですからね」
ノバラも根本的なところでは楓に似ている。
敵と見たら容赦がない。
DA札幌支部在籍時、正体不明の『
身内への情は厚い、あるいはそう振舞っている反面、ノバラは他人へは酷薄が過ぎる。
故に彼女もまた、効率的と判断したならば、敵であれ、味方であれ殺すことに躊躇がない。
さらに言えば、ノバラは非常に使い減りしない。鍛え上げられた体力は、連続で作戦に従事させたところで大きく目減りをすることがないし、メンタル的にも非常に安定している。
つまりは、何度でも場に切ることができるカードなのだ。
「……お前の前任とその右腕のファースト。……殺させたのは、やはりお前か?」
そして、これらの分析から、楠木は当時話題となったトピックスを持ち出した。
上層部が箝口令を敷いたせいで誰しも口に出すことはなかったが、事故死と伝えられたものの、殺されたということは何となく、皆が察した。
そして、その下手人は分からなくとも、命令を下したのは誰かも。
「ノバラに命じたのは私ですよ? でも、それにしたって、上層部からの指示です。ただでさえ嫌われていたのに、あの横紙破りではねぇ? 当時の本部のお偉方の面目は丸潰れでしょう? ですから、盛大な自殺と思っていたんですが」
例の護送の件。
確かに誰しもの裏をかいたものであったが、致命的なほどに、各所への配慮が足りな過ぎた。功を焦った部分もあるにはあったのだろうが。
「……そうなるように仕向けたのはお前だろう?」
「いやいや。先輩、過大評価が過ぎますよ。私が後任だったとは言え、そこまで口を出せる訳がないじゃないですか」
苦笑めいた笑みで、楓が笑って見せるが、楠木は逆にそれで確信した。
楓は口にしなくても、人を動かすことができる。
……AIを情報操作に使って。
楓の専門分野は情報工学であり、DA内のAIの保守管理などはそもそもが彼女の業務の範疇内であったし、所管しているデイジーなどは未だ彼女の手中の中にある。
楓がその気であれば、その程度の情報操作など大した手間でもない。
「……ふん。取り合えず、過去のことはいいとしても、だ。今回の件、どうにも解せない点がある」
「……と、言いますと?」
「適正戦力。千束とノバラはいい。当然だ。単体で運用することを考えるなら実質上のDA最高戦力……未曾有のテロに備えるなら、この二人をどうにかして動かす必要があるのは自明だ。……だが、すみれは何故だ? 確かにあの子の戦闘能力は大したものだし、破壊力、ただその一点のみに言えばずば抜けてはいる。しかし、それでも、フキやサクラより適任とは到底言い難い」
確かにすみれは強い。敵陣に放り込むだけなら、それでもいいが、テロリスト相手となれば、その場その場での判断力が必要だ。その点、すみれには欠けている。
だからこそ、楠木としては、すみれが適正戦力に該当するとは思えなかったのだ。
「ああ、なるほど……先輩、それは前提条件が間違っています」
「……前提条件だと?」
「現在、ノバラを安定的に運用するには、すみれが不可欠です。しかし、すみれは、そのままでは、ノバラが戻る前に死ぬ可能性が高かった」
「確かにすみれの病に関しての情報は見てはいるが……」
しかし、楠木の知る限り、すみれの病状は致命のものではないはずであった。
「……『病』? ふふ……さすがの先輩もそこまでは気づきませんでしたか」
「すみれの病状は、筋肉の異常発達とそれによる内臓や循環器への悪影響……いや、待て。後天的な筋肉の異常発達だと……!? まさか!?」
「気づきましたか?
楓とノバラにしてみれば、上層部に裏切られていたようなものだ。
病気の治療と思っていたそれ自体が、後天的に筋力を発達させるための実験の一部だったのだから。
「……まあ? 上層部の意図していることは分かりますよ? リコリス一人を育てるのには、莫大な予算を費やします。しかし、すみれと同様の処置が実現できれば、より安価に戦力増強が図れますし」
少女を幼い頃から養育し、各種知識技能を習得させた上で武装させる。
一般人の子供が普通に育つよりも多額の予算が費やされていることは想像に難くない。
しかし、お手軽に戦力を増強できるのであれば、指揮官にする者はともかくとしても、セカンド、サードの替わりくらいにはできるだろう。
「……そして、すみれを保護して五年ほど。各種データはもう揃っていますからね。あと欲しいデータは生きている状態では取り出せない。積極的にすみれを殺そうとはまではしていないようですが、使い潰すことに躊躇はないでしょう」
「……それは、ノバラも知っているのか?」
「さて? でも気づいていると思いますよ。ウチの医師を言い包めてプラセーボを出させているようですし」
「だとすればノバラは……」
「すみれが死ねば、確実に敵に回ります。これから起きるであろうテロよりも始末が悪い。たった一人でもDAを潰して回りますよ? それだけの実力も能力もある」
楠木は思わず頭を抱えた。
ノバラの隠密能力であれば、確かに誰にも見つからずに、DAを潰して回るというのは想像できるし、実際にやれてしまうだろう。
だが、それ以上の問題もある。
「……千束、フキを筆頭に離反者も多く出るだろう。……なるほど、リリベルの騒動と同じように、リコリスからも『御形ハジメ』を生むことになる、か」