Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
『御形ハジメ』。
かつて、リリベル史上で最も戦闘能力に長けた者として、その将来を嘱望されていて……現在は複数名に対する殺人及び組織犯罪処罰法違反の罪で死刑が確定している元リリベルである。
そして、楓が護送計画を練っているのも彼についてのものだ。
「……虫の巣を潰すのはサクラたちがやる。結果、ヤツの護衛に回るの千束とたきなになるわけだが……それでいいのか?」
楠木は楓の方に視線をやるが、楓は普段通りのにやにや笑いのままである。
「テロリストの相手ならともかく、リリベルの相手をするなら、殺してはマズい。彼女たちが適任なのは間違いありませんよ? なに、テロリストの方は、ウチの狼さんが張り切って食い散らかしてくれますよ」
「……楓、私をあまり甘く見るな。私が言っているのは
「……さぁて?」
楓がとぼけるように視線を明後日の方に向けるが、楠木はなおも言募った。
「……とぼけるな。お前と彼の因縁は知っている」
「おや、先輩。そんなに私のことに興味津々だったんですね!」
「茶化すな……仮にも共同戦線を張るんだ。見知った相手とは言え、相手のことは調べるに決まっている」
「あはは。左様で……それで感想は?」
「今の上層部も大概胸糞悪いが、二十年程前は、より最悪だな……」
すみれの『病』の話も相当胸糞悪い話ではあったが、楓……いや、カエデの身にあったことも最悪の一言に尽きる。
◇◆◇
カエデがサードになったのは、通常のリコリスよりも早い十歳。セカンドに上がったのは十二歳のときだ。
ファーストに上がるのが確実視されていた彼女であったが、その高い知能と戦闘能力故に、一つの計画に名前が上がった。
それは同時期に活動していたリリベル、ハジメの極めて高い戦闘能力を遺伝させ、強力な戦士を作るという計画である。
生身でありながら、弾丸を貫通させることのない鋼のような筋肉。
素手で相手の四肢をもぎ取ることのできる膂力。
部隊長としても優秀な指揮能力を発揮しており、人品に優れていた。
普段、接点のないリコリスとリリベルではあるが、カエデとハジメは例外となって、カップルに偽装する任務などに割り当てられることもしばしばあった。
……もっとも、カエデはハジメよりも年下であり、年齢以上に幼い容貌をしていたせいで、兄と妹にしか見えなかっただろうが。
上層部の薄汚い思惑で出会った二人ではあったが、当然、当人たちはそんなことを知る由もなく、カエデはハジメを慕っていたし、ハジメもカエデを可愛がっていた。
……そして、互いが淡い恋心を抱く頃になって、計画は実行に移された。
理性的な二人は、二人きりにしたところで、性行為に及ぶはずもなく、そうするために、まずはハジメに薬剤が投与され……そして、彼は血の涙を流しながら、破瓜の痛みに耐えるカエデを犯し続けた。
一月後、カエデに妊娠の兆候がないことが分かると、今度はカエデに薬剤が投与され、快楽を求める思考に脳内を侵食されながら、ハジメと交わる。
同様に一月後、今度は二人に薬剤を投与し、互いに貪るように求めあった。
普通であれば、中学校に通っている年齢。
そのときに、カエデは一子をもうけることとなったが、彼女は終ぞ自らの子をその腕に抱くことが適わなかった。
……そして、再びハジメに会うことも。
胸にぽっかりと穴が空いたような状態ではあったが、カエデはその身に起こったことを忘れるかのようにリコリスの任務を遂行し、ファーストに至った。
全てが幻だったのではないか、と考え始めたころ、電波塔事件が起こり、別の事件でハジメが逮捕されたことを知る。
そこで改めて自分の身にあったことを自覚する。
全てが現実で、幻ではなかったと気づかされた。
自分もハジメもその子供もDAに狂わされたと知り、怒りを覚える。
だが、同時に、DAが無ければ、自らが生きていることもなかったとも理解している。
感謝と憎悪。
相反する感情を清算する日をカエデはじっと待っていたのだ。
◇◆◇
「……お前が娘のノバラを可愛がるのは分かるが」
後輩の身にかつてあったことを思い浮かべながら、楠木は沈痛な面持ちでそう述べたが、楓は、あれ、と首を傾げた。
「……うん? 先輩、何か勘違いしてません? 比喩的な意味ならそうですけど、私の実の娘という意味なら違いますよ?」
楠木から見れば、訓練生時代のノバラを見る楓の目から、てっきりそういうことだ、と思っていた楠木は、思わず目を瞬かせた。
「なんだと……?」
「まぁ、確かに? 娘と同い年だなぁ、と思って可愛がりはしましたし、ノバラを娘の代用品みたいな扱いをしていた自覚はありますけど」
楓は少しだけ恥ずかしそうに、頬を掻いた。
出会った当時のノバラはフキも寮を出た後であり、どことなく寂しそうに見えた。
そこに、見たこともない自分の娘の姿を重ねてしまったことは、ノバラには申し訳ないとは思うものの、だからこそ、ノバラとの関係性を築けたのだとも思う。
「くっ……なら、ノバラを仙台支部に自分と異動させる、というのは、そういうことではなく、純粋に戦力目当てだったのか!?」
「あれ? 先輩、そんな気を遣っててくれたんですか? やだぁ~、ちゃんと言ってくださいよぉ~……ぷふっ」
楓は楠木から視線を逸らして、口に手を当てるも、込み上げてくる笑いに耐え切れずに噴き出した。
「おま!? 今、笑っただろう!?」
「だって、先輩の勘違いが面白すぎて!」
普段、仏頂面の楠木がまさかそんな気を遣っているとは夢にも思わず、司令官就任の御祝儀くらいの意味合いで引いてくれたんだろう、と考えていたのだ。
それが、まさか、母と子を一緒に過ごさせるためだったとは! ……勘違いだったけど。
「それなら、思わせ振りな態度を取るんじゃない! ……クソッ、ノバラじゃないとすれば……」
楓が自分の部下を娘扱いして可愛がっていることは多くの者が知っているが、その中でもノバラとすみれを特別扱いしていることを楠木も知っている。
そして、ノバラが楓の娘ではなかったとしても、彼女の唯一の弟子という特殊性がある。
……とするならば。
「……はい。……すみれが私の娘です」
きゅっと胸を押さえるような仕草をする楓に、楠木は舌打ちをしながら目を逸らした。
「……なるほど。それも含めての前提条件か」
楠木はそれでようやく合点がいった。
ノバラを使うにしても、楓の心情としても、すみれの生存がまずは条件となる。
これにテロへの対策を加えたのが今回の作戦概要になる。
「……ノバラで拠点を襲撃しつつ、補給線を切り、然る後に、エサをチラつかせて意図的に暴発させる。出てきた巣を見つけて、そこを制圧、か……相手が乗ってくるかが一番の問題だが」
「間違いなく乗ってきますよ。情報を慎重に扱っていると見せかけつつ、わざとリークしてるんですから。……それに乗ってこなくても一向に構いません。そのときは、ウチの狼をもう一度嗾けるだけですから」
楓は自身あり気に、にたりと笑みを浮かべる。
「……それは事実上、ノバラ一人で片付けさせるということか?」
効率的ではないが、確かにやれはするだろう。
完全に気配を絶ったノバラであれば、馴染みのない者には、目の前にいたとしても気づかれないままだ。
時間も掛かるし、警戒度は跳ね上がる。
……しかし、それでも楠木が、できないと否定するまでには至らない。
「もちろん、必要であれば、ウチのエクストラも付けますよ? しかし、必要ですかね……?」
楓が、ふふふ、と笑みを深める。
そして、カチリ、とメガネを押し上げて真顔を作る。
「最強のリコリスは千束で疑いがない。最優のリコリスはフキ以外にあり得ない。……今代のファーストの中で、ノバラは最も才能に恵まれておらず、それ故に単純なスペックでは最弱と言ってもいいでしょう……だが、だからこそ、最も強かなのはノバラです」
楓は目を閉じて、想像する。
ただ一人、敵地に送り込んだとしても、淡々と命を狩り続ける
決して強くはない。派手さもない。
だが、躊躇がない。容赦もない。
影に潜んだ狼は哀れな獲物を蹂躙するのみ。
「……どうです、楠木先輩? ウチの娘は最っ高でしょう?」
勝ち誇るように楓が笑う。
(……そんなんだから、勘違いするんだが……)
楠木は疲れたように苦笑を浮かべた。