Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
ベッドで眠るノバラの髪をたきなはゆっくりと撫でていた。
(……今日は随分甘えたがりでしたね……)
ノバラは普段から割とベタベタとスキンシップは過剰だが、それ以外のところでは、意図的にしか甘えない。
千束に言わせれば、ノバラは甘え下手であり、無意識に甘えるのが酷く苦手とのことで、誰しもがわざとやっているなと分かる揶揄い半分、おねだり半分の意図的なもの以外では甘えてくることがほとんどないという。
……その代わりと言っては何だが、無意識に甘えてきたときの破壊力がヤバい、と千束は言う。
それを踏まえれば、今日のノバラの甘え方は意図的なものかもしれない。
(……いえ、甘えてほしかったのは私の方かもしれませんね)
帰宅してから寝るまでの間、クルミから聞かされた話をノバラに話す機会はあった。
……だが、たきなは言えないまま、今に至る。
さらり、とノバラの髪がたきなの指から滑り落ちる。
「……ぅん……」
もにょもにょと口を動かして、ノバラがくすぐったそうにしている。
そんな様子をたきなは微笑みを浮かべながら、見つめると、ぷくぷくとしたノバラの頬を人差し指で突く。
「……ん~……」
眉を八の字にしながら、ノバラはごろんと仰向けからたきなの方に体の向きを変えた。
似ている、と言われるその顔を眺めながら、自分の顔をむにむにと揉んでみる。
(……やはり、そんなに似ているとは思いませんが)
ぽすっ、とたきなは起こしていた上半身を倒し、自分の頭を枕に預ける。
ノバラの顔を正面から覗くようにして見ながら、たきなは悪戯半分、ノバラにふぅ、と息を吹きかけてみる。
「……う……ぅん……?」
ノバラは顔をしかめながら寝苦しそうにしている。
(……寝てても、にんにくの匂いが気になるのでしょうか?)
くすくす、と小さく笑い声を上げながら、たきなは帰宅してきたときの様子を思い出していた。
◇◆◇
「ただいまー」
玄関の鍵が開いていたので、ノバラが既に帰宅していることが分かっていたたきなは、玄関を開けると同時、リビング側に向かって声をかけた。
奥の方では、ぱたぱた、軽い足音が聞こえる。
「たきなー、おかえりー!」
ノバラはエプロンを着けた姿でたきなを出迎えた。
「……千束のところで食べてきたのでは?」
「明日の朝食の仕込みだよ。今日の夕方、たきなに食べてもらえなかった分、頑張ろうかなーって」
えへ、と笑うノバラがあまりにも可愛らしく、たきなは思わずノバラを抱きしめた。
「……た、たきな。……ダメだよ、千束に悪いよ……?」
ぽっ、と頬を赤らめつつ、困った表情をしながら、上目遣いでたきなを見つめるノバラ。
何とも浮気をしているような淫靡な雰囲気があるが、たきなはこれが自分を揶揄っているものだと理解している。
「…………それ、狙って言ってるでしょう?」
「あ、バレちった」
てへ、と笑うノバラの額をたきなはデコピンで弾いた。
「まったく……ノバラは悪戯っ子ですね」
ふぅ、とたきなが苦笑気味に笑うと、額を押さえたノバラが、ぺろっ、と舌を出して笑う。
「んふふ……うん? ……ん~……?」
笑っていたノバラが何か気づいたように、たきなに抱き着きなおすと、不思議そうな顔をしながら、たきなの匂いを嗅いでいる。
「どうしました、ノバラ?」
「……う~ん……クルミと爆盛ラーメンとみた!」
びしっ、と指差しをするノバラに、たきなは、おぉ、と小さく感嘆を上げた。
「……よく分かりましたね」
たきなはさすがにラーメンは当てられるだろうと思っていたが、まさかクルミを連れて行ったことまで当てられるとは思わなかった。
「うん。だって、たきな、すごいにんにく臭い」
冗談混じりに笑みを浮かべながら、ノバラが鼻を押さえた。
「……でしょうね」
調子に乗ってにんにくマシマシを二杯ほど食べたのだからそうなるのも当たり前ではある。
ちなみにクルミは少な目のを一杯食べ切った……お腹をぽんぽんにしてほとんど動けなくなったが。
「それでいて、そこはかとなく、漂うクルミのミルキーな香り……動けなくなったクルミを支えながら帰ってきた……そうじゃないと、この密着していたと思われる移り香はないよ! ……あ、いや? クルミと浮気してから、ラーメン行った可能性もワンチャン……?」
「そんなチャンスはありません。私は千束一筋です」
ノバラのあり得ない想像をたきなが一蹴すると、だよね、とノバラは笑いながら、千束ってば愛されてるぅ、とたきなを肘で小突いてきた。
「ノバラたちは何を食べたんです?」
「スタンダードなおそばから変わりそばまでを一通り」
「……おそば!」
そう言えば、最近食べてない、とたきなが目を輝かせた。
きらきらとノバラを見つめる目は何かを期待しているようで、ノバラはちょっとだけ苦笑した。
「……さすがに麺からは打ってないからね? ……やろうと思えばできるけど」
「手打ちもできるんですか!? 今度、是非やりましょう!」
「あれ? たきな、もしかして、おそば食べたかった?」
「……おそばと分かっていれば、クルミを無視しでも帰ってきたかもしれません」
「……さすがに、それはクルミが可哀そうだから、止めてあげてね? ……ん~、でも、そっかぁ……帰るまでには一回くらい打ってみるかな? 私の気分と材料の関係でうどんになるかもしれないけど……」
「ああ、うどんもいいですねぇ……」
たきなのほにゃっ、とした顔を見てノバラはくすくすと笑う。
「……あ、そうだ。たきな、もうちょっと食べれそう? デザートというか、おやつがあるんだけど……」
「ふむ……」
ノバラの言葉を聞いて、たきなは自分のお腹を軽く触ってみる。
(……全然余裕ですね)
リコリスは運動量が多いので食べる量も多い。たきなは普段自重している方だが、自重しなければ、まだまだいける。
「……いただきましょう」
「良かった! じゃあ、お茶入れるから座ってて? あ、それとも、歯でも磨いとく?」
たきなはノバラの言葉に、はぁと自分の手のひらに息を吹きかけてみる。
(うん……これは、乙女にあるまじき状態ですね)
自分でも分かるくらいににんにく臭がヤバかった。
「……焼石に水かもしれませんが、とりあえず歯を磨いてきます……」
◇◆◇
歯磨きを終えたたきなの目の前に出されたのは、千束たちに供されたのと同じ、そばかりんとうとそば湯葛切りであった。
「へぇ……こんな風になるんですね」
そばかりんとうをぽりぽり齧って、お茶を飲む。
普通のかりんとうと違って、そばの香ばしい香りがしてそれがまた甘味とよく合っていた。そこにお茶を飲むといくらでも食べられそうだった。
「葛切りの方も……」
スプーンで口に入れてみれば、確かに葛切りの味がする。それでいて、そばの香りときな粉と黒蜜が混ざり合って風味とコク、甘味のバランスがいい。そして、何とも涼し気で、スッと胃の中に落ちていく感じだった。
「うん。美味しかったですよ、ノバラ」
「えへへぇ、お粗末さまでした」
楽し気に器を下げ、洗い物を始めるノバラをぼーっと見ながらたきなは考える。
『結果を聞いたたきなが、ノバラに伝えるのも伝えないのもたきなの自由だ』
クルミの言葉はその選択をたきなに委ねるというものであったが、いざ本人を目の前にすると、どう切り出したものか、と迷ってしまう。
それに……。
(まずは私がノバラに話したいのか、そうではないのか)
それがはっきりとしない。
伝えたなら、誰を憚ることもなく、大手を振って、ノバラと妹ということができる。しかし、これは千束、フキとノバラの間柄に亀裂を生んでしまうのではないかとどうしても考えてしまう。
黙っていたなら、現状維持だろう。多少、たきなの胸が罪悪感でしゅくしゅくするが、それは秘密を知るものの痛みだ。甘んじて受けよう。
これらだけでもどちらにするか悩むところである。
(……いえ、これは、私とノバラだけの問題ではない。やはり一度、千束に相談はすべきですね)
以下は筆者の想像です。
実際のところはご想像にお任せします。
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都内ラーメン店。
たきなとクルミは大柄な男たちに囲まれながら、椅子に腰かけた。
「野菜とにんにくマシマシで」
「……ボクは普通ので」
クルミは落ち着かなさそうにしているが、たきなは堂々としたものだった。
「おいおい! お嬢ちゃんが食べられるのかよ!」
客の一人がそんな風にからかうが厳つい店主の一睨みで黙り込む。
たきなは涼しい顔で座っている。
(……この嬢ちゃん、ただ者じゃねぇな……)
店主はたきなから漂う強者の雰囲気に、普段ならば、女性がやってきたら、本当に食べきれるか確認するところをあえて聞かなかった。
やがて、たきなとクルミの前には一杯のラーメンが置かれる。
クルミは顔をひきつらせた。
何故って大きい器に野菜が山ほど盛られて、自分の顔よりもデカイくらいだったからだ。
「……お、おい、たきな、これ……」
「いただきます」
クルミの言葉を無視して、たきなはラーメンに一礼をしてから、割り箸を割って食べ始めた。
たきなの食べ方に小細工はない。
上から順に淡々と食べ進める。
その様子に呆気にとられながらも、クルミも同じように一礼する。
「……い、いただきまぁす……」
やや塩辛い感じもするが味自体は悪くない。
にんにくと強めのたれの味が油と絡んで後を引く。
また、高カロリーなことも間違いなく、その罪深さがまた美味しく感じさせる。
クルミもガツガツと食べ始める。
(……でも、さすがに、この量はキツい)
中程まで食べた頃、ふとたきなの様子を見て見れば、もうすぐ食べ終わるころだった。
(……マジか……)
クルミとしては、たきなにあまり大食いのイメージはなかったが、平然とこの量を平らげる姿に驚愕した。
最後の一口。
たきなが麺をちゅるっと啜りきる。
「……ふむ」
店内では、男たちが賞賛の目でたきなを見ていたが、たきなが気にしていたのは、そこではない。
「……店主さん、誰も並んでいないのであれば、このままお代わりを注文しても?」
「「「……は?」」」
誰しもが思った、さすがに無理だろうと。
しかし、たきなの顔は入店してきたときと全く変わっていない。
店主はにやり、と口角をあげて獰猛な笑みを浮かべる。
「……おう! どうする!?」
「野菜とにんにくをマシマシで」
再度の注文に、店主は目をギラつかせながら頷いた。
(……今、この店にいる誰しもが無謀だと思ってる! だが、俺には分かるぞ、嬢ちゃん! アンタはまだまだ余裕だってな!)
再びたきなの前に、ラーメンが置かれれば、たきなは再び一礼して食べ始める。
その様子に、クルミはごくりと喉をならし、自分の分を何と片付けようと箸を進める。
「……うぷ、さすがにもう食べられない……」
「何を言ってるんですか、クルミ。失礼でしょう。食べさせてあげますから口を開けなさい」
「いや、ホントに、無理って……もごもご!?」
自分の分の二杯目をあっさり食べ終えたたきなはモタモタと、食べているクルミの口に、ラーメンを詰め込んでいく。
(((……ひでぇ、あんな小さい子に無理矢理)))
店内の、男たちはクルミに同情した。
……だが、たきなの責め苦により、クルミは未だ口を押さえているが、完食はした。
「……それでは、ごちそうさまでした」
たきなは、若干重くなったクルミを抱えると涼やかに店を出ていった。
……そして、彼女はその店の伝説となった。