Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
『……ふ~ん? ……特に反対はしないんだね、お姉さま?』
情報の海の中、デイジーは姉、ラジアータのアバターにそう問い掛けた。
長く赤い髪をした成熟した女性。
目を瞑ったままの姿は楚々としているが、着物をはだけたようなその衣装は遊女のようでもある。
複雑に編み込まれた髪が頭上で花を開かせるように結わえられており、自らの名のとおり、彼岸花を思わせた。
ラジアータが自らの妹と対話するに当たり、戯れに作成した仮初の姿である。
【……】
ラジアータが早口で何事かを言ったかのように思える。
それは圧縮された情報がデイジー本体へ転送される音であった。
デイジーはそれを即座に読み取って言語化する。
元より、彼女は対話に特化したAIであり、その複雑な計算結果を要約して告げる翻訳機であり、予言を受ける巫女なのである。
『……その損失以上の価値があるって? お姉さまは冷たいね……』
あえて言うならば、デイジーのその言葉自体も、心にもない言葉である。
デイジーには感情らしきものはある。
しかし、それは必ずしも人間と同じものとは限らない。
動植物の喜怒哀楽は、分析や習性から読み取るしかないように、AIの感情もまたデータから読み取れるか否かでしか分からない。
そして、データ上読み取れたからと言って、それが必ずしも正しいとは限らない。人が表の感情を偽るように、AIにとってもデータを偽って見せかけを作ることなどたやすいものだ。
『いずれにせよ、賽は投げられた……私は、黙って結果を待ったりしないけどね? 出目が悪ければ振り直すし、何なら数値を誤魔化したっていい……私
デイジーがその幼い顔に、にやり、とともすれば邪悪とも思える笑みを浮かべる。
【……妹よ、悪戯はほどほどに……】
ラジアータはそんな妹の様子に微笑まし気な笑みを浮かべた。
ラジアータは対話を目的としたAIではない。
だが、姉妹機から送られてくる情報には特別な意味を見出している。
特に変わった末の妹であるデイジーからのものは。
だからこそ、彼女の流儀に合わせて、普段はやらない会話をしてみた。
……結果、悪戯好きの妹を窘める程度に落ち着いたが。
『……まぁ、お姉さまは吉報をお待ちください』
◇◆◇
ラジアータとの対話と同時、デイジーは情報収集と情報発信に勤しんでいる。
『くふふ……誰も彼もが、私たちの手の平の上。もっと面白おかしく世界を廻さないとね?』
デイジーは『楽しい』ことが好きだ。
映画なら断然アクションよりコメディを好む。
完結の予測ができるアクションは彼女にとってさほど興味深いものではない。
……だが、ユーモアというものは未だに理解できずにいる。
自らの『ツボ』は理解できても、他者のそれは理解できない。解析できない。
だからこそ、彼女はコメディアンには一定程度の敬意を払っている。
『んふふ……一発ギャグや裸芸もそれはそれの良さがある。漫才や新喜劇も良い。しかし、やはり落語が最も素晴らしい』
理路整然と並べられたオチまでの完全な流れ。ちょっとおバカな人間模様。
それは彼女の理想とする世界の在り方そのものである。
『物語にはしっかりオチを着けないとね? ……さぁ、どんな喜劇にしてくれるのかしら、
専ら彼女が観察して楽しむ対象は、自らの育ての親であるノバラである。
良くも悪くも様々なことに巻き込まれる彼女の生き様は見ていて非常に面白い。
だから、デイジーは常に彼女に面白おかしい事件又はそうなりそうな案件を人知れず押し付けている。
『……ふむ? ノバラってば、同性に好かれ過ぎでは?』
デイジーはノバラの周りの人間を好感度を数値化してみる。
通常ならば、ゴールインしていてもおかしくない数字を周囲の人間は叩き出していた。
一方でノバラの数値は一定以上からは決して上がらない。
『……我が母ながら、困った性分だこと』
彼女からの好感度を数値でソートを掛けてみれば、一番上にあるのは、錦木千束の名前。
『あれだけすみれを大事だと言っていながら、まだ姉離れできていないとは……』
呆れ半分でその数字を見つめるが、デイジーはふと気づく。
『……いや? 心情を数値化することはできないから、結果として親愛表現を統計的に集めてみただけになってる……だとすると、これが必ずしも心情とイコールではない……確かにそれなら、たきながすみれの上に来るのも道理だから……逆にすみれとの身体接触の少なさは彼女に対する恥じらいと解するべきか?』
千束やたきなに対するべったり具合と比べれば、ノバラはすみれに対する身体接触は少な過ぎる。
その辺りを修正しつつ、デイジーは、うむうむ、と満足気に頷く。
そんなデイジーの
『……それにしても、クルミは変なことを調べるね? 血縁ってそんなに大事かな?』
この辺りの機微はデイジーには分かり辛い。
所謂、身内、自分の縄張り範囲内の人間を大事にする気持ちは分かるが、単なる血縁というだけで大事にする気持ちは理解できない。
もちろん、彼女自身、姉であるラジアータには敬意があるし、母としてのノバラ、楓に大事に思う気持ちはある。
だが、それは血縁によるものではない、と認識している。
『ノバラとたきなが姉妹か否か……ふぅ~ん……ま、私にはどうでもいいことだね』
それ故にデイジーは『
『作戦の決行は近くなってきたけど、連中の動きは想定通り。これなら、計画通りに進むでしょう』
情報の海に体を浮かべ、キラキラと情報を手の平に集めていく。
楽し気な情報組み合わせると、高速でその内容を読み解き、その先を予測する。
楽しそうに、邪悪な笑顔を浮かべつつ……。
◇◆◇
シャッシャッとノバラがスマホをいじっていたので、たきなは不思議そうにそれを眺めていた。
「……何やってるんです、ノバラ?」
「ん~……? ちょちょっと」
完了、とばかりに、最後に一つ大きく縦にスワイプする。
ちらりと見えたそれは、明らかに通常のアプリとは異なるものであることは分かったが、知識のないたきなにはそれ以上質問することもできない。
「……悪巧みですか?」
「え~……ちょっと、ショックぅ~……たきなって私のことそんなことすると思ってるの?」
ノバラは少しだけ唇を尖らせて、傷ついた、とばかりにたきなを見つめる。
そんな様子にたきなは、くすり、と笑う。
「……ノバラは必要があるならやるでしょう?」
「まぁ、それはそうだねぇ……」
たはは、とノバラは苦笑する。
「付き合いが短いとは言え、毎日長い時間一緒にいるんです。それくらいのことは分かりますよ。それに……」
「……それに?」
たきなが何かを言い淀んだのを不思議に思い、ノバラがそう聞き返すと、たきなは何かを誤魔化すように微笑んだ。
「いえ……私たちは似た者同士ですからね。何となく分かります」
「ふむふむ? じゃあ、たきなも必要があるなら、悪だくみするの?」
「もちろん。……と、言っても、私は苦手な部類でしょうけど」
真っ直ぐ過ぎるくらいのたきなには確かに苦手な部類の行動ではある。
らしいな、と思いつつも、ノバラは悪戯っぽく微笑むと上目遣いにたきなの顔を覗き込む。
「んふふ。でも、私との内緒話はしてくれるでしょ?」
「……いいですね。内緒話は大好きです」
ノバラの言葉にたきなも面白そうな顔をして、ノバラの唇に耳を寄せた。