Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……そんで? たきなの話ってなぁに?」
ノバラとすみれを見送ってから、千束とたきなはカウンターに座って二人っきりになった。テーブルの上では、千束の淹れたコーヒーが湯気を立てている。
……まぁ、奥の部屋ではクルミが楽しそうにキーを叩いている音はするのだが。
千束とて、最初は甘い話の一つでも期待していたが、自分の相棒がわざわざ『話がある』と言い淀んでリコリコに引き留める訳もない。
単に二人きりになりたい、というだけではなく、ノバラに聞かれたくない、ということだろう。
……いや、もしかしたら、第三者からの覗き見を嫌ってこそのリコリコという場所選びかもしれない。クルミの巣となっているリコリコは防諜という意味では、かなり要塞染みている。
「……正直、私にとってはどうでもいい……いえ、そこまで言わないとしても、あまり興味のある話ではなかったのですが」
そこまでたきなが口にしたことを聞いて、千束は話の趣が何か察しがついた。
……たきなとノバラは姉妹か否か。
特に誰も気にしていなかったが、一人、余計なことをしそうな人物にも心当たりがあった。
「……クルミのヤツ、暇なの? 誰もあんまり気にしていないことをわざわざ調べるなんて」
「『興味があるだけ』、なんて言ってましたけど……あの子なりに思うところはあると思いますよ?」
「いーや、絶対自分の知的好奇心を満たしたいだけだね!」
千束とたきながそんなことを話していると、へぷしょい、と奥の方でくしゃみの音がした。
二人は顔を見合わせると、くすくす、と笑った。
「……それで? 答えはどうったの? ん?」
千束がグッとたきなに顔を迫らせて微笑んだので、たきなは思わず顔を赤くした。
「……は、半分だけ。母が同じだろう、ということです!」
たきながそう言うと、千束は目をぱちぱちと瞬かせてから、少し考えて、大きく頷いた。
「ははぁ、そりゃ、また、何と言うか……すっごい納得するわ」
うんうん、と頷く千束にたきなは不思議そうな顔をした。
「ど、どうしてですか?」
たきなに自身にはあまりノバラと自分が似ているという自覚はない。
半分だけ、と言われて、たきな自身腑に落ちた思いではあったが、未だにそれが本当かと疑う気持ちもある。
「伊達にあの子のお姉ちゃんをやってないよ、私は!」
ふふん、と千束が胸を張って、どや顔をする。
「さて、問題です。ノバラと私の性格で似てないところってな~んだ?」
にひ、と笑って、千束がそんななぞなぞのような問いをしてくるので、たきなは困惑した。
「え……? まぁ、ノバラはアレで生真面目なので、そういうところは似ていませんね?」
合ってるかな、とたきなは千束の顔色を伺うと、千束はにこにこ顔で頷いている。
「うんうん。でも、ソコはフキに似てるよね?」
たきなは、千束が何を言いたいのか分からないまま、その言葉に頷く。
「え、ええ……。そうですけど……?」
「じゃあ、私にもフキにも似てないところは?」
そこまで言われて、はた、と気づく。
ノバラは自身を育ててくれた千束とフキを模倣している。だが、それはノバラ自身の嗜好が彼女たちに似ているという訳ではない。
「……合理主義なところ?」
そう。ノバラが二人の何処にも似ていないとしたら、そこだ。
千束は無駄なことを楽しむタイプであり、効率的とか合理的とかそんなことは考えない。
フキはそういったことを意識はしているが、結果よりも情を取りがちであり、合理主義とは言い難い。
「はい。せいか~い。あの子は私と初めて会ったときから、栄養はサプリで摂れるから、ご飯だけ食べればいいとか思ってた変な子です! ……じゃあ、あの感情のうっすいあの子のその嗜好はどこから来たの?」
「ああ……なるほど、遺伝的特性じゃないか、ということですか」
「ま、こじつけだけどね。でも不思議じゃない? 感情の薄かったノバラが何でそんなことを考えてたのか」
「確かに……でも、ノバラが保護された状況からすれば、特殊な成育環境ですし……」
たきなはそこまで口にして、余計なことを言った、と口に手を当てた。
一方の千束はたきなのその言葉に少しだけ不機嫌そうな顔をした。
「……クルミめ。そんなところまで調べたのか」
ちっ、と舌打ちをする千束はイライラしているようにも、怒っているようにも見えた。
「……その口振りからすると、もしかして、知ってました?」
そして、たきなはその可能性に気付いた。
つまり、だとすれば、千束はノバラの障害のことも知っていることになる。
「……うん。教えてもらった。楠木さんから」
千束もノバラの障害のことをたきなが知ってしまったことに気付いて、少しだけ寂しそうな顔をしながら頷いた。
「楠木司令から?」
「あの人もノバラとは付き合いが結構長いからね。その辺の事情はかなり詳しい」
「ああ……道理で、ノバラが楠木さんに懐いているわけですね」
車で送ってもらったこともあったようだし、たきなと二人でいるときに話題に上ることもある。
「ま、知ってる人にはやたらスキンシップを取りたがる子だからね。楠木さんも特に嫌がらずに受け入れてるみたいだし、何よりあの子のあしらい方が上手」
「そうなんですか?」
「そ。あの子が楓さん以外で大人の言うこと聞くのは楠木さんくらいだよ?」
「だから、本部にひょこひょこ出かけてた訳ですか……」
「ま、ノバラのことだから、色んな打算込みだろうけど、そこはお互い様だろうしね?」
子狸と古狸の化かし合いのようなものである。
二人で暫しノバラの話で盛り上がる。
やがて、コーヒーを全て飲み終えた頃、千束はたきなを見つめる。
「……たきな。本当に話したいことは、この話だけじゃないでしょ?」
「くす。千束は私のこともよく分かってくれますね?」
「そりゃ大事な相棒で……恋人だもの。分かるよ……ん♡」
千束がそう言いながら、唇を差し出すようにして、目を瞑ったので、たきなは不安を消すように、それに応じる。
「ぁむ……ちゅ♡ ……ふふ、お店で、キス、しちゃいましたね?」
「んふふ……♡ ね? たきな、少しは不安、無くなった?」
千束の行動が自分のためだった、ということを知ったたきなは胸をきゅうっと締め付けられるような愛しさを感じる。
「本当に千束は可愛いですね……それに私の不安な気持ちを見抜くなんて」
「そりゃ、気持ちが分かるようでなけりゃ、恋人って胸を張ってられないからね。……で? 本当は何を話したいの?」
千束に問われて、たきなは少し躊躇いながら、本当に相談したいことを口にする。
「……ノバラに、私とノバラの関係を話して良いのかどうかを相談したくて……千束の意見を聞きたいんです」
千束はちょっとだけ俯いたたきなの顔を覗き込んで、たきながどうやら本当に迷っているらしい、ということに、少しだけ意外に思った。
千束も、ノバラも、そしてたきなも。
正直、たきなとノバラが姉妹かどうかなど気にしてはいなかった。
千束は自分とノバラの姉妹関係は血縁がどうのといったものではなく、互いに姉妹と認め合ったからだと思っているから、そこにそんな事実があったとしても特に揺らぐことはないと思っている。
だが、たきなはそこに水を差してしまうことに気兼ねしているようにも見えるし、あるいは、自分とノバラの関係が壊れてしまうのではないか、と怯えているようにも見えた。
「……私とあの子の関係はそう簡単に揺らぐものではないから、あまり気にしなくてもいいけど……? たきなは、どうしたいの?」
「正直、分かりません。嬉しなくない訳ではないんです。いえ、むしろ、確かな血の繋がりを感じて、ノバラを愛おしく想う気持ちは強くなったくらいです」
「たきなのノバラの可愛がり方を見てるとそうだろうね……」
傍から見ている千束ですら、たきながノバラに向ける、何と言うか、「妹ってこんなに可愛いんですね! 最高か!」みたいなてかてかした笑顔は若干気持ち悪いくらいではある。
「だから、もし話してしまって、今の関係が壊れてしまうのは嫌だな、とは思いますが、私だけ知っているというのも何だかフェアじゃない気がして……」
たきなの気持ちも分からないではないが、千束からして見れば、あまり思い悩むべき類のものではないと思われた。
「たきなは無駄に難しく考えすぎ! 自分がどうしたいかが一番でしょ? 『やりたいこと最優先』! ……忘れちゃった?」
ウィンクをしてそう言った千束に、たきなは笑みをこぼしてから、少しの間目を瞑る。
……そして、ゆっくりと目を開いたたきなが口を開く。
「私は…………………………」