Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
バレンタインは書いたので、ホワイトデーも書かないと、ということで。
千束は新しく届いたメッセージを見ながらクルクルと回っていた。
「先生、先生! 来週、ノバラがまた来るって!!」
「……嬉しいのは分かったが、危ないから回るのはやめなさい」
最後につま先を支点に一回転した千束は回転をぴたりと止めて両手を上に上げてポーズを取ってから、少しだけ足をふらつかせながら、カウンターの椅子に座った。
「……にしても、さっそくスマホをせしめたのか……ん? あれ? あの子に私、番号教えたっけ? ……まぁ、いいか! ノバラだし!」
(……妹分とは言え、それはどうなんだ千束……。まぁ、出所はフキか、楠木か。その辺だろうが)
ミカは千束の情報管理の甘さ具合が心配になるが、自分だってさほど詳しい訳ではない。幸いにして相手は千束の勝手知ったる妹分のノバラである。さすがに心配し過ぎか、と少し苦笑する。
「……そう言えば、丁度ホワイトデーだろう? 何かお返しを作ってやるといい」
「……ほへ? ほわいとでー……ああ、バレンタインのお返しか!」
未だイベント事には馴染みがないせいか、あほ面を晒した千束にミカは小さく笑いながら、雑誌のページを開いて千束に渡す。
「買ってもいいだろうが、この間、ノバラが持ってきたのは手作りだったろう? 千束も何か作ってやれば喜ぶんじゃないか?」
「料理……料理かぁ……」
千束は目頭を押さえながら、はぁー、と長いため息をついた。
「……何だ、作りたくないのか?」
「いや、そういう訳じゃなくて……昔、あの子に初めて作った料理を失敗したこと思い出しちゃって……」
せっかく作った肉野菜炒めに味付けを忘れたという苦い思い出である。しかも当のノバラはただでさえ肉も野菜も嫌いだったから、おそらく我慢して食べていたであろうことは明白であり、千束はノバラに料理を作る度にちょっとドキドキするのだ。
(……不味いなら不味いって言ってくれたらいいんだけど。あの子、絶対言わないからなぁ……)
好んで美味しくないものを食べたい訳ではないだろうが、栄養は摂取できていればそれでいい、とか言い出しかねない人種である。
……その癖にやたらと味覚が発達しているらしく、細かい味の違いから、何が入っているかピタリと当ててくるのだから始末が悪い。
(……味に文句言わない癖に、味に煩いと言うか)
千束にしてみれば、美食家気取りのお客さんより、ノバラに料理を振る舞う方が緊張するまである。
(……まぁでも、あの子が手作りしてくれたって言うのに、私が市販品で返すって言うのは、逃げたみたいになるし……)
「よしっ! 作るか!!」
◇◆◇
初めての料理こそ失敗したが、千束は別に料理が苦手な訳ではない。
ノバラと一緒に暮らしていたときも毎日ではないにしろ、偏食なノバラがちゃんと食べてくれるように、とフキと一緒に四苦八苦しながら、料理を作っていたのだ。
……ノバラの反応がイマイチ薄いせで全く自信が付かなかったが。
まぁ、元々食に興味の薄いノバラが食べているだけで及第点であるし、フキは十分旨い、と感想を述べ、自分で食べても絶品とは言わないまでも、その辺の主婦と同程度くらいには作れるものと自負している。
(……しかし、相手はノバラ。昔に比べれば、色々反応してくれるようになったものの……無反応だったら、泣く自信があるぞ、私は!)
最も身近で気安い存在であるハズの妹だが、何か作って食べさせるとなると妙に緊張するのだ。
千束はミカに渡された雑誌を見ながら作戦を考える。
(まずは、何を作るべきか……? ほぅほぅ……? マシュマロとグミはパスだな……飴? 飴細工でもしろってか? 無理!)
ホワイトデーにお返しするお菓子には意味があるらしく、マシュマロとグミは『あなたのことが嫌いです』とのこと。そんなもの渡す訳がないので、最初に選択肢から除外された。
飴、キャンディーは、逆に『あなたのことが好きです』という意味があるようだが、手作りとなると何を作っていいかよく分からない。
(チョコ、『あなたと同じ気持ちです』、ね。まぁ、保留かな……あの子の作ったのと比べられても困るし)
美味しかったしなぁ、と一月前の妹の突然のプレゼントを思い出して、千束はたら、と涎を零す。
「おっと……」
ちゅる、と口の端のものは啜りつつ、指で少し拭う。
(クッキー、『友達でいましょう』、か。何か違うなぁ……キャラメル、『あなたと一緒にいると安心します』。うん、これは候補かな?)
キャラメルは根気はいるが、作り方そのものは難しくないし、日持ちもする。
(マカロン、『あなたは特別な人』って、作れる気がしねぇ……)
オシャレなお菓子というイメージが先行してしまい、千束は選択肢から除外した。上手に作ろうと思えば際限がないくらい難しいだろうが、工程自体はそれほど難しいものではないのだが。
(カップケーキ。これも、『あなたは特別な人』か。材料は……ホットケーキミックスでできるじゃん! デコレーションで特別感も出るし! よし、君に決めたっ!)
千束は立ち上がると材料を買いにスーパーまで一っ走りした。
◇◆◇
「ノバラちゃんが来ましたよー、っと!」
からからーん、と入口のベルを鳴らして、閑古鳥の鳴いている喫茶リコリコにノバラが突入してきた。
「おー! 待ってたよ、ノバラ! 今回はゆっくりできるんでしょ?」
「ゆっくりって言っても二泊三日だけどねー……明日はフキお姉ちゃんところに泊まるし」
「あんだよー、アイツのところにはこないだも泊まっただろー?」
千束がちょっと頬を膨らませて、そんな風に言うと、ノバラはコメカミに青筋を浮かべながら、満面の笑みを千束に向ける。
「……私は千束お姉ちゃんは本部にいると思ってたんだけどねー? 何の連絡もなしに、本部離れた人が何を言ってるのかなー?」
笑顔の奥の怒りに、千束は内心で冷や汗をかきながら、明後日の方向を向きながら、答える。
「……あはは、ごめんって。まぁ、でも、アンタもスマホ、ゲットできたみたいだし? 連絡はし易くなったでしょ?」
「……問題は私も千束も面倒臭がって、マメに連絡するタイプじゃないってことだよ」
「それな!」
そもそも千束にしたって、ノバラが札幌に転属していたのは知っていたにも関わらず、連絡するのを怠った。
ノバラも事前に本部に確認するなり、フキから聞いていれば、そんなすれ違いはしなかったのに、確認しなかった。
更に言えば、フキも気を利かせて連絡すればいいものを、必要があれば連絡してくるだろう、と放置した。
便りがないのは元気な証拠、とばかりに、三人が三人とも連絡を怠っているのである。
「あ、先生。今回はこちらをどうぞ」
ノバラがミカに差し出したのはクッキーでレーズンクリームを挟んだ銘菓である。
「すまんな。……ふむ。お持たせだが、後で、コーヒーと一緒に出してあげよう。……千束、話してばかりで忘れるなよ?」
「あっ! そうだった!」
ぴょこん、と軽く跳ねた千束が厨房の方へと向かい、お盆に何かを乗せて戻ってくる。
「……バレンタインデーのお返しだよー!」
「わぁ! カップケーキだぁ!」
試行錯誤を繰り返して作ったのは、ホットケーキミックスで土台を作ったカップケーキの上に、生クリームを乗せ、スライスしたリンゴをレモン汁、グラニュー糖を入れて煮込んだものをくるくると巻いてバラの花の形にしたものを添えたものだ。
「紅茶と一緒に召し上がれ」
せっかくなので淹れたのはアップルティーだ。
ノバラは、カップケーキを一口食べると、次いで、紅茶を一口飲む。
「ん~~~っ! おいしいっ!!」
ぱぁっと顔を輝かせたノバラを見て、千束もほっと一息つく。
「ふふん。私も大分上達したでしょ?」
「? 何言ってるの? 千束お姉ちゃんの手料理、私はいつだって大好きだよ?」
千束自身は最初の失敗がトラウマのようになっていたが、どうやらノバラにとってはそんなことはなかったらしい。
きょとん、とした顔が可愛らしく、愛しさが溢れた千束はノバラを抱きしめる。
「あはは! 私にとって、ノバラは『特別』だからね! 私の大好きな妹! ……ん~~~! かわええ!!」
ちゅ、と千束がノバラの頬にキスをすると、ノバラは照れたように顔を赤くして、それでも同じように千束に小さく頬にキスを返す。
「……私も、千束お姉ちゃんが大好きだよ」
完結したら、順番入れ替えるかも。