Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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160 The end of her first love

 ……愛しさが込み上げる。

 

 千束に対する下腹部が熱くなるようなものとは異なり、胸の奥がほのかに温かくなるのを感じた。

 

 たきなは自らの腕の中にある小さな少女に対して、確かに愛を感じている。

 

「……たきな?」

 

 戸惑ったようなノバラの声に、たきなは一層彼女を抱きしめる。

 

「……本当にノバラは可愛いですね。離したくなくなります」

「うふん♡ やっぱりぃ?」

「そっちの意味じゃないです」

 

 無理に色っぽい声を出しているノバラにたきなは思わず呆れるが、こういったところが、千束と姉妹だな、と思わせる瞬間でもある。

 

「何だぁ、残念。千束からたきなを寝取れるかって思ったのに……」

 

 本当に残念そうな声色にたきなは思わずノバラを放して、その顔をまじまじと見つめる。

 おどけたように、えへ、と笑っている顔は、完全に揶揄っているように見えた。

 

「……思ってもいないことを言わないでください」

「えー? 相手が千束じゃなかったら、私が欲しいくらいにはたきなのこと好きだよ?」

 

 くすくす、と笑い声を上げる、ノバラの笑みは酷く妖艶に見える。

 

 たきなでなかったら、思わず勘違いしてしまうだろう。

 

 だからこそ、たきなも少し意地の悪い質問をしてみる。

 

「……すみれよりも、ですか?」

 

 ノバラは意外そうな顔をして、んー、と考えてから答える。

 

「すみれは大事だけど、そういうのじゃないし……家族、って言うのが一番しっくりくるかな? ……千束とも、またちょっと違う感じ。フキと……ううん、フキが私に感じているのと同じような感じかも」

 

 千束とノバラ。

 フキとノバラ。

 ノバラとすみれ。

 

 それぞれが姉妹のような関係性ではあるが、やはりノバラの中でそこには違いがあるようだ。

 

 フキは姉としてノバラに振舞ってはいるが、ノバラに対しては幼い頃のイメージが強いせいか、過保護な感じがして、姉ではあるものの、その関わり方は母親寄りだろう。それに対するノバラも姉や母を慕う感じがしている。

 

 対して、ノバラとすみれの関係においては、ノバラの言からすれば、すみれに対してはフキと同じように母寄りの姉として関わっているという。すみれの甘え方も確かに、姉というよりは母に甘えているようにも思える。

 

 では、千束とノバラはどうか。傍目から見たらこの二人が一番姉妹らしいだろう。それはノバラが受けた影響の強さから見て分かる。

 千束はノバラを守るべき妹と認識しつつも、親友や悪友として対応しているように思える。ノバラも確かに同じように反応しつつ、適度に甘えているようにも思えるのだが。

 

(……ノバラの千束に対する感情は、家族に対するそれとも少し違うような……?)

 

 たきなは少しノバラの気持ちになって考えてみる。

 

 自らを受け入れてくれた恩人で、最も大変な時期に隣にいてくれたお姉ちゃん。

 

 それだけでも相当だが、更に言えばわずか一年程度しか共に過ごしていないのに、ノバラの記憶には強く焼き付いており、彼女自身が千束に似ているのだ。

 

 ……その理由を考えてみれば、明白だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()からこそ、千束に近づこうとしていたのだ、と考えられる。

 

 その事実に気づき、たきなは愕然とした。

 

(…………もしかして、私……ノバラの十何年間の初恋を台無しにしたのではないでしょうか……?)

 

 サーッ、と若干血の気が引く。

 

 ……ノバラの感情が薄いことはたきなにも分かっている。

 

 だが、だからこそ、幼い頃からノバラが千束を特別視していた理由を考えるのだ。

 

 家族として、母として、姉として。

 

 ノバラが千束を特別に思っていたことに疑いはない。

 

 しかし、ほとんど同じ立場であったフキに対して見せる態度と千束に見せる態度は確かに異なっている。

 

 その違い。その理由。

 

 それは彼女に残された感情の一欠片。

 恋と言う名の残り火。

 

 本人に自覚はないのだろうが、ノバラはそれを種火として、自らの感情を作ったのではないか、と考える。

 

 ノバラは単純に千束を模倣しているのではない。

 

 千束に好意を持ってもらうために、千束本人が好ましいと思う『妹』を演じつつ、自らを千束へ寄せていった。

 ……更に言えば、自らを千束へ近づけることで、その存在をいつでも感じられるようにしたのかもしれない。

 

 何故そうしたのか。

 それはノバラが無意識下において、千束に恋い焦がれていたからだろう。

 

(……ああ、だとしたら、私は酷いお姉ちゃんですね)

 

 可愛い妹の最愛の姉を奪ったことになる。

 

 しかし、たきなは、自分のことを酷いとは思っても、罪悪感はない。

 

(……今更、千束から離れるなんてあり得ませんし……何よりもノバラはそれを望まないでしょう)

 

『……大事にしてよね? 私の大切なお姉ちゃん』

 

 かつて、たきなにそう言ったノバラの言葉に嘘はないし、たきな自身が千束を幸せにすると誓っている。

 

 だから、仮にノバラが今から千束争奪戦に参加したとして、たきなは譲るつもりもないし、負けるつもりもない。

 

「………………ノバラは、千束が好きですか?」

「……? そりゃ、大好きだけど……」

「……どう、大好き、なんでしょうか?」

 

 たきなの問いにノバラは困ったような表情をしながら、考える。

 

「どうって……んー……難しいなぁ……温かくて、安心して……でも、ちょっとどきどきする、大切な人だよ。私、千束が辛そうにするのは見たくないなぁ……」

 

 千束のことを考えているノバラの瞳は酷く優し気なものであった。

 

 それを見て、たきなは自分の考えが誤りではなかったことを悟る。

 

「……ノバラ、それは私が千束に対して思っていることと同じです」

「………………………………ふぇ!?」

 

 たきなに告げられた言葉を、咀嚼して、飲み込んで。

 その意味を理解したノバラは、ぼっ、と顔を赤くする。

 

「え、あ、いや!? ちがっ!? そういうのとは違うよ!?」

「……ノバラらしくもない。ウソが下手ですね?」

 

 くすくす、とたきなが笑うとノバラは一層慌てた様子を見せる。

 

「だって! 困るよ、そんなの……」

 

 わたわたと慌てていたノバラは返答に困ると、不意に涙ぐむ。

 

 ……ほろっ、と涙が零れ落ちる。

 

「……私が意地悪でしたね。ごめんなさい、ノバラ」

 

 たきなはノバラの泣き顔を見ないように、包み込むように抱き締める。

 

(……分かっていたんですね。それでも、なお、その気持ちには蓋をした……)

 

 ……家族だから。

 ……母親だから。

 ……姉だから。

 ……同性だから。

 ……恋してはいけない人だから。

 

 誰よりも幸せになって欲しい、と願い、その相手は自分ではない、とその気持ちを押し殺した。

 

 だから、無邪気な妹として甘えていた。……甘えることができていたのだ。

 

 しかし、ノバラはそれを続けられるほど子どもではなくて、かと言って、大人にもなれなかった。

 

 故に、すみれはノバラにとって自分を慰めるための手段の一つだったのかもしれない。

 

 ……そこに過去の自分を重ね合わせて。

 すみれを自分に甘えさせることで。

 過去の千束と自分を追体験する。

 

 もちろん、ノバラは千束ではないし、すみれもノバラではない。

 

 だから、ノバラはすみれが自分に恋をしないようにすることで、かつての自分の想いを否定したかった。

 だが、その目論見は失敗し、すみれはノバラに恋心を抱いた。

 

 ……その結果、ノバラにとっては残酷な事実がより鮮明となってしまった。

 

 自分がどれだけすみれを大事に思ったとしても、それは恋の類ではなく、どこまでも家族としてのものであったことと同じように、千束が自分に対して向ける愛情も決してそれ以上にはならないことが。

 

 それに気づいて、ノバラは自分の心を見ていないフリをした。

 

 ……そんな中で、千束とたきなが結ばれた。

 

 ノバラは自分の初恋に気づかないフリをしたまま、その恋を終えたのだ。

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