Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
……たきなはギュッと抱き締めたノバラから、胸の辺りに熱いものが滲んでいくのを感じていた。
嗚咽もなく、声もなく、静かに涙を流していることが分かる。
ぽんぽん、とその背中を優しく叩きながら、ノバラが泣き止むのをたきなは待った。
ノバラが千束を好きだ、というその気持ちを自覚させなければ、フェアじゃないという気持ちがあったせいで、問い詰めた結果、ノバラを泣かせてしまったが、変に気持ちを抑え込むよりはいいだろうと思って、たきなは泣いているノバラを抱き締め続ける。
そして、この段階を通り過ぎない限り、ノバラに対して、自分との姉妹関係を明かすことはできないだろう、とも考えていた。
たきなとノバラの間で問題になるのは千束を置いて他にない。
(……私たちが姉妹であることを話したらどうなるでしょうか)
事前に千束に相談したときは、自分がどうしたいのか、と問われた。
そのとき、たきなは千束に答えた。
基本的には話すつもりであること。
ただし、いざ話すときになって、たきながノバラを見て、話さない方が良いと思ったら、話さないことになる、とも。
千束も、その判断はたきな自身に委ねることに頷いてくれた。
(もちろん、話したい気持ちはありますが……)
たきながそんな条件を付けたのは、ノバラの反応の予測ができないからだ。
喜ぶかもしれないし、無反応かもしれない。
だが、この辺りを知るには、ノバラの千束に対する気持ちが重要だとも思っていた。
ノバラが千束をどう思っているかによっても、話すべきか、それともそうではないのか。その答えは変わる、と感じていた。
……そして、ノバラの気持ちを実際に確かめて、たきなは悩んだ。
(私もノバラのことは、家族のように思っていますし、そこは問題ないのですが……千束への気持ちを自覚したとすると……ちょっと酷かもしれませんね……)
たきな自身のノバラに対する気持ちは、実際に姉妹であろうがなかろうが、その話を話そうが話すまいがどちらにしてもさほどの違いはない。
だが、今のノバラはどうであろうか。
千束の隣にいるのが、自分ではなく、姉であるたきなだと分かったとき、感情の薄いノバラとはいえ、その薄い感情の中でも一際特別だったその感情をどう扱おうとするのか。
単純に祝福してくれるのか。
それとも、どうして自分じゃないの、と恨むのか。
たきなを恨んでくれるならまだいい。
まかり間違って、それが千束に向いてしまうようなことはどうしても避けたかった。
(……二人が争うところなんて見たくありませんし……)
二人がじゃれ合っている姿を見るのが好きだった。
普段だらしないくせに、ノバラの前では、少しだけでも姉振ろうとしている千束。
悪戯っぽい笑顔を浮かべて、千束を揶揄うノバラ。
きゃいきゃいと言い合っている様子はまさしく仲良し姉妹そのもので、何ら後ろ暗いことを想像させない可愛らしいものだった。
たきなはそんな二人を曇らせるようなことは望んでいない。
(……一体、私はどうしたらいいのでしょうね?)
ふわふわなノバラの髪を優しく撫でながら、たきなは、悩まし気に息をはいた。
少なくとも、ノバラが泣き止むまでは、まだ考える時間があるのだから。
◇◆◇
「……ごめんね、たきな。ありがと……」
たきなの胸に未だ顔の半分を埋めながら、ノバラはたきなを上目遣いで見やった。
目が少し赤く、ちょっとだけ腫れぼったい。
「……んぅ……」
眦には涙が残っており、たきなはそれを優しく掬い取る。
「……いえ、私が泣かせたようなものですし」
少しバツの悪そうな顔をするたきなに、ノバラはクスッ、と笑って、ぐいぐいと再びたきなの胸に顔を押し付ける。
「……たきな、あったかくって、安心する」
「……私も、ノバラとこうしているのが好きですよ?」
「……そう? じゃあ、もっとぎゅうってする!」
言いながら、ノバラが目一杯たきなに抱き着く。
「……もう。痛いですよ、ノバラ?」
実際にはそれほどでもないが、足も絡ませて抱き着いてくるノバラのせいで、たきなは身動きも取れない。
たきなの抗議の言葉に、ノバラは、にひっ、と笑うと、更に体を密着させてくる。
「だめっ! 私を泣かせたんだから、たきなは黙って、抱き着かれてればいいの!」
そんなノバラに苦笑しながら、たきなはノバラの抱き着きを受け入れる。
とくん、とくんという心音と。
熱いくらいのノバラの体温を感じた。
「……あまりきつく抱きしめられてしまうと、私がノバラを撫でられないのですが?」
「…………じゃあ、ちょっと、緩めてあげる」
たきなの言葉にノバラは少しだけ唇を尖らせながら、その拘束を緩める。
素直なその様子に、たきなは、くすり、と笑みを零して、自由になった手で、ノバラの髪と背中を撫でていく。
「……ぅん……♡」
ノバラから、はぁ、甘い吐息が漏れる。
「……たきなぁ……♡」
甘えるような声がたきなの耳朶を打つ。
(あ……これ、危険ですね……ノバラの方は半ば演技だと思いますけど……私が本気になってしまいそうです)
悪いことにノバラから香る匂いは千束のものとよく似ている。
彼女たちが愛用しているシャンプーとトリートメントの甘い香りのせいだろう。
「……ていっ」
こつん、とたきながノバラに軽くゲンコツを落とす。
「あいた!」
ノバラは頬を膨らませながら、たきなに抗議の視線を向ける。
「私を揶揄わないでください、ノバラ」
「ちぇーっ……たきななら、迫られても、まぁ、いいかなぁ、くらいの本気度だったのにぃ……」
残念、などと言いながら、ノバラは笑顔を浮かべているが、その言葉はあまり信用できなかった。
「……本当にそうしたら、あること無いこと千束に言いまくるんでしょう?」
「もちろん♡」
えへ、と悪戯っぽい笑みを浮かべるノバラ。
(……本当に、千束が大好きなんですね……)
流されるようであれば、姉と付き合う資格なし、と処断するつもりだったのかもしれない。
……もっとも、ノバラ自身も、心の奥では、そんなことになるわけがない、という信頼感があってこその行動であろうが。
「悪戯っこですね、ノバラは……」
「……ちょっとはどきどきした?」
「あなたたち二人……千束とノバラにはいつもどきどきさせられっぱなしですよ……」
やれやれ、とため息をついて、たきなはノバラの頭を撫でる。
「ふふっ、じゃあ、私も千束みたいになれているんだね?」
「……似ているところはありますけど……ノバラはノバラです。他の何者でもありませんよ?」
たきなの言葉にノバラは、きょとん、という顔をした。
「……あぁ……そっかぁ」
……そして、残念そうな、それでいて腑に落ちたような声を漏らした。
「……ノバラ?」
「……ううん、何でもない」
そう言って首を振ったノバラの心はたきなには窺い知れなかった。
替わりにたきなは再度ノバラを抱き締める。
「……あなたは、あなたのままでいいんです」
そして、たきなは決断する…………。