Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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162 Her decision A

「あなたは、あなたのままでいいんです」

 

 そう言って抱き締めたたきなの腕は振るえていた。

 

 伝えるタイミングは今しかない。

 伝えなければ、おそらくあとは伝えることはできそうもない。

 

 ……そして、たきなは決断した。

 

◇◆◇

 

「あなたは、私()()の可愛い妹……だから、それでいいんです」

 

 ……たきなにとっては、それが最上の答えだった。

 

「……うん。ありがとう、たきな」

 

 そう言って微笑んだノバラを抱き締めたまま、たきなはノバラとともに眠りについた。

 

◇◆◇

 

 ……翌朝、いつもの時間に目を覚ましたノバラは隣で眠るたきなの寝顔を見つめる。

 

「……優しいね、たきなは」

 

 そう呟くと、たきなを起こさなようにそっとベッドを抜け出して、スポーツウェアに着替えていく。

 

 着替えが終わったノバラは未だ眠ったままのたきなの顔を眺めると、そっとその頬に唇を寄せる。

 

 ……ちゅ。

 

「……ん……」

 

 少し眉を寄せているたきなの寝顔に、くすくす、と悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ノバラはそっと部屋の扉を開ける。

 

「……行ってきます……」

 

 ……どんな時であっても、鍛錬は欠かさない。

 

 それが、最上ノバラの信条である。

 

◇◆◇

 

「……っ!」

 

 パンパン、と気持ちを入れ替えるように、顔を叩く。

 

 マンションを出てからは両国方面へ、そこから墨田川の上流に向けて川沿いを走る。途中から荒川の方に出て、そこからは下流に向かって走る。

 墨田区を概ね半周しているのが、普段のノバラのランニングコースである。

 

 何も考えなくて済む走っている時間がノバラは嫌いではない。

 

「……ふっ……ふっ……」

 

 一定の呼吸、一定のリズム、一定のスピード。

 

 体に染みついたその動きが乱れることはない。

 

 ……ふと、スマホに着信が入り、ノバラは足を止める。

 

「……ふぅ。もしもし?」

 

 スピーカーモードで電話に出る。

 

『……頼まれていた準備ができたから、その連絡なんだが……今更、何でそんな準備をするんだ?』

 

 電話口の幼い声に、ノバラを笑みを浮かべる。

 

「念のためだよ」

『……貰うものは貰っているから、別に構わないんだが……』

 

 納得はいっていない、という様子の声色に、ノバラは、くすくす、と笑う。

 

「あんまり首を突っ込んじゃダメだよ? また危ない目に遭うよ?」

『それは確かにゴメンだ……しかし、やはり、好奇心は抑えられないな』

 

 懲りた様子のない相手にノバラは苦笑する。

 

「せっかく死んだフリしてるのに、自分から生存アピールをしてどうするのよ……危なくない範囲で調べてよね? 私のパーソナルデータとか見てるんじゃないの?」

『意外にセキュリティが強そうだから、あまり手を出していないんだが……』

 

 普段の手口からしたら、慎重が過ぎるその答えに、ノバラは意外に思う。

 

「そのアカウントならへーき。答えは……少なくともヒントは私のパーソナルデータの中にあるから、そちらをどーぞ? そっちなら、そんなに危なくないだろうし」

 

 ノバラとしては、あまり巻き込みたくはないのだが、彼女の手を借りなければできないことは確かにある。だから少しでも、危険のない方向に誘導しているのだが。

 

『……危ないことになるのか?』

 

 心配しているとも、興味があるとも取れる声色に、ノバラは、やれやれ、と首を振った。余計な心配であったようだ。彼女はノバラが何を言おうが首を突っ込んでくる。

 

「……調べてるのに、そんなこと聞く? 予想はついているでしょうに……」

『お前たちに、リリベル。三日月の刻印(Crescent Brand)に、天秤騎士団(Knights of libra)。その他多数。確かに、荒事になるのは予想がつくが……お前の『念のため』とやらが、どう危ないのかは気になるところだ』

「そこから先はご自分でどーぞ? ただし、私は責任取らないからね? ……『ウォールナット』さん?」

 

 ノバラは電話の相手、ウォールナットことクルミにそう伝えると、クルミは少し可笑しそうにしながら答える。

 

『心得たよ、『悪戯妖精(Gremlin)』。……いや、二代目の方が良いか?』

 

 初代『悪戯妖精(Gremlin)』の楓に比べれば、ノバラがそう言われていた時期は短く、そこまで言われるほど電子戦を得意としている訳でもない。

 

「……私はそう呼ばれるほど御大層なものじゃないよ」

『ハッ、良く言う。ハッカーグループからの暗号資産の奪還、防諜組織から受けたサイバーテロへの逆ハック、と言う名のダイレクトアタック……心当たりがないとは言わせないぞ? 専門じゃない? 確かに専門ではないのだろうが、電子的にも物理的にもソイツらを強襲できるのは、今、この世界でお前だけだろう?』

 

 ノバラがDA札幌支部時代に従事した作戦である。

 政府が秘密裏に運用していた暗号資産が強奪される事件があり、最終的に解決したのは、潜伏箇所に直接乗り込んだノバラが、彼らのマシンから直接に暗号資産を奪い返した。

 同様に、国内政府サーバーへハッキングが仕掛けられた際、これを一早く察知し、直接乗り込んで排除した。

 電子戦だけでは分が悪い。だったら、直で殴ればいいよね、とばかりに相手側のマシンを直接奪って電子攻撃するという、物理的電子戦。

 

 ……誰もやろうとは思わないだろうし、できもしないだろう。ノバラ以外は。

 

「……わざわざ国内でやってくれてたからねー。私としては手間が省けたけど……さすがに海外まで行くのは面倒だし」

 

 通常なら国外で行うところ、灯台下暗しを狙ったのか、不運なことに彼らは日本国内で活動していた。

 ラジアータも本来は彼らに目を付けていなかったが、ノバラにはデイジーがいた。

 悪戯好きな彼女とノバラが計画、実行したものだ。

 ……もっとも、その暗号資産の一部はノバラたちも運用していたものが含まれていたので、若干私怨も混じっていたわけだが。

 

『くはっ! やはり、お前は最高だよ、二代目! ボクと組んで欲しいくらいだ!』

 

 組み合わせとしては、実は悪くない。

 クルミは電子戦にはとことん強いが、荒事には向いていないし、電子データのないところには手が出せない。だが、腰が軽く、その場に赴いて対応できるノバラは得難い相棒となる素質があった。

 

「……ちゃんとお手伝いできるようになったら、考えてあげるよ」

 

 クルミの熱烈なスカウトをノバラは揶揄う様に受け流す。

 

 もっと、リコリコの手伝いもやれ、というノバラの言葉に、クルミは、むぅ、と唸る。

 

『……鋭意努力しよう。……だから、()()()()()()()?』

 

 何処か不穏なものを感じ取っているのか、クルミの言葉は酷く真剣だった。

 

「はいはい、できたら考えてあげるわよ、クルミ?」

 

 クルミが何かしら抗議の言葉を上げていたが、ノバラはそれに構わらず、電話を切った。

 

「……だってさ、デイジー。聞いてた?」

『……うーん? クルミにお医者様の手配をお願いしたんでしょ? 知ってる知ってる』

 

 別のことに夢中なデイジーの言葉はおざなりではあった。

 

 ノバラはそれにさほど関心は払わずに、言葉を続ける。

 

「そ。なら良かった。作戦の期日も近いし、今日は挨拶に行かないとだから、そっちはよろしくね?」

Aye Aye, ma'am(了解)

 

 にたり、とデイジーが笑ったのに対し、ノバラを口元を隠した。

 

 隠した口元には笑みが浮かんでいる。

 

(さぁ、舞台は大体整ってきたよ。誰しもが自分の目論見を達成するために様々な思案を巡らせて、ぐっちゃぐちゃでどろどろな戦場の出来上がり。……でも、そんなの付き合ってあげない。私には私の目的がある。誰が立ち塞がろうと、その邪魔は許さない。……さぁ、誰が一番強かなのか、勝負を始めましょう?)

 

 ノバラはその想いを眼前に思い浮べ、右拳を鋭く突いた。

 

 ……それは、全てをぶっ壊すという決意表明か。

 それとも、自分が一番強かであるとの意思表示か。

 

 その心はノバラ以外の誰にも分らなかった。

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