Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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第七章 Intrigues and Fixers
164 drop in without an appointment


「……どうしたの、たきな?」

「……いえ、もしかして、ノバラに避けられているのかな、と思いまして」

 

 いつも通りに朝ご飯を食べて、リコリコまでやって来たが、ノバラは、用事がある、と言って、出かけてしまった。

 普段と変わらないようにも見えるが、どうしても、たきなは気にしてしまっていた。

 

「あの子が忙しそうにしているのなんて、今に始まったことじゃないでしょ? 考えすぎじゃない?」

 

 千束はそう言うが、たきなはどうしても心配だった。

 

 朝食のときのノバラのいつも通りの様子が、逆にいつも通り過ぎたからかもしれない。

 こちらに心配させまいとそう振舞っている可能性は極めて高いと思った。

 

「それならいいんですが……」

 

 ふぅ、とため息をつきながら、たきなは右手を頬に当てる。

 

「なぁに、そんなに心配? ちょっと妬けちゃうなぁ……」

 

 悪戯っぽく笑う千束を見て、たきなも、くすり、と笑みを零す。

 愛しい恋人の笑顔を見ると、ちょっとだけ安心できた。

 

 

◇◆◇

 

「うーん……」

 

 大きなビルの前でノバラは首を捻っていた。

 リコリコを出る前のたきなの様子が気になっていたのである。

 

『どうしたの、ノバラ?』

 

 スマホの画面にはデイジーがポップアップして、こてん、と首を捻ってこちらを見ている。

 

「……いや、たきなは、気にしいだから。もしかして、私に避けられてるとか考えてそうだなって」

 

 ノバラとしては、別にたきなを避けるようなところは何もない。

 むしろ、ちょっと泣いてすっきりしたくらいまである。

 

『ふーん? でも、あなたが、今日ここに来るのって、予定通りでしょ?』

「そりゃあね。本当はもっと早く来たいくらいだったんだけど……」

『上手く誘導されちゃったねぇ?』

 

 誰もが自己の利益を追求し、効率的に動こうとして『楽』をしようとしている中、ノバラは血と汗を流し、相手は自らの余分な肉を切り落とした。

 

「……年季の違いかな? 血みどろの戦場ならまだしも、社交界とか、海千山千の商売人、唯我独尊の研究者相手に切った張ったをしていたご老人は手強いね。私の動きもどこまで読まれてるんだか……」

 

 大まかな筋書きを変えられるまでは至っていないが、想定外の事態に余計な手間を取られた。

 リコリスを裏切らせられたのは、中々痛い。

 戦力的な低下もそうだが、内部統制の甘さが露見した。こちらの対応は楠木がやっているのだろうが、頭が痛い話だろう。

 

 ……まぁ、ノバラからすれば、土壇場になって裏切るような者が出ないようにきっちりと踏み絵を踏ませられたので、よし、としたのだが。

 

『……それが分からないから、直接聞きに行こうっていう、おバカさんはノバラくらいよ? 悪知恵があるくせにいざというときは腕力便りとか、始末に終えないね』

 

 ノバラとしては、せっかく整えた舞台が台無しにされては困る。

 最善も次善も用意はしてあるが、それを根っこから崩されてしまってはどうにもならない。

 

 失敗する可能性は一つ一つ確実に潰す。潰すことができるなら。

 地道に。コツコツと。何度でも。何度だって。

 

 困難に直面する度、ノバラはいつだって、そうやって乗り越えてきた。

 

 ……例えそれが、常人からすれば、斜め上方向の解決策だったとしても。

 

「んふふ……デイジー、まだまだ勉強不足だね。人間ってヤツは最終的には物理で殴るのが一番効率いいのよ」

 

 にひ、と笑うノバラに、デイジーは心底呆れたような顔をする。

 

『……お母さんって実は脳筋だったんだね』

「使い分けよ、使い分け。頭脳戦しかしないと思っていたヤツが急に殴りかかってきたら驚くでしょ? 逆もまた然り」

『理屈ではそうなんだろうけど……それをホントにやる人って限られてるでしょ?』

()()()()()()()。意外性は大事よ? 相手が予想できない一手は、全てを狂わせる。……だから、私はそれを潰すの」

 

 不敵な笑顔を見せるノバラに、プログラムでしかないデイジーにも怖気が走ったような気がした。

 

◇◆◇

 

「こんにちは!」

 

 平日、日中の大企業の受付に中高生くらいの少女が急に訪ねてきたら、誰しもが怪訝に思うだろう。

 

 事実、受付の女性はノバラを見て、変なモノを見たような顔をした。

 

「……何か御用ですか?」

 

 それでも職務をこなすべく、笑顔を向けた女性はデキる女なのだろうな、と思わせた。

 

「会長さんに会いに来たんだけど。今日はご在籍でしょう?」

 

 確信めいたその言動に、女性は、ひくっ、と眉を動かした。

 

「……会長はご多忙ですので。アポイントはありますか?」

「あるように見える?」

 

 マニュアル通りの対応をする女性に、ノバラは揶揄うような笑みを浮かべている。

 

「……会長は、アポイントのないお客様とはお会いにならないので」

 

 どうぞお引き取りを、と続ける前に、ノバラが口を開く。

 

「『あなたのノバラちゃんが来ました♡』って、伝えてくれれば、通してくれると思うけどなー?」

 

 にやにや笑いのノバラの言葉に、女性は頬を引きつらせた。

 

 少女の様子を見るに、完全に自分をからかっているのだと思った。

 しかし、だが、万が一……本当に通した上で、口を噤むべき相手だとして、ここで引き返すように言ったなら、首が飛ぶ。……下手をしたら物理的にも。

 

 はぁ、とため息をついた女性は、秘書室へと電話と繋ぐ。

 

「あの……会長に少女が面会を希望しているのですが……いえ、はい。……承知しておりますが、そのぉ……『あなたのノバラちゃんが来ました♡』と申しておりまして……私の一存ではと思いまして……はい、よろしくお願い……え!? 私から会長に!? いえいえいえいえ!? そんな畏れ多い!?」

 

 おそらく電話口の秘書さんも対応に困って、最終的には受付の女性に任せることにしたらしい、女性はちょっと涙目である。

 

「か、か、会長!? は、いえ、こちら受付でございますっ! あの、ですね……会長に面会希望の少女が……いえ!? ですが、その子が、言うにはですね、『あなたのノバラちゃんが来ました♡』、と……は!? いいんですか!? いえ!? 承知しました、丁重にご案内差し上げますぅ!?」

 

 受話器を置いた女性は、その数秒で老け込んでいるようにすら見えた。

 

「……申し訳ございません、お嬢様! ただいま、直通のエレベーターにご案内いたします!」

 

 笑顔を浮かべた女性がノバラを先導し始める。

 

「ありがと」

 

(ちっ! あわよくば、ロリコン変態爺って言う噂をたてて、社会的に抹殺してやろうと思ったのに! 孫か何かだと誤魔化しやがったな!?)

 

 名前を出せば断られることはないだろう、とは思っていたが、ついでに排除を目論んでいたノバラの企みは上手く逸らされた。

 

 エレベーターの前まで歩いてくると、受付の女性がが指紋を認証し、カードキーを通して、最後に鍵を差してスイッチを入れた。

 

(ふーん? 電子錠だけじゃなく、普通の鍵も付けてるのか。用心深いなぁ……)

 

 電子錠だけだったら、忍び込んでも何とかできただろうが、普通の鍵もあるとなると少々時間が掛かる。

 

「……どうぞ、お嬢様」

「はぁい」

 

 ノバラがエレベーターに乗ると、女性は綺麗な一礼で見送ってくれる。

 

「……会長室までの、直通エレベーターとなっております。少しの間、展望をお楽しみ頂ければ幸いです」

 

 その言葉通り、束の間、ノバラは景色を楽しむことにした。

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