Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
(おお、凄い! 旧電波塔も、延空木も見える!)
建物自体は、旧電波塔が建つ以前のものであるから、立地は偶然であろうが、なるほど、受付嬢が展望を楽しんで、と言った意味が分かる。
(……マニュアル通りなのかアドリブなのか分からないけど、あのお姉さん、大分混乱していただろうに……)
職業人は凄いなぁ、とノバラは変なところに関心する。
「……デイジー、ここからは電源切るけど……退路の確保はよろしくね?」
『ばっちり任されましたよ、ノバラ。せいぜい楽しんでくるといいよ』
デイジーにそう伝えると、ノバラはスマホの電源を切った。
ここから先、デイジーに聞かれては困る話もあるだろう。
デイジーもその辺を理解しているから、愚図らずに引いた。
相手は、DAでもアンタッチャブルな存在。
……三日月義肢研究機構極東支部会長、『南部義藤』。
◇◆◇
「……ようこそ、最上ノバラ? ……いけない子だね。私たちの接触は厳禁だと言うのに」
苦笑気味に出迎えたのは老齢と言って差し支えのない容姿の男性であった。
灰色の髪を後方に撫でつけるような髪型の、鷹の目のような鋭い目が印象的である。
「初めまして、で、いいのかしら、南部義藤? あなたのノバラちゃんですよー」
その眼光に射抜かれれば、常人なら気圧されるであろうところを、ノバラはへらへらと笑って受けて見せる。
(ふーん? ふつーの七十前のお爺ちゃんじゃないわ、これ……)
じっ、とノバラは南部の様子を観察するが、無造作に立っているようでありながら、隙がない。
「まぁ、そんなに、殺気立っては話もできないだろう、掛け給えよ。良い豆があるんだ。立場ばかり上になると、給仕されるばかりで人に振舞う機会があまり無くなってしまってね? 自分だけで飲むのは味気ないのだよ」
「……そ。じゃあ、ご馳走になります」
何があるとも分からないのにも関わらず、ノバラは躊躇いなくソファに座った。
今更、彼が何かを仕掛けてくる訳もない、と確信していたからだ。
(……うわ、めっちゃいいソファ……さすが会長職ともなると、良いものを使うんだねぇ)
このソファだけで、ノバラがクルミに依頼した金額何回分になるか想像もつかなかった。
南部は年季の入ったコーヒーミルでゴリゴリとコーヒー豆を挽いている。
その姿は、何と言うか、様になっていた。
(……先生より似合うかも? こんな人がマスターのお店だったら、通っちゃうかもしれないなぁ……)
ぽへーっ、とノバラはその背中に見惚れていた。
……南部には何でも受けてくれそうな雰囲気があった。
見た目こそきつそうではあるが、態度は紳士的で、匂いたつほどの男振り。その背中には人生の渋味を感じる。少し話しただけでも、奥深い人間だと印象付けられる。
(……一廉の人物って言うのは、こういう者なのかな? 人間的魅力に溢れているというか)
自分が枯れ専だったかと勘違いしてしまうくらいには、心惹かれるものがあった。
南部が使用しているのは、ハロゲンヒータータイプのサイフォンで、うっすらと灯った灯りがロマンティックだった。
(……ふつーに買っても高いのに、更にオシャレさんなヤツだねー。何か造りも凝ってるし)
ちょっと、お行儀が悪いが、足に両肘を載せて、手の上に顎を乗せて、ボーっと見る。
部屋に漂っているコーヒーの香りが心地良かった。
お手本通りの淹れ方ではあったが、南部のそれは熟れていた。一朝一夕でも片手間でもない。それこそ、喫茶店のマスターと遜色がないレベルであった。
「……どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
会長職とは思えない鮮やかな手並みに見惚れていたノバラは、スッと出されたコーヒーに思わず敬語になった。
そんな様子を微笑ましく見ながら、南部は自分の淹れたコーヒーに口を付ける。
それに倣ってノバラも口を付けて……感動した。
「……わぁ!」
まずは香り。フルーティーな香りが鼻を抜ける。
更には柑橘類を思わせる酸味と甘味。
蜂蜜のようなスッキリ感があり、チョコレートの様な重厚感も感じる。
本当にコーヒーなのか、と思うほどにフローラルな香りが印象的だった。
「気に入ったかな? パナマ・ゲイシャの良い豆だよ」
(……って一杯、何千円するの!?)
スペシャルティコーヒーとして、世界に名高い最高級豆である。しかも、ブレンドではないピュアなやつだろう。
……確かに豆もいいのだろうが、淹れ手の腕があってこそのこの味である。
ノバラが驚いている様子をにこにこと見守っている様子は好々爺然としていた。
「ああ……ちゃんと、勉強しているんだね?」
「いちおー、喫茶店で働いていますからね」
「ふふっ……SNSの方はよく見ているよ。私も立場がなければ、伺ってみたいものだ」
「ちゃんとしたお客様としてなら、歓迎しますよ? 今日のお礼に一杯奢ってあげてもいいくらいです……もっとも、私が働いているのは後数日でしょうけど」
「それは残念だ。君の淹れたコーヒーと君の作ったパフェを頂きたかったのだがね?」
「お生憎さま。私はお店でコーヒーは淹れません」
(うーん……大人だなぁ……落ち着いていて品がある)
ともすればナンパをしているような言動だが、そう言ったことを一切感じさせなかった。
……それでいて、何処となく探りを入れられているような視線に、ノバラはぞくぞくしていた。
ふぅ、とノバラはコーヒーの残り一滴まで堪能して、カップを置いた。
その様子に満足気な表情を浮かべた南部が口を開く。
「……さて、それで、君の用向きは何かな?」
「……『あしながおじさん』の真意が知りたくて来たのよ」
じろり、とノバラが南部を睨みつける。
……奇妙な縁ではある。
ノバラは南部の所属する
その一方で、
ノバラ自身への恩恵はさほどではないが、すみれが日常生活を行う上で必要なコンプレッションスーツは彼の手で贈られているものだと知っていた。
表のイメージは慈善事業の色が濃く、孤児を養育しているDAに対する援助もその意味とも取れる。
……だが、個人としての南部は別だ。
彼個人も資産家ではあるが、ノバラとすみれに肩入れする理由があるハズだった。
「ふむ? 私としては、『
「それは建前でしょう? 私に直接の援助はなかったし、援助が始まったのもすみれと会ってからだし」
南部の言葉にノバラが反論すると、南部は苦笑しながら答える。
「仕方あるまいよ。君の存在が表舞台に出始めたのはその頃なのだから」
「……これでも、私は活動歴長いんだけど?」
ノバラの疑うような視線に南部は苦笑したような顔をする。
「ただでさえ裏のリコリスの更に秘匿性の高いものばかりだろうに……君を被害者だと認識するまでに、私も時間を要したのだよ」
「ええ、私も最初はそう思ったわ。だけどおかしいじゃない? すみれのことも秘匿性が高かったはずよ? 何故そんなにタイミングが良かったのかしら?」
「ははは。君は自分が行ったことを忘れているのかな? 外向けの仕事はそれほどでも無かったかもしれないが、君がウチの技術を鹵獲したこと、研究結果をごっそり抜いていったことは分かっているよ? それがDA内で研究されていることもね」
「つまり、私がDAの中で大きく動いたから目に留まった、ということね」
「そうなるね。そこから、君が『
「端から成功するハズも無かった研究の成果が?」
「むしろ、そうだったからだと見るべきだね。失敗し、被験者は全て死んでもおかしくなかった……だが君は、前頭葉の一部を選択的に破壊され、情動のほとんどを失っているハズなのに、今、こうして、感情を会得、学習して生活できている。何故だろう! 知りたい! そう思ってはいけないかね?」
そう語る南部は少年のようですらあった。