Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……そこまで、私のファンだと言うなら、私がここに来た理由も分かるでしょう?」
分かりやすく不機嫌そうなノバラを見て、南部は逆に相好を崩した。
(素晴らしい素晴らしい! 本心か演技かまるで分からない! 確かに感情を壊されている君が、ここまで愛らしい表情をするとは!)
南部はノバラの努力の跡を本当に愛おしく思っている。
現状、彼が自らの研究すらそっちのけで最も興味があるのがノバラである。
特に今回のノバラの動きには特に関心を持っている。
……果たして子狸は妖狐に化けることができるか。それとも大狼となるか。
本来誰にも知られることもなく、儚く命を散らすハズだったノバラという少女が必死に足掻いている姿は、南部には微笑ましく、そして、眩しいものである。故に、南部は結果にはあまり頓着していない。
多少、好みの結末に向けて、誘導はするが、喜劇だろうと悲劇だろうと、きっと南部を満足させるものになるだろう。
「ふふ。まぁ、そこまで言われれば、素直に答えるとしようか。まずは、君の懸念、
「……ま、それは当然よね」
厄介ではあるものの、ノバラにとっては、想定の範囲内。
むしろ、南部が本気では支援しない、という裏が取れただけ僥倖である。
「次いで、私が知っていることといえば
ぴくり、とノバラは頬を歪める。
「へぇ……自分が出るんだ。あのへたれ」
ぎらぎらとした瞳は確実に獲物を仕留めようとする狼を思わせた。
「あっはっは! へたれ! へたれか! 稀代の陰謀家も君にとってはこそこそと隠れているへたれ野郎か! そいつはいい! 実に結構! 存分にやってくれて構わないよ! 私もアレの顔は見飽きたからね!」
二十年以上前から、
南部が稀代の陰謀家と評す通り、経済活動としての戦争をこよなく愛し、あちこちに火種を仕込んでは、タイミング良く炎上させている。一方で自らの組織の戦力拡充を進めており、ノバラ、すみれに対する実験も彼が囁いたものであるとの裏が取れている。
……更に言えば、御形ハジメを裏切らせたのも彼だろう。
おそらくは今、最も世界中から憎悪を受けている者といっても過言であるまい。
ノバラからすれば恨みに思うべき相手であり、狩るべき対象に他ならない。
「……そ。賛成してくれて嬉しいわ。つまり私がアイツらをどうぶちのめそうが咎を受けることはない、ということでいいのね?」
故に、その言質を取ろうとしたのだが。
「構わん構わん!
呵々として南部は、比ぶべくもないと笑った。
「……自分が女であったことを素直に喜べばいいのかしら?」
「言葉の綾だよ。それだけ、君が魅力的だということだ」
ぱちり、とウィンクする南部の様子に、ノバラは思わず照れたように頬を赤くする。
「……もしかして、口説かれているのかしら?」
少しだけ、警戒するようなジト目でノバラが南部を見ると、彼は思いがけないことを聞いたような顔で破顔する。
「はっはっはっ! 私がもっと若ければ是非ともそうしたいところだがね。まぁ、孫娘の成長を喜んでいるとお爺ちゃんとでも思ってくれれば良い」
「……あっそ。じゃあ、そういうことにしておいてあげる。聞きたいことは聞けたから、今日のところは退散するわ」
そう言って、ノバラがソファから立ち上がると南部は少しだけ残念そうな顔をする。
「ふむ。仕方ないな。もう少し君と話したいところではあるが、君も色々と忙しいだろうし……そうだ」
何かを思いついたらしい南部も立ち上がると、品の良い紙バッグに何かを詰め込んで、ノバラに差し出した。
「気に入ったようだったからね。持って行き給え」
言葉から察するに、ノバラに振舞ったコーヒー豆だろう。
彼にとってもノバラにとっても実際のところ、懐具合からすれば大した金額ではないが、貴重な嗜好品と思うと、ノバラもちょっとだけ緊張するし。
……何よりちょっと嬉しかった。
「いいの!?」
ぱぁっと顔を輝かせたノバラに南部からバッグを受け取る。
嬉しそうに微笑んでいるノバラの頭を南部は思わず撫でる。
本来、思うところもあるだろうに、特に拒みもせず、微笑みを浮かべて、自分を見つめるノバラに、南部も笑みが零れた。
「どれ。下まで送ろう」
「……それって、大丈夫なの? 来る前は、ロリコン変態爺って言う噂をたてて、社会的に抹殺してやろうと思ってたけどさ」
ノバラの正直な言葉に南部は苦笑した。
「ははは。そんなことを考えていたのか。問題ないさ、対外的に君は私の孫ということにしておく」
「そ。じゃあ、ちゃんとエスコートしてくださいな、お祖父ちゃま♪」
悪戯半分、ノバラは空いている方の手で、南部の腕を取った。
それを笑みを浮かべて受け止めた南部はゆっくりとをエレベーターへと誘っていく。
「ふむ。本当の孫もこのくらい愛嬌があれば、もっと可愛がるのだが……」
ノバラと二人、展望を眺めながら、下へと下るエレベーターで南部がポツリとそう漏らした。
さすがに大企業の会長職で畏れ敬われている南部にここまで気安く接してくる身内はいないし、金目当てでべたべたしてくるような者は南部が寄せ付けない。
「それはお祖父ちゃまが眉間に皺を寄せて、こわーい顔しているからですよ。どうせ、孫だけじゃなく、社員さんとかにもちょっと距離を置かれてるんでしょ?」
「……む」
図星を突かれた南部は渋い顔をする。
既に亡くなった妻はまだしも、自分の子供も、自分には近寄りたがらなかった。
「私と話してたときくらいに笑ってたら、そんなことないと思うよ?」
「……そうかね?」
「畏れ敬われるのも必要かもしれないけど、親しみ易さも必要でしょう?」
「なるほど。私も君を見習って、少しは努力することにしよう」
フロントに到着したエレベーターから降り、エントランスに来た二人を見た受付の女性は、二人が腕を組んで歩いてきたのを見て、ちょっとぎょっとした様子を見せたが。
「ありがとう、お祖父ちゃま! また遊びに来るね!」
南部から腕を離したノバラがぴょんと跳ねるように手を振りながら、その場を後にする様子にどこかほっとした様子を見せた。
手を振って、ノバラを見送った南部は、ふぅ、と息を吐いた。
「……あ、あのぉ……会長、失礼しました。お孫さんだとは知らずにお手間を取らせました」
南部が自室に戻ろうと振り返ると、受付の女性が、そう言いながら、頭を下げていた。
「ああ、君があの子を通してくれたのか。手間をかけて悪かったね。何分、駆け落ちした娘の子どもでね……あまり表立ってこちらを訪問することはないだろうと考えていた私の落ち度だよ」
「いえいえ!? ……しかし、どうして急に訪れられたのです?」
「誰が自分の生活費を出してくれているのか調べた結果のようだね。誰に似たのか、悪戯好きで困ったものだよ……どうかしたかね?」
まさかここに来るとは思ってもみなかった南部としては、完全に意表を突かれた形であった。
だが、そんなノバラの行動力を好ましくも思っていた。
そんなことを考えていた南部を珍しいものを見たかのように、受付嬢が呆けた表情で見つめていたので、思わず南部は問いかけた。
「あ、いえ……会長ってそんな風にお笑いになるのだなって」
くすり、と笑みを浮かべる受付の女性に、南部は目をしばたいた。
「……私は笑っていたかね?」
無意識のことだったが、確かに、南部はノバラの行動を考えると、微笑ましいという思いが零れてしまう。
「はい。とても優しい目をされていましたよ?」
「そうかい? ……君、良ければ、少しお茶に付き合ってくれないかね?」
「え!? わ、私ですか!?」
「ダメかな?」
「いいえ、喜んで!」
親しみ易くなれるよう努力する。
それを形にするため、南部は受付の女性をお茶に誘うことにした。
その背中にちょっとだけ熱っぽい視線を向けられていることに気づかずに。