Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
ただいま、とどことなくホクホク顔で帰ってきたノバラは、千束から見れば、ここ最近では珍しいくらいに上機嫌だと思っていた。
どうやらノバラは今日はシフトに入るつもりがないらしく、カウンターの一席を占拠して、コーヒー好きな彼女には珍しく煎茶を飲んで、時折、自分の持ってきた紙袋を見てはにやにやしている。
そして、時折、働いているすみれやたきなを微笑みながら見守り、千束をじっと見つめてくる。
(うーん……? たきなの心配はやっぱり杞憂だったみたいだけど、普段ともやっぱり違う……すみれに対してはいつも通り。たきなは観察ってところかな? 私には……んー……値踏み? ……ちょっと違うか? 何かと比べているような……?)
そんなことを考えながら千束がノバラを見ていると、彼女と目線が合った瞬間、ノバラは頬をポッと赤くさせ、恥ずかしそうに目を逸らす。
「……どしたの、アンタ?」
手の空いていた千束はノバラの横に座ると彼女の顔を覗き込む。
「千束お姉ちゃんには関係ありませーん」
ぷく、と顔を赤くしたまま頬を膨らませたノバラが千束から顔を背ける。
(……おろ? 珍しく本気で恥ずかしがっている……?)
千束から見れば、表情こそコロコロ変えるようにはなったものの、ノバラは出会った頃と同じで基本的に感情の起伏がほとんどない。あるように見えているのは、彼女の学習の成果であるということは分かっている。
しかし、感情がない訳ではなく、薄い、弱いというだけで、確かに彼女にも感情はある。
その微細な変化を読み取るのは、千束にとっても難しいものではあるが、何となくは分かる。伊達にお姉ちゃんではない。
(……たきなは教えてくれなかったけど、私の……いや、私とノバラの? ……ううん、ノバラから私へ向けている感情の話でもしたのか? ……あの子が私を大好きなことなんて私にとっては今更の話なんだけど……)
ノバラがエクストラになって、比較的自由に行動できるようになってからは、毎年欠かさずバレンタインのチョコは送ってくるし、母の日にプレゼントも送ってくる。
たきな、というよりはすみれの前では比較的大人しめではあったが、本人
フキにもプレゼントなどは送っていたようだが、本気度の違いが明らかで、千束へのプレゼントと自分のプレゼントを見比べて、フキが思わず苦笑してしまうくらいには、ばればれなのであった。
……もっとも、千束からすれば、幼い子どもが『お母さんと結婚する!』くらいの可愛らしいものであると思っていたが。
「……ほほーん? ならいいけど、その紙袋の中身は気になるなー?」
あ、とノバラが反応するより早く千束はノバラがにやにやと眺めていた紙袋を取り上げる。
(……男の子からプレゼントでももらったのかな? 最近、よく来ている大学生のお兄さんは完全にノバラ目当てだし、その辺か?)
ノバラはすみれ、せり、すずなと女子にばかりにモテているように見えるが、当然の如く、男子からの人気も高い。
常連さん以外だと、SNSで見た女子目当てなのか、ポツポツと一見の若い男性も喫茶リコリコには訪れている。圧倒的人気なのは千束だがこれは主に常連さんで、最近一見さんに人気なのはノバラなのである。ちなみに、たきなは高嶺の華と思われているらしく、遠目に眺められるだけであり、すみれは写真映りこそ美人さんだが、実際に見てみると、何と言うか、元気なわんこを見ている感じなので、誰しもが微笑ましく見守る感じである。
ノバラは厨房にいることが多いのだが、彼女がちまちまと動いている姿は可愛いいらしく、また、会計をやっているのはノバラのときが多い。ノバラ本人や千束たちから見れば、完全に営業スマイルなのだが、幼げでありながら、妖艶に微笑むノバラにやられた被害者は少なくない。
「……って、コーヒー豆?」
千束が紙袋の中身を覗いてみれば、そこからはコーヒーの香りが漂っており、重さとパッケージからそう当たりを付けた。
(……これ、狙ってやったとすると、相当マジなやつじゃないか……?)
ノバラがコーヒー好きだと知っている客がどれくらいいるだろうか。
分かってプレゼントしていたんだとしたら、相当なリサーチをしているのだと思った。
「あー! あー! 千束は触っちゃダメぇ!?」
「何でだよ、いいでしょ、別に? 何処の何?」
千束ががそこそと紙袋から取り出して、テーブルの上に雑に乗せて、見慣れないパッケージに首を捻った。
「ほらぁ! そんなんだから触らせたくないのに!!」
ノバラがそんな風に叫びながら、コーヒー豆から千束を引き離すと、後生大事にコーヒー豆を胸に抱えて、ふしゃー、と千束を威嚇する。
「え? お? 何で?」
ノバラの剣幕に千束が目を白黒させていると、その様子を見ていたミカが目を見張った。
「……パナマ・ゲイシャか? 確かにそれは雑に扱って欲しくないだろうなぁ……」
納得の表情を浮かべるミカに対して、千束は、意味が分からん、とばかりに首を捻った。
「え、何? ゲイシャガール?」
「パナマ・ゲイシャ! 日本の芸者とは関係ないから! コーヒー豆の中では最高級品の一つなんだよ! 生の豆一ポンドで二千ドル超えたときもあるんだからね!?」
「……ふぁ!?」
何てものを持ってるんだ、と千束はノバラを驚愕の表情で見た。
「もう、おウチでこの子を淹れるのが、楽しみ楽しみで……思わずにやけちゃうよね!」
えへ、とノバラがきらきら笑顔をしている。
頬を赤らめ、両手を組んで、夢見心地のような瞳をしているその姿は、まるで恋する乙女のようにも見えた。
「……プレゼントだろ、それ。何処のお金持ちのお坊ちゃまから貰ったのよ?」
何だかちょっと面白くない千束は、少しだけ口を尖らせながら、そう聞くと、ノバラはちょっと言い辛そうに、千束から視線を逸らす。
……これがまた
自分の知らないところで、ノバラが異性とよろしくやっていると思うと面白くはないのだが、コイバナだと思えばまたちょっと別の話であり、千束の好奇心が鎌首をもたげる。
「ん、まぁ……プレゼントと言われればプレゼントだろうけど……そう言うのじゃないよ?」
面白がってるなぁ、と思ったノバラは手を振りながら、苦笑気味に答えるが、千束の疑念は一層深まったようで、探るようなジト目でノバラを見つめてくる。
「じゃあ、なぁに~?」
茶化すようにそう問われるので、ノバラとしてはあまり答えたくはないが、千束にウソをつくのもイヤなので、適正な答えを考える。
「……おみやかな?」
去り際に渡されたことを考えてみれば、それが一番しっくりくる表現だった。
「誰と何処にそんなおみやをもらってくるようなところに行ったのよぅ?」
だが、千束には、それはより不満らしく、咎めるような視線を送ってくるが、少しだけ弧を描いている唇は、好奇心が止められない、という感じである。
ノバラは、ふぅ、とため息をつきながらも、答える。
「……行った、と言うか、私が押し掛けたというか?」
「わぉ、積極的ぃ! で、どんな人!?」
千束の目が輝きだした。
先ほどまでは、ノバラが何処の馬とも分からないヤツとデートでもしていたか、と思っていたが、ノバラが自分から行った、ということは、それなりの相手だと判断したのだ。
そうなってくると俄然興味がむくむくと湧いてくる。
(妹のコイバナ!! ありがとうございます、大好物です!! ご飯が進みそう!!)
「……千束の期待しているようなことじゃないよ、お祖父ちゃまだし」
わくわく顔の千束に向って、ノバラがそう答えると、千束はショックを受けた顔をした。
「……そうきたか……」
千束としてはフキの悪い影響を受けたのだと思った。
何せフキは年齢とか考えなしに、ミカに恋心を抱いている。
これがまた、周りとしては見れば分かるから、ノバラにも当然に分かっているだろう。
……良くも悪くも姉二人の影響を多大に受けているであろうノバラに、千束は思わず頭を抱えるのであった。
言うほど高くないのも売ってますけどね?
一〇〇グラム二千円前後から一万円前後で買えるみたいですよ。