Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……楽しみにしてたのに淹れないんですか? そのコーヒー」
風呂上り。
先にお風呂を上がったノバラは既に薄緑色のパジャマに着替えており、ダイニングテーブルに置いたコーヒー豆を幸せそうに見つめながら、足をぷらぷらさせつつ、椅子に座っている。
たきなは未だ火照っている体から少しだけ湯気を立ち昇らせながら、そんなノバラに苦笑気味に声を掛けた。
「お楽しみはちゃんととって置くものだよ、たきな! ……明日、私と一緒に、夜明けのコーヒーなんてどうかな!?」
わくわく、といった表情のノバラにたきなは、くすり、と笑みを浮かべた。
「ええ、是非。ノバラがそんなに嬉しそうに見つめているコーヒーですからね。楽しみにしています」
「……はっ!? だとすると、明日の朝食のメニューも見直さなければ!?」
たきなからの期待にノバラは使命感からか、立ち上がる。
そんな様子にたきなは思わず苦笑した。
「……ノバラの作ってくれるご飯は何でも美味しいんですから、そんなにこだわらなくても……それとも、私が隣で飲んでいるだけでは不満ですか?」
「そんなことないよ! ……でも、やっぱり……最高のシチュエーションで味わいたくない?」
「私にとっては、ノバラが隣にいてくれるのは、二番目に良いシチュエーションですよ?」
「ぷー……さすがに、千束には敵わないか。でも、二番目なんで許す!」
少しだけ不満そうに頬を膨らませたノバラではあるが、相手が千束とあっては譲らざるを得ない、と思ったのか、鷹揚に頷いた。
「ふふ……ありがとうございます」
たきなはそんなノバラの様子に、くすくす、と笑みを零すが、ふと、こんなやり取りも後数日だけということに気づいてしまった。
「……ノバラと一緒に過ごすのも後少し、ですか」
「……寂しい?」
たきなの顔を覗き込むようにしながら、ノバラがそう問いかけてきたので、たきなは微笑みながら、ゆったりと頷いた。
「もちろん、寂しいです」
「えへ……私も寂しい。でも、たきなは私の新しいお姉ちゃんだからね! どんなに嫌がってもまた来ちゃうから!」
寂しい、という気持ちを吹き飛ばすように、ノバラがそう言って、笑って胸を張った。
「ええ、楽しみにしています……ノバラ用の布団はそのままにしておくとして、千束用の布団も新しく買わないとですね……」
ノバラがいなくなるのは、確かに寂しいが、十中八九、その寂しさを埋めるように千束が入り浸ることが予想されたので、たきなは、その先に想いを巡らせる。
(……ノバラがいたので、私も千束も遠慮していたところはありますが……ノバラがいなくなってしまうと、歯止めが利かないのでは……?)
ほぅ、とため息をつきながら、たきなは顔を赤くした。
きっと、おそらく、一日中でも千束とあれやらこれやらをやり尽くすことになりそうである。
……溺れてしまいそうで怖い、と思いながらも、火照った顔で、たきなは少しだけだらしのない笑みを浮かべる。
「……たきなー、えっちぃこと考えてる?」
にひ、と悪戯っぽい笑みを浮かべるノバラにそう指摘されて、たきなは、赤い顔のまま、おほん、と咳払いをする。
「……ご想像にお任せします」
赤い顔をしながら、そう答えれば、考えていました、と言っているようなものではあるが、ノバラはそれ以上は追及することは止め、代わりと言っては何だが、素朴な疑問をたきなにぶつける。
「……そう言えば、たきなはソッチの方って詳しいの?」
「……人並じゃないですか? 文献は読んだことはありますし、一応調べてはいますが」
「調べてるんだ♡」
口元に手を当て、によによ、と楽しそうに笑みを浮かべるノバラに、たきなは、片目を閉じながら、ちょっとだけ不機嫌そうに答える。
「そ、そりゃあ、失敗したくありませんし……」
たきならしいなぁ、とノバラは、ふふっ、と笑みを浮かべるが、ふと、耳年増な割には初心な姉のことを思い出す。
「……千束はどうなんだろ?」
「……あれで純情ですからね。えっちぃ動画を見ても、顔を真っ赤にしてすぐ閉じてそうな気がします……」
「あはは、ありそう!」
昔、ノバラと一緒に映画を見ているときも、ディープキスやらベッドシーンやらでは、ひゃー、とか言いながら、テレビを消したりしていたので、それは容易に想像がついた。
「……そういうノバラはどうなんです?」
たきなに問われて改めて考えてみるものの、ノバラにして見れば、正直、保健体育と映画、書籍からの情報しかない。
「えー……? そりゃ、知識としてはあるけど、自分でどうこうっていうのはあんまり考えたことないしなぁ……?」
「ふふ。ノバラも、いざ、となると顔真っ赤にしてそうですね。千束にそっくり」
「そりゃ、姉妹だもの」
別に褒めている訳でもないのだが、ノバラはえへんと胸を張って微笑んだ。
「……でも、ノバラのことですから、予習も復習もするのでしょう?」
ノバラの性格上、そういうところも押さえているだろうと思ってのたきなの言葉だったのだが、ノバラは難しそうな顔をしている。
「えぇ……? 私にそんなとき来るー?」
そんな疑問に満ちた感じであり、少なくとも自分がすることをあまり考えている様子はなかった。
周りからみれば、すみれ、せり、すずなからはそういう対象として見られているのは明らかなのだが、やはり、というべきか、本人はそこまで深刻に受け止めていないらしい。
「……姉妹揃って、鈍ちん過ぎませんか……?」
……いや、千束はともかく、ノバラは実験の影響もあるのだろう。自らの情動があまりないから、他者のそれを上手く認識できていないのかもしれないが。
「ノバラは周りが自分に対してどういう風に思っているのか、ちゃんと考えるべきです。……そうしないと、あとで後悔するかも、ですよ」
現状、自分に好意を向けている相手に対しては、ちゃんと今後のことを考えておくように、との助言である。
ノバラとてたきなの言わんとすることは分からないではないので、その言葉に素直に頷いた。
「はーい。努力しまーす。……ね、ね! それより、たきな。今日も一緒に寝ていいでしょ?」
一応、心配されている、という自覚はあるので、今後のことを考えることにはするが、目下のところ、残り少なくなった時間をたきなとどのように過ごすかが優先のノバラは、そんな考えは頭の片隅にやった。
「……ええ。もちろん構いませんよ。こうやって一緒に過ごせる日も限りがありますし。……今日から、ノバラが帰るまでは一緒に寝るようにしましょうか?」
「やった! じゃあ、たきなのベッドで寝よ?」
「はいはい……」
たきなはノバラに手を引かれて、寝室に入ると、ノバラと共に横になった。
「……ノバラはあったかいですね」
一緒に暮らすようになってから、幾度となく、たきなとノバラは一緒のベッドで眠っているが、その度に感じるノバラのやや高めの体温とふわりと香る甘い匂いをたきなは心地良いと感じている。
「たきなもあったかいよ!」
そう言いながら、ノバラは、しゅる、とたきなの腕に抱き着いてくる。
「……ノバラは仙台に戻ったら、何をする、とかあるんですか?」
「んー……ちょっと、なまっちゃったかな、と思うから、時間が許す限りはトレーニングかな?」
「……いつも相当な練習量だと思うんですが」
毎日欠かさない早朝ランニングと基礎トレーニングに、夕食後から寝る前までに行っている体幹トレーニングと柔軟。
本部に行って所管隊員の訓練を行っていることもあるし、リコリコで働いているときも良く動いている。
少なくとも、現状のたきなの運動量と比べるとノバラは軽く倍以上であろう。
「こんなの全然だよー……フキお姉ちゃんだって、もっとやってるよ?」
「……あなたたち二人がおかしいだけです! 少しは体を労わってください……」
……良いところも悪いところも本当に良く似ている姉妹であった。