Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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飲んでるのはウィスキーだけどね!


172 Wine drunk in desperation

「……んくっ、んくっ……ぷっはぁ~!」

「あんたが一気飲みなんて珍しい……ヤケ酒?」

 

 仙台から訪れてきてから、本部に一泊した以外、楓はミズキの部屋に泊まっていた。

 

『ホテルに泊まった』という物理的にも電子的にも履歴を残すことを嫌ってのことでもあるが、楓は同期で友人のミズキを気に入っているし、ミズキも何だかんだで楓とつるむのは嫌いではない。

 

 故にミズキが自分の部屋に楓が泊まることを了承した訳であるが、好きに過ごして良いと言った訳ではない。

 

(まさか、一日中部屋で酒を飲んでいたとは……)

 

 喫茶リコリコの面々にはアル中扱いされているミズキではあるが、お酒の飲み方には一家言ある。

 

 ヤケ酒は結構。一気飲みも結構。だが、美味しく飲まないのは許せない。

 

 ……今の楓の飲み方は決して美味しく飲んでいる訳ではなさそうであった。

 

「……そりゃあ、私だってヤケになって飲むことくらいあるさ……」

 

 楓は手を彷徨わせて、ウィスキーの瓶を取ろうとするが、先にミズキに取り上げられる。ちょっと悲しそうな顔をする楓にため息をつきながら、ミズキは栓を開けると、注ぎ口を楓の方に向ける。

 楓が恭しくグラスを差し出すと、ミズキが、とくとく、と琥珀色の液体をグラスに注いでいく。

 

 ぺろ、と少しだけ舐めるように、楓がお酒に口を付ける。

 

「ん……ま、らしくないわな。私が酒を不味そうに飲むなんて」

「そうそう。お酒に失礼でしょ? 最低限、美味しく飲んであげなきゃね?」

 

 そう言って笑いながら、ミズキも自分のグラスにお酒を注ぐ。

 

「……そうだな」

 

 ふぅ、とため息をつく楓が何時にもましてらしくない。

 

 自信満々で、気障ったらしく、いつもにやにやと悪戯っぽい笑顔で、余裕綽綽。

 悩みらしい悩みなど人に見せることもなく、思い切りの良い決断で、周りの斜め上を行くのが常の楓であるのだが。

 

 ……ミズキには今の楓が酷く脆く見えた。

 

「……落ち込んでる?」

「そう……だな……そう……かも? ……ちっ、愚痴を聞いて欲しくても、言えないことが多いのは不便なものだな」

「何か聞いちゃっても、聞かなかったことにはしてあげるけど……アンタ、そういうところ真面目よね?」

「真面目なもんか。危機管理と保身だよ……」

 

 自嘲気味のその言葉は楓の本心であるだろう。

 だとすれば、彼女が落ち込んでいる理由も自ずと理解できる。

 

「それで? 悩みの種は、すみれ? ……それともノバラ?」

 

 ミズキは楓が元ファーストリコリスであったことは知っている。

悪戯妖精(Gremlin)』と呼ばれていたことも。

 

 ミズキは彼女が従事していた作戦などについて、詳しくは知らない。機密に関係のない部分をたまに楓の口から聞くことはあるが、決してそれ以上ではない。

 

 しかし、楓やその周辺を見ていれば分かることもある。

 

 ミズキと初めて会ったとき、楓の髪は長く、高い位置で髪を結わえていた。

 ……丁度、今のすみれのように。

 

 だが、今は肩に掛かるか掛からないかの辺りでバッサリと短くしている。

 ……丁度、今のノバラのように。

 

 どちらも知っているミズキからすれば、楓とすみれはあまりにも似過ぎていて……そして、楓はノバラに似せ過ぎていた。

 

 それらを踏まえれば、何らかの訳ありだろうと想像も付く。それならば、楓が今何かに悩んでいるとすればそれ以外に考えられなかった。

 

「…………………………………………どっちもだよ」

 

 楓はぎゅっと口を結び、苦しそうにしながらそう答えた。

 

「……我ながら最低だとは思うがね。結局、私は私のためにしか生きられない……あの子たちは被害者なのにな……。あの子たちは、もしかしたら、もっと平和に生きる道があったのかもしれない。リコリスとして考えたって、もっと普通に生きられたかもしれない。だけど、私はそんなあの子たちを利用している。……クソ親だな。たまに自分で自分を殺したくなる……」

 

(本当のクソ親なら、そんなこと悩まないんだけどねぇ?)

 

 殺し稼業に身を置きながらも、その辺、楓は善良であると言ってもいいだろう。

 斜に構えていたり、偽悪的に振る舞うことはあるが、これで根は素直なのだ。……性格は悪いが。

 

「……この作戦が終われば、さすがのノバラも私を見限るんじゃないか? ……私だったら、こんな上役は御免だ。……私も、楠木先輩くらいに慕われていたらいいのに……」

「……あのおばさんそんなに慕われてる?」

「冷たいようで情に厚いぞ、あの人は。リコリスたちもそれが何となく分かっているから、あの人の言うことを聞いてるんだ。ただ頭ごなしに命令しているわけじゃないよ」

「へー……意外……」

()()ノバラが懐いているんだ……アレが気に入らないヤツの言うことをちゃんと聞くとでも? 居丈高に命令しているだけだったら、言葉尻を掴んで曲解した上で、独断専行してやらかして、命令されたとおりですが、何か、とかフツーにやるぞ、アイツ? ……事実、出向先で、司令官の首が何個か飛んでる」

 

 ああ、とミズキも思わず頷く。

 ミズキにまで情報が回るほど有名なのは、DA沖縄支部でのやらかしだろう。

 

 会場警備に駆り出されたノバラは、碌な情報も与えられず、『不審者は全て排除しろ、いいな!?』と言い渡され、一人で十数名のテロリストを全てバラした上で、会場警備に就いていたリリベル十数名全員を不審者として捕縛した。

 ノバラからすれば、テロリストの排除方法を示されなかったので、派手にぶち殺しまくることにし、他にリリベルが会場警備に就いているとは聞いていないので、銃を持った不審者として捕縛した訳である。

 その結果を見た司令官がカンカンに怒ったのだが、『ご命令のとおり、不審者を全て排除しましたが、何か? ……ああ、失礼、今、私の目の前にもいましたね? 今直ぐに排除します』と宣ったらしい。まともに指揮を執らなかった彼はノバラから見れば、不審者以外の何者でもない、という訳だ。

 ……ちなみに、その司令官は通達すべき事項を一切伝達しなかったとして、職務懈怠で職責を問われ、同時に精神変調をきたしたため、引退したという。

 

 ……まぁ、何ともノバラらしいエピソードの一つである。

 

「……まぁ、結果だけ見れば、ぐうの音も出ないほど完璧にやるしね、あの子。過程がアレなだけで」

「私には勿体無いくらい優秀な娘だよ……」

 

 少しだけ誇らしそうに楓が微笑み、そして直ぐに落ち込んだ。

 

「……んで? その娘に嫌われるのが怖くて落ち込んでるの?」

「……()()()に嫌われそうなんだよ……」

 

 ノバラが主体と思っていたが、どうやらすみれも該当するらしい。まぁ、ノバラがそうなるなら、すみれもそうなるという意味かもしれないが。

 

「……それほどのことをやるの?」

 

 今回の作戦内容はミズキにはまだ入ってきていない。

 常ならば、情報部の知り合いから連絡が来ていてもいいくらいだが、未だに連絡がないということは、掴んでいないということだ。余程、機密性が高いのだろう。

 

「そこまでやらなければ、目的の達成はできないんだよ……」

 

 ぎり、と楓が奥歯を噛み締めている。

 

「ふーん……でもそれってノバラもすみれもアンタの言う通りに動いたら、って話でしょ?」

 

 ミズキには楓が何をしようとしているのかまでは分からないが、楓の言はそもそもの前提を欠いているように思えた。

 

「……アンタがそんな風に思っていることをノバラがそのままやるとは思えないんだけど?」

 

 楓は確かに司令官としては優秀ではあるが、その指揮は専ら最終目標を定めた戦略や作戦面である。対して、ノバラは各作戦を成功させるための戦術面を担当していることになる。普段の彼女であれば、過不足なく淡々と熟すだけであろうが、一方で先のエピソードのように、帳尻は合わせるが、気に入らないので、意図的に作戦を曲解するということもままある。

 

 そんな彼女が親代わりの楓に苦しい思いをさせてまで、本当に大人しく従うだろうか。ミズキには大いに疑問であった。

 

「……無理だよ。デイジーに何度も計算させた。こちら側の損害が少なく、目的を達成するためには、どうしたってそう動くしかない」

 

 そう答えた楓にミズキは、やれやれ、と苦笑した。

 

「……楓は元リコリスとは思えないほど机上の空論ばかりね」

「あん……?」

 

 楓が剣呑な視線でミズキを睨むが、そんな視線を物ともせず、ミズキは笑みを浮かべながら、グラスを一気に空ける。

 

「んっく……ふぅ……。別に、馬鹿にしてる訳じゃないわ。千束もそうだけど、ノバラも盤面ごと引っくり返すのが得意でしょうに」

 

 こちらが、どれだけ綺麗に場を整えていようが、知ったことか、とばかりに彼女たちの場を荒らす様子が目に浮かぶ。

 

 千束はそこが自分の場であるかのように全てを奪い去り、ノバラは全てを塗り替える。

 

「……あなたが……私たちがどう計算したところで、思いもよらなかったところから思いっきり蹴り飛ばされるわよ。……甘んじて受けてあげなさいな」

 

 大人たちの思惑など関係なしに子どもたちは暴れ回るのだから、その痛みも結果も受け入れてやることこそが、大人である責任だ。

 

「……計算外のことか……そうだな……そうだと、いいな……」

 

 自分が計算できなかった幸せな未来を描いているうちに、楓はうとうとし始める。

 

 部屋の明かりがグラスの中の琥珀色の液体を照らす。

 

 楓がゆっくりと閉じる瞼を閉じるとき、その光だけが美しく揺らめいていた。

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