Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
自分の勝負飯は何か。
王道はカツ丼だろうか。験担ぎの意味もあるだろうが、糖質、脂質、たんぱく質とバランスが取れているようにも思える。プラスして野菜をとれば、各種ビタミンと食物繊維も摂れてグッドであろう。
……確かにカツ丼も悪くないが、ノバラにとっての勝負飯は異なる。
「ふふ……この日のために、ちゃんと仕入れといたんだよ! ブランド牛をな!」
綺麗に霜降りの入った最高級ランクのお肉が、ででん、台所に置かれている。
……やたら食べる人がいるせいで、ノバラの財布は軽くなったが。
だが、その価値は十分にある。
「……ごきゅ……の、ノバラちゃん、それ、ホントに食べていいの?」
すみれがキラキラと目を輝かせている。
何だかんだと舌の肥えているすみれではあるが、そこまで高級なものは、普段では、食べてみて薄く切られたものを四枚から五枚くらいで、あとはちょっとランクの落ちた和牛を食べている。
それが、まぁ、まるで固まり肉のごとく置いてあるのだから、肉好きには堪らない光景だろう。
「私が許す! 存分に食べるが良いぞ!」
はっはっは、とノバラが高らかに笑う。
まぁ、正直、ノバラとすみれはあまりお金に困っている訳ではないので、喫茶リコリコのバイト代は、パーっと使ってしまおうということである。
……若干、足は出たが。
「豪勢ですね……」
たきなは良くもまぁこんなに用意したなと感心したのだが。
「ちっ……ブルジョワめ!」
割とお金の無い千束は親指の爪を噛んで悔しそうにしながら、ノバラを睨んだ。
そんな千束の視線を受けたノバラは、にやにや、と愉悦の笑みを浮かべて、千束を見る。
「おやおや~、そんなこと言って良いのかな、千束クン? 嫌なら食べなくてもいいんだよ?」
うぐ、と千束はよろけて、ぺたんと床に座ると、絞り出すように答える。
「……先生……お肉が食べたいです……!」
うるうる、と目を潤ませながら、ノバラを上目遣いに見ると、当のノバラはくすくすと楽しそうにしている。
「素直にそう言えばいいのに……許してしんぜよう!」
「ははぁ!」
ノバラの言葉に千束がひれ伏している。さすがに最高級ランクお肉様の前ではプライドなんて消し飛ぶらしい。
「更にはちょっとお高い卵に、これ用の牛タン、豆もやしに、曲がりネギ、春菊、せり、しらたき、油麩。三角油揚げに、各種きのこに野菜。そして〆は、つるつるしこしこのうどん! うーん……パーフェクトな布陣だよね!」
材料を見ればわかるとおり、決戦前夜、ノバラが選んだ勝負飯は皆が嬉しく幸せ大好きなすき焼きである。
郷土色が強い食材を選んだようではあるが、材料を見るだけでも美味しいことは確実だ。
「……それじゃあ、作ろうか!!」
◇◆◇
鉄鍋に強火で火をかけ、牛脂を入れ、よく伸ばしていく。
カットしたネギ、タマネギを敷き、その上に牛肉を被せるように乗せていく。
その上から割り下を入れると、甘じょっぱい香りが広がっていく。
油麩、油揚げ、春菊、せり、しいたけ、えのき、しらたき、彩り用の人参を加えていく。
肉を裏返しつつ、最後に下茹でしておいた豆もやしを加えて一煮たち。
卵は生と半熟の二種類を用意した。
ノバラ的には〆のうどんで炭水化物は足りるが一部、すみれとかすみれとかすみれとか、あと千束とかは、ご飯も一緒に食べたがるであろうことから、特Aのお米も炊いてある。
最高級食材の入った、ぐつぐつと煮立っている鉄鍋のビジュアルは……何と言うか最強であった。
◇◆◇
「「「…………」」」
ノバラ以外の全員がごくりと唾を飲み込み、互いにチラチラと目配せをする。
……もういいだろう。もう食べられるだろう。
そう思うものの、ノバラは瞑目したまま、耳を澄ませて動かない。
(……なんて言う集中力なんだ。この暴力的匂いの前に、一切の動揺がないだと!?)
(さすがです。妥協を許さず、最も美味しい瞬間をその耳で聞き分けているのですね!)
(……は、早く!! も、もう我慢できないよぉ!?)
三者三様にそわそわしながらノバラを見つめている。
……そして、そのときは来た!
くわっ、とノバラが目を見開く。
「……総員、吶喊!」
そう声を掛けると、ノバラは指揮官先頭を体現すべく、一番槍を敢行した。
しゅばば、と真ん中のお肉を掻っ攫う。
負けじ、と千束、たきな、すみれが肉を取り、卵に絡めて口に運ぶ。
「……ほわぁ……」
「うわ、とろける……」
「……素晴らしいです」
「ん~……最っ高!!」
美味しいものは人を幸せにする。
彼女たちの顔を見れば、それが一目で分かるくらいに、幸せそうな笑顔であった。
◇◆◇
……食材はあっと言う間に消えていく。
「あぐあぐ」
「むぐむぐ」
食欲魔人なすみれは当然のことながら、やはりと言うべきか千束も結構な量を食べている。
たきなとノバラも食べてはいるが、こちらは性格故か、肉も野菜もバランス良く食べている。
肉肉野菜肉野菜とリズムを刻んでいる。
しかし、ノバラが狙っていたのは、とろっとしてきている油麩と、くたくたに煮込まれている油揚げである。
(ふふふ……このお肉の油を吸った、お麩と油揚げも絶妙においしいんだよねー)
お麩を先に、ちゅる、と口に吸いこめば、じゅわ、と汁が溢れ出す。
「あふっ……あふっ!」
熱いがやはり旨い。
「んっ……!」
同じようにたきなが油揚げを口に入れて熱そうにしているが、口元には幸せそうな笑みが浮かんでいる。
「ノバラー、お肉追加してー!」
千束が元気良く手を挙げ、すみれは口一杯にお肉を頬張りつつ、完全に同意、とばかりに大きく頷いている。
「はいはい」
そんな二人に苦笑しつつ、ノバラは、先ほどまで使っていた肩ロースではなく、薄切りの牛タンを投入し始める。
「おろ? 牛タン?」
「そ。薄切りにしたヤツ。ちょっとコリッってする触感はすき焼きでもおいしいよ?」
こちらも同じ牛から取れたものすごくいいヤツである。
火が通った肉を千束は普段ならちまちま一枚食べるところを、量があるのを見て、ごっそりとよそう。
そして、卵を絡めたら、一気に口の中に入れる。
「……んふぅ♡」
とろけるような触感、肉汁の旨味、しかし確かに感じる、コリっとした牛タンの存在感。
思わず笑みを浮かべてしまうほどの至福のときである。
そんな様子をにこにこと見つめながら、ノバラはそっとお肉を足しつつ、自らは席を立って、キッチンへ向かう。
(……おうどん食べたい)
食材が減りつつあるので、〆のうどんの準備にとりかかったのだ。
(……せっかくだもの、良いうどんが食べたいよね)
用意したのは、通常は乾麺タイプのものではなく、伝統的製法の生麺である。ちょっと平たいのが特徴だ。
茹で上がったそれは透き通っているようにさえ見える。
冷水で締めてから水気を切り、ダイニングテーブルへと運んでいく。
まだ、具材はあるが、ちょっと避けつつ、真ん中にうどんを投入していく。
火はすでに通っているから、温めつつ、出汁を絡ませる意味合いが強い。
ノバラは新しく卵を割って器に入れると、丁度よく温まったうどんと肉、野菜を取り、混ぜ合わせ……そして、啜る。
(お肉もいいけど、やっぱり炭水化物!)
出汁が絡んだうどんのつるつるしこしこもちもちの触感。卵の濃厚さ、肉の油の甘さ。それらが一体に合わさっているうどんは最高だった。
……そして。
食卓を囲む皆が楽しそうに笑っている。
そんな様子を見ながら、ノバラは儚く笑みを浮かべていた。