Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「ちょっと、楓さん!? 私ら何も聞いてないんだけど!?」
車が出発するや否や千束が怒声を上げた。
「……お客さーん、運転手に怒鳴らないでくださーい」
楓が迷惑そうにそう答える。
「あ、すみませーん……って、なるかっ! 説明してくださいよ!?」
千束は、一瞬笑顔で答えるが、すぐさま、むきー、と怒声を上げる。
「あーあー、うるせー、うるせー! こちとら、二日酔いで頭が痛いのに、キンキン声で怒鳴るんじゃない! 作戦の内だって、言っておけばいいのか?」
そう言う楓は酒臭さこそないものの、確かに若干顔が青い。だが、そんな体調不良など千束の知ったことではない。
「そんな雑な説明で納得する訳ないじゃないですか!? そもそも何処に向かってるんですか、私たちは!? ついでにノバラも!?」
先に出発したノバラたちの車は見えず、楓の運転する車は別方向に向かっている。
一体何処に向かっているのだろう、と思うのは当然のことである。
「……立川だよ。アイツらは小菅な?」
楓が悪戯っぽい笑みを千束に向けながら答える。
「立川ぁ!? いや、まぁ、確かに拘置所あるけども……ん? もしかして……?」
千束は役割分担を思い返してみる。
ノバラたちはテロリストの迎撃を担当することになっており、自分たちは移送対象者の護衛をすることになっている。
それを考えれば、二手に分かれた意図がぼんやりとだが、見えてくる。
「普通に考えたら、本命は小菅の方にいると思うだろうよ? そういう風に情報操作もしているしな?」
くつくつ、と楓が笑う。
「……ノバラたちは囮、という訳ですか。私たちにそれを今日このときまで伝えていなかったのは、情報漏洩を気にしてのことですか?」
たきなの冷静な問いに、楓は面白そうな笑みを浮かべる。
「どちらかと言うとノバラを囮にするのがメインだな。最初からそう言って、お前ら素直に従うか? 情報漏洩云々よりも、お前たちをどうやって、有無を言わせずにこちらに来させるか、さ」
最初からノバラを囮にする、という作戦であれば、千束もたきなも反対したことだろう。もしくは、その場では飲み込んでも、当日いきなり、ノバラ側に行かれても困る。
「……私たちは信用されていなかったのですね……」
たきなが苦しそうにそう呟いた。
「
たきなは千束の意思を尊重して、彼女の前では意図して殺しをしないだけで、特に忌避している訳ではない。必要があるならば殺れる。
しかし、千束は別だ。
彼女の心情と矜持から、不殺の誓いを破ることはまずない。
だが、千束の戦闘能力が圧倒的とは言え、多数のテロリストを相手に不殺で制圧するのは無理がある。
また、不殺を貫こうとした結果、作戦が失敗しても意味がない。
だからこそ、千束の戦闘能力を十全に使おうとするならば、必然的に攻めより受けになる。
故に、その能力をよりフルに活かせるように引き離す。
……ノバラはそう選択した。
「……確かに目の前で人に死なれるのは気分が良くない。だけど、私だって、分かっている……そうすることが必要なときだってあるって……」
千束は泣きそうな顔で俯いた。
ノバラと対峙する可能性があることを理解し、彼女に銃を向ける決意はできている。
しかし、それはノバラを殺す覚悟ができている訳ではない。
実弾を使う場面があるかもしれないとは思い、念のため用意はしているものの、それは命を奪う前提としたものではないのだ。
「なら……できるか、千束?」
「………………」
だから、千束は楓の問いに即答できず、唇を噛んだ。
「……それが答えだ。お前たちが、アイツらを危険な目に合わせたくないように、アイツらだって、お前たちを危険に晒したくない。それが目に見えて想像できるなら余計にな」
たきなは悲しそうに目を伏せているが、千束は特に悔しそうにして、顔を赤くして、目を潤ませている。
ノバラたちをむざむざと危険な場所へ行かせてしまったという、悲しさ、悔しさ。
それはここにいる楓も同じではあるが、それでもなお、楓は笑って見せる。
「それに、まぁ……テロリスト風情にノバラが後れを取ることはあり得ない。すみれを止めることだってできやしない。ウチの娘たちがそう簡単にやられるものかよ。だから信じてやってくれ。お前たちの妹の強さをな」
◇◆◇
「化けましたねぇ……姐さん」
「ミニ千束ちゃんだ!」
「先輩……でも、その状態って、電波塔事件くらいの感じなんじゃあ……」
「ノバラさん、可愛いです!」
四人の言葉にノバラちょっと機嫌よさそうに笑っている。
金髪のウィッグを付け、カラーコンタクトを入れ、ちょっと化粧をしたノバラの印象はがらりと変わる。
普段こそ、たきなに似ていると言われるノバラではあるが、その雰囲気や佇まいはそもそも千束にも良く似ているのだ。
電波塔事件時代の千束に印象を寄せたノバラの姿は、本当の姉妹と言っても良いくらいに似通っている。
「うむうむ。賛同が得られて良かった。似てない、と言われたらどうしようかと」
普段、潜入するときは気配を消すのみで、本格的な変装はあまり行ったことのないノバラではあるが、主観的には千束に似せられる自信があった。
……伊達に彼女の動きを観察していた訳ではない。
「……でも、今の千束ちゃんと比べたら、って言うなら、似てない! 何処がとは言えないけど色々慎ましいから!」
くすくす、とすみれが笑う。
確かに今のノバラと千束は良く似ているが、決定的な違いは色々小さいことだ。今の千束を見知っている者であれば、即座に別人と判断するだろう。
「ま、それはしゃあない。遠目に見れば、千束に見えるんであれば上等でしょ?」
「……しかし、どうして千束嬢の格好を?」
すももの問いに、ノバラが楽しそうな笑みを浮かべる。
錦木千束の名は有名ではあろうが、今の彼女の姿を知る者は敵対勢力には少ない。覗き見される……
DAの奥の手である彼女が、本部にいないことを大っぴらにできるはずもない。最強戦力は未だ手の内にあると見せているDAのデータ逆手に取っているのだ。
「今も昔もリコリスの最強戦力は千束だと思われているからよ。千束がいるところに本命はいる。普通ならそう思うでしょ?」
こうすることで、こちら側が本命であることの説得力が増して、相手をミスリードし易くなる。
「私たちより先行して、常磐道経由で囮も出ることになっている。こちらも無視はできないから、囮と確定するまでは相手の戦力を割くことができる。そして、
そう言って笑うノバラに、すみれ、せり、すずなは顔を見合わせて苦笑した。
ノバラらしい性格の悪さだ、と思ったからである。
一方で難しい顔をしているのはすももだ。
(……本当にそれだけですかねぇ? らしいと言えば、らしいんですが……)
「……リリベルはどうするんで?」
「リリベル相手なら殺し合いはない。千束に任せる」
「……役割分担通りで結構なことで。あたしらはテロリストの殲滅まで、ということでいいんですかい?」
「
(……やはりまだ何かある。しかし、それをあたしらには言わない……言えないですかね? 機密性が高いのか、それとも後ろめたいのか……どちらにせよ、姐さんのことだ。上手くやるんでしょう。幸い、せり嬢とすずな嬢は気づいていない様子……あたしが口を噤めば済む話……)
ミラー越しにノバラと目があったすももはその目の鋭さに、少しだけ、体を震わせた。