Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
傭兵隊の隊長は困惑していた。
哄笑を上げながら、突撃してくる少女は、常人の何倍も重い彼ら、四肢機械化兵を平然と吹き飛ばし、あまつさえ、虫の足を引き千切るがごとき気安さで、自分たちの四肢をもぎ取っては、楽しそうに笑っている。
……まぁ、こちらはその手法はともかく、戦場ではまま見る光景ではある。
薬のキメすぎか、それとも極度のストレス故か、頭のネジがぶっ飛んだヤツは敵を殺してなお、その死体を滅茶滅茶にしては高笑いしていたりするし、そういった性癖の者は好んでそういった振る舞いをしていることもある。
この少女は見た目にそぐわず、どうやら後者のようであった。
……だが、真に理解できないのは、自分の目の前にいる少女だ。
小柄な体に赤い制服。金色の髪に、紅い瞳。
無機質にこちらを見つめるその瞳にはあらゆる感情の色がない。
楽しそうにしている訳でもなく、義憤に駆られているのでもなく、義務感ですらない。
伝え聞く暗殺者、サイレントジンですらもう少し何かしらの感情があるだろう。
焦燥や憐憫、少なくとも相手を殺そうとする意志くらいは。
しかし、少女の淡々と自分たちを殺していくその様は、屠殺場の豚を解体していくほどの感情も込められていない。
プログラム通り、決められた作業のとおり、無慈悲にただただ殺すだけ。
こんな相手は見たこともなかった。
そして、技術的には拙い先の少女と異なり、こちらの少女のそれは成熟している。
少々距離があれば銃を、密着したのなら、ナイフ状のもの使い分け、何ら苦戦することなく排除して見せた。
「……クソがぁ!」
隊長の横にいた男が自らの機械化した体を最高速で動かし、少女に襲い掛かる。
装備している銃を撃とうとすらしないのは、少女がそれを完全に見切っており、当たることがない、と確信してしまったからだ。
結果、接近戦を挑む方がまだマシ、とそう思ってしまったのだろう。
最も、結果としては、全く意味のないものであったが。
振り上げた拳を振り上げ、打ち下ろす瞬間、男は先ほどまでそこにいたであろう少女を見失った。
(……は?)
だが、振り下ろした腕は止まらない。そのまま、腕はアスファルトに突き刺さった。
(何処に……?)
そう思った瞬間に、眼前には、右足を一歩引いた半身の状態で、自身の視線上に銃を構えた少女が立っている。
瞬間、男は死を悟る。
少女の瞳は無機質で、まるで人に向ける目ではなかった。
ダァン、という銃声とともに、男の脳天には風穴が空いた。
仲間を殺い尽くされた隊長はわなわなと震える。
「……何なんだ!? お前らは!? 何なんだ、お前は!?」
この国に入るとき、その名は聞かされた。
……彼岸花。リコリス。
漫然と平和を享受するこの国で。
安穏とした楽園を守るために育てられている毒。
揺り籠のごとく、中のものをあやしながらも、異物や外敵には容赦なく襲い掛かる守護者。
かつて、この国に害意を持って乗り込んだテロリストは五体満足でこの国を出られた試しがない。
大きく熟した甘い実があることが分かりながらも、誰もが手を伸ばすことを躊躇していた。
だからこそ、その甘露を味わうべく、意気揚々と乗り込んだまでは良かった。
何もしようとしないならば、比較的寛大ではあったかもしれないが、一度行動をし始めれば、その毒はみるみる内に、自分たちを蝕んだ。
薬物売買による資金源は早々に潰され。
わずかに稼いだその金を洗浄しようとすれば潰され。
洗い終えた更に少しばかりの金で武装を揃えようとすれば潰され。
微々たる武器の供給源を潰され。
外から人を集めようとしては潰され。
ならば、と内側から人を集めようとしても潰された。
……それでも。
元々持ち込んだ武装と、表から集めた綺麗な金は使えそうだったし、人員が十分に集まらなくとも、自分たちは、その行儀の悪さはともかく、精兵だと自負していたからこそ、今日、この日、この作戦の決行に踏み切った
……だが、結果はどうだ。
部下たちはぐちゃぐちゃに引き千切られた。
更には、屠殺されていく家畜のように、その悉くを殺し尽くされた。
戦士として死ぬことすら許されず、まるで虫けらのように。
人として見られることもなく、無慈悲にその命を踏みにじられる。
(…………何を間違えたというのだ!?)
……想う。
……父を殺され、母を殺され、妹を犯されて殺された幼少時代。
復讐の炎を宿し、傭兵となり、誰とも知らない仇に恨みをぶつけ続けた。
……それでも、妻と娘を得て、束の間の幸せを享受したが、再び、それは奪われた。
愛する妻も愛しい娘も目の前で犯し、殺され、その肉片を口に放り込まれ、無理やり咀嚼させられる。その様子を見て、げらげら、と笑う者たちを、一瞬の隙を見て、殺し尽くしたが、奪われた幸せは終ぞ埋まることなく、ぽっかりと心に穴を空けた。
……奪われるのはもうゴメンだと思い、奪う者になった。
最早何もいらない自分が、自分の腕を、足を切り落とし、人の温もりを感じ取れる機械となったところで、何の痛痒もなかった。
むしろもっと奪えると歓喜した。
そして、奪って奪って奪って、殺して殺して殺して、犯して犯して犯して……。
自分は醜い化け物になったのだ。
「……お前たちも……お前も、化け物か!」
自嘲めいたその叫びを聞いて、少女は初めて、くすり、と人間らしい笑みを浮かべた。
……幼げな容姿でありながら、その笑みは妖艶で……酷く淫靡なものに見えた。
「……そうよ? でも、一緒にしないで欲しいわね。あなたは自分のために獣になり、私たちは自分以外のために化け物になることを是としているの。もっとも、私やあの子だけはそもそも化け物として作られた、というべきかもしれないけどね。あなたたちのせいで」
「……ちっ。大崎の野郎の実験か!? あの肉ダルマ! テメェで自分の首を絞めやがって! だが、なら、尚更だ! 何でお前は
「……だから、世界に不幸をバラまこうというの?」
「気持ち悪いんだよ! この国を見ろ!? 誰も彼もが幸せそうに平和が当たり前のような面をしてやがる! 戦争やら紛争は他人事! バランスが取れてねぇよなぁ!? その幸せそうな面を絶望に叩き落して、テメェの反吐の上に顔を叩きつけてやって、そこまでしてもまだ対等じゃねぇ! その上で、グチャグチャに奪って犯して! それでやっと対等さ!」
「あなたの主張は聞いたけど……到底理解できるものではないわね。あなたが、どんな人生をしてきたかなんて、私には知ったことではないけど。世界を恨むなんて筋違いも甚だしいわ」
もしかしたら、同情すべき点はあるのかもしれない。憐れむべき事情があるのかもしれない。だが、その向かう方向をを間違った男は、狩られるべき化け物としかなり得ない。
「……まして、それをこの国に向けるなんて、私が……私たちが許しはしない」
これまで浮かんでいたノバラの笑みを徐々に姿を消し、再び、無表情に戻った。
「知ったことか! テメェらを殺して、俺はぁ!!」
ノバラから距離を取りつつ、特殊短機関銃をノバラに向けて引き続ける。
(はは……やっぱり、こいつは、本当に人間じゃない、化け物だ……)
こちらから目を離さずに、正確に射線を読み切っている。
開戦初期であれば、複数で飽和射撃をするなど対策は執れたのかもしれないが、今や、部下は全滅し、自分一人、援軍があれば、まだやりようもあるだろうが、独断専行での攻撃の開始、さらには普段から蔑んでいた相手である。
助けに来る訳もない。
銃が効かないと分かると、ピンを抜いて、手榴弾を放り投げるが、それすらも読んでいたかのように、上空に蹴り上げた上、自分に捕まらないように体を密着させて、人を盾替わりに使う有り様だ。
「舐めるなぁ!」
機械化された腕の腕力は、人一人など優にひしゃげるし、まして、少女の体では何もできない……はずであった。
彼らに使われている四肢機械化技術は、性能こそ高いが普通の腕の共通している部分が多い。これは元の腕と同様に動かすことができる、ということを重点的に考えているためであるが、これは弱点も継承されている。
四肢を機械化すれば、当然、重心はぶれ、その重さ故に、容易く重心を崩すことになる。
隊長が伸ばした腕を、ノバラは、手前に引っ張りつつ、その重心を狂わせると、すぐさまその腕を捻りながら、前転宙返りをしながら、着地と同時にその腕をて思い切り振り下ろす。
ぐしゃり、と隊長の後頭部がアスファルトに叩きつけられる。
後頭部が割れ、おそらく脳髄をぶちまけているだろう。
……意識の途切れる間際に思う。
(……ああ……俺は失敗したのだ。……憎しみに捕らわれることなく、復讐など考えるべきではなかったのだ。そうすれば、妻も、娘も……隣にいたかもしれないのに。筋違いか……あぁ、そのとおりだったとも……だか……ら……)