Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
血と油に塗れながら、すみれは、ぷく、と頬を膨らませている。
ノバラはすみれが戦うことをあまり良いこととは思っていない節があるものの、すみれ本人は、別に戦うことは嫌いじゃない。
普段から運動を制限され、力を制限され、様々な束縛を受けている彼女が自由にできるのが、任務の時間であり、とりわけ戦闘の時間こそが束の間の自由を満喫できる時間である。
だからこそ、期待外れだった傭兵部隊には、おかんむりである。
(一時間ちょっとくらいしか時間ないのにぃ……つまんないの……)
ぐしゃ、と手の中にあった、元は腕の義肢であった残骸を潰すと、ぽい、と無造作にその辺りに投げ捨てた。
骨格部分、配線系統には金属が使われていたが、その他は強化樹脂と思われるものが多く、その脆さが更にすみれを苛立たせる。
彼らはボディアーマーなども身に着けてはいたが、四肢以外はほぼ普通の肉体である。
すみれの突撃は、どれだけ控え目に表現しても、自動車が突っ込んでくるくらいの衝撃はあるだろうし、同時に、それと同程度の力をもって、四肢をもぎ取ってくるのだ。
少々、遊んでやろう、などと言う軽い気持ちこそが彼らの敗因である。
すみれと戦おうとするならば、近づけさせないことが大前提であり、それができないなら、一切の加速もできないように、その場に押し留めるしかない。
これらの前提なしですみれと戦える例外と言えるのは、すみれ自身の感じるところによれば、ノバラと千束くらいだろう。
この二人が本気になれば、おそらくすみれでは触れることすら難しい。
持久戦になれば先に体力が切れるのはすみれである。二人はすみれに触れられないように逃げ回るだけでも勝てる。
……もっとも、ノバラであれば、正面からでも技術だけで圧倒されるであろうし、千束にしても何がしかの攻略法を考えている可能性は高い。
このようなすみれの戦闘能力を考えれば、すみれに近寄ることすら愚策である。
しかし。
「……何も言わず、引いてはくれませんかねぇ、リコリスのお嬢さん?」
自殺行為であることを知りながらも。
殺すことを覚悟していながらも。
副長は一縷の望みを捨てることなく、すみれにそう声をかけた。
「……ふぅん?」
すみれは楽しそうにしながら、副長の全身を観察する。
ねっとりとした殺気が副長の肌を撫でて行く。
(ハハ、想像以上かよ! こんな恐ろしい気配は隊長以外に感じたことがねぇ……これを、こんなものを女子高生くらいの少女が放つのか……!)
……DAの、リコリスの悍ましさを見せつけられる。
誰にも警戒されない、非力なはずの少女の皮を被った殺人鬼。
幼い頃から刷り込み、使命感を植え付け、罪悪感を鈍麻させ、肉体を鍛え、武器を操る術を教え、平和のためにと謳い、殺人を肯定する。
そうやって量産された
その中でも、すみれの存在は異質である。
彼女たちは、多少の偏りはあっても、正常な倫理観を有しており、意味のない暴力や殺人を嗜好とする者は
戦闘に心躍らせることはあれど、殺しを楽しみはしない。
……しかし、すみれは歪であった。
人外の膂力に幼い精神。
十歳以前の記憶をほとんど有していないすみれは、その知能の良し悪しは置いておくとしても、精神的に成熟しておらず、せいぜいで小学生レベルである。普通であっても、善悪の判断があやふやでもおかしくないのに、その育ちの特殊さ故に、殺人への抵抗感がまるでない。
一方で、体質的に人外の膂力を有している彼女は、戦闘行動においておおよそ苦戦というものをしたことがない。
故に、すみれは戦闘時において興奮と同時に他者に勝るという優越感を抱き、更にはそれに性的快感に似たものを感じている。
よって、すみれは、人という生き物を壊すときを『楽しい』と感じてしまう。
その精神性は常人から見れば、明らかに異常であるし、彼女の殺気は、どうやって
……ノバラとは違う意味で、やはり、すみれも化け物なのだ。
「……あなたたちは、さっきのオジサンたちとは違うね? 面白そう!」
まるで話が通じない様子のすみれに副長は頭を、ガシガシ、と掻きながら、尚も言い募る。
「……引いちゃあ、くれないんですかねぇ、お嬢さん。俺らは無駄に殺したくないんで。殺さなくて済むなら、それが一番良い。俺らの目的は、お嬢さん方の乗ってた車の積荷なんですよ。どうか渡してくれませんかね?」
……偽らざる副長の本心である。そんな言葉を言わなくてはならないことが泣きたくなるほどに悲しかった。
「……うふ」
だが、そんな副長の様子を見て、すみれは、にた、と笑みを浮かべた。
「うふふ。あはは。あっはっはぁ! 本気で言ってる!? 本気で言ってるの!? そんなのダメ! ダメに決まってるじゃない! だって、それじゃあ、すみれが楽しくないもの! 楽しくなれないもの! だから、すみれと
(……クソが……クソが。クソが! クソがぁ!!)
副長の目から見ても今のすみれの存在は化け物としか思えなかった。
血に飢え、血を欲し、人を殺すことを娯楽とした化け物。
(……誰が! 何故! どうして! この子をこんなザマにしやがった!?)
生きていたことは喜ばしい。だが、隊長、御形ハジメが今の彼女の姿を見て喜ぶとは思えず、むしろ、より深い絶望に落とされる気さえする。
副長の心は冷えていく。主の娘を見る目から、徐々に、殺すべき相手と変えていく。
「……そうですか、残念です。……ところで、お嬢さんの名前は、『すみれ』って言うのかい?」
全てが切り替わる最後。ふと、気づいたことが口から漏れた。
「……ん~? そうだよ! すみれがノバラちゃんに保護される前で覚えてるのって、この『すみれ』っていう名前だけなんだよ!」
少しだけ不思議そうな顔をしたすみれが、誇らし気に嬉し気にそう言って、邪気のない笑みを浮かべた。
その笑顔に、道端に咲く、紫の小さな可愛らしい花を思い出す。
「……キレイな名だ。大事にしな」
……そう名付けたと聞いた。
だが、名付けの由来が未だ思い出せないまま。
「ありがとう! ……でも、どうしてそんなことを話すの?」
笑顔のまま、礼を述べたすみれが、きょとん、とした顔をする。
「…………お嬢さんの墓標に刻むんでね? 名無しじゃ、格好がつかないでしょうよ!!」
そして、副長はすみれを殺すべき相手と認識する。
……腕を振り下ろし、部下に攻撃開始を指示した。