Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
副長たちの肉体は自前のままだ。
彼らは安易に四肢の機械置換における戦闘能力の向上を望まなかった。
第一に、彼らはそんなことをしなくても一線級の戦闘能力がある。
次いで、四肢が欠損しているならともかく、あえて、自分たちの肉体を機械になどとは考えなかったことが上げられる。
そして、最後に。それを行って強くなったと勘違いすることを恐れた。
確かに、単純な腕力などは簡単に手に入れることができるのだろう。
しかし、強さというのは別に腕力だけに依存するものではない。
技術然り、武器に対する習熟然り、また、心も然りだ。
心技体が備わってこそ、十全に強さを振るえるのである。
すみれの弱点も機械化兵の傭兵たちと同じように、ここにある。
心が未熟で、技も成熟に至っていない。
ここを突く以外に、副長たちには勝機がない。
にぃ、と獰猛な笑みを浮かべたすみれが、戦闘行動に移るその寸前、いつかの千束と同様に、AK-47から発射された複数の弾丸が、すみれが歩を進めようとするのを阻害する。
「あっ!……んー、もう!」
声を上げ、再度、踏み込もうとすると同時、今度は足だけでなく、肩の辺りにも着弾する。
副長がすみれに対して、にや、と笑みを浮かべながら、自分もAK-47を構えた。
すみれもその意図するところを理解した。
『頭を打ちぬこうとすればできた。さぁ、どうする?』
ぴき、とすみれのコメカミに青筋が浮かんだ。
(……こんなに早く使うことになるなんて思わなかったなぁ)
千束との模擬戦で、今後、相手が同じようにすみれの出足を止めてくるという戦法をとる可能性があることは、他ならぬ千束からも忠告されていたし、それ以前がノバラに指摘されていた。
だからこそ、それに対する対策はすでに出来ているのだ。
無論、相手のわずかな筋肉の動き、衣服の動きを観察して、相手の初動を確実に潰しにくる千束や、完全にすみれのクセを読み切っているノバラには通用しないであろうが。
元リリベルたちは、おそらく、すみれの溜めの動作から体重移動のタイミングを観察して読み切っているだけに過ぎないであろう。だとすれば、この初動を止めることに重点を置いているだけのこの元リリベルたちでは、対応はできないだろう。
すみれは、唯一顔だけをガードしながら、だらりと体の力を脱力させる。
これまでの戦闘の姿勢から大きく異なる姿に元リリベルたちは困惑するものの、目を離す訳にも行かず、これまでと同じように動き出す、その直前の瞬間を待っていた。
……しかし、それでは遅すぎる。
……ぱん、と空気の弾ける音がした。
それと同時、ばちゅ、と何かが破れる音がする。
「あーっ!? 汚れちゃったー!?」
直前まで自分の視界内にいたはずの少女の声が自分の後方から聞こえる。
副長は恐る恐るその声の方に振り返る。
「うぇぇ……! きちゃない……!」
(…………何をどうやったら、そんな風になるんだよ……っ!?)
頭から顔の半分ほどを血で濡らしたすみれが、自分に着いた血を拭うようにしながら、腕を振り、ぺっ、ぺっ、と口に入った血を吐き出している。
そして、その足元には、上半身と下半身が分断されて絶命している部下の姿がある。
「うーん……やっぱり、ノバラちゃんみたいに上手くできない……」
すみれが行ったのは大層な技術ではない。
極論を言えば、
しかし、極めて予備動作が少ないが故に、動いた、ということを認識し辛い。
結果として、消えたようにすら見える。
縮地、瞬動、無拍子。仮に極めたとするならそう言った名で呼ばれるものかもしれないが、すみれのそれは拙い。
立っている力さえなくなってしまう程に脱力し、しかし、完全に力が抜け切れる以前に、最大限の力で前に体を蹴り出す。
……それはあるいは矢を放つ瞬間に似ていた。
「でも、ちゃんと練習しないとね! じゃあ、もう一回!」
「やらせるなっ! 止めろっ!」
にひ、と笑ったすみれが、楽しそうに再び脱力の体勢を作るより先に、副長の声が響き、銃声が轟いた。
「……残、念……でしたぁぁ!」
しかし、すみれは結局脱力せず、ぴょこ、と横に跳んで銃弾を避けると、そのまま加速を開始して、手近な元リリベルを
(連携の乱れを突かれた!? ……いや、狙ったのか!?)
先の攻撃で仲間が文字通り弾け飛んだという精神的な動揺も少なからずある。
その上で、同じ攻撃を止めようと考える、その意志は皆同じだったが、一糸乱れぬハズの連携がズレた。恐れから、あるいは、焦りから。
すみれは、それを察知していたからこそ、同じようにすると見せかけて、ずれた連携の合間を突いて、突撃を慣行しているのだ。
そして、移動した先で、彼女を押しとどめることは難しい。
既に陣形は崩されている。
(ちっ……どうしたものか。陣形が崩れたままではな…………だが、残念だったのはお互い様かな?)
まぁ、元リリベルとしては、バカ正直に正面対決だけをする訳がない。
優先順位があるのだ。
最悪、それだけ叶えられれば、自分たちが死んだところで何ら問題ない。
「……どうしたの、オジサン?」
ふふ、と副長は知らず笑みを浮かべていた。
すみれの問いに、副長は自分の笑みが漏れていたことを悟り、口元を引き締めなおした。
「なに。アンタらの勝利条件と、俺らの勝利条件は違う、ってことを改めて確認していたところだよ」
……必ずしも、すみれやその相方の少女を倒す必要はない。
だからこそ、幾人かを迂回させて車両の方へ向かわせているのだ。
当然、彼女たち以外にも護衛がいるのだろうが、いくらなんでもここまでの化け物二人以上が存在する訳もない。
賭けに勝てる目もある、とそう信じていた。
「ああ! 荷物が欲しいんだったね? ……ん~……でも、本当に、おじさんたちが欲しいものはあるのかな?」
にたにた、とすみれが笑う。
そして、車両側に行った部下たちの応答もない。
焦りと僅かな恐怖が副長の神経をすり減らしていく。
「それに、まだまだ、すみれにもっと付き合って貰わなくちゃ! だから、簡単に死なないでね?」
そう言って、すみれが再び動き出す。ぱらぱら、と撃たれる銃弾では、彼女を傷つけるのは不可能だ。
今のすみれにとって、元リリベルたちは丁度良い練習相手だった。
多少の動揺はあっても、落ちない戦意。
先の傭兵たちとは違い、組織だった動きは戦い辛いとは思うものの、それを壊していくのが楽しい。どうやったらいいのか、どうやったら効率的にできるのか、興奮状態の頭の中でも、そんな考えが巡り出す。
突撃して轢き殺すだけでなく、すみれの攻撃方法は徐々に変わっていく。突きや蹴りを使うようになり、死体を盾にしたり、さらにはそれを投げつけてくる。
少しずつ、変化してくる。少しずつ進化していく。
(……パワーとスピードだけじゃない!? 技術の拙さはある。だが、形として見たなら、お手本通りと言えるだろうが……)
正拳突きは顔面を破壊し、上段蹴りは頭を弾け飛ばす。腕を取って、投げれば、脳天を地面に突き刺し、その腕を、足を捥ぎ取る。
その使い方は副長の想像を超えている。
「ふふ……アハハ! 楽しいねぇ!?」
こっちはちっとも楽しくないよ、と絶望の表情を浮かべた副長は引きつった笑みを浮かべていた。