Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
集中を深めていったノバラの表情は徐々に無くなっていく。
真一文字に結ばれた唇。薄く細められた目。そして、昏い色をした瞳。
これまでの、どこか楽しそうにしていた姿は消え失せ、暗殺者を思わせる殺しを生業とした者の姿となった。
その雰囲気の変わりように、さすがの大崎も思わず息を飲んだ。
(……何だ、コレは? リコリスらしいと言えば、そうかもしれないが、ここまで変わるものなのか?)
不安を隠すようにAK-47を構える。
大崎の構えは通常のアサルトライフルを構えると言うよりは、まるで拳銃を構えているようであった。
(……いずれにしろ、戦う以外の選択肢はない。生かして持ち帰るなど考えていれば、その甘さで殺されるだろう。これほどの母体、殺すのは忍びないが仕方あるまい)
大崎は、ギロリ、とノバラを睨みつけ、殺気を持って、引鉄を引いた。
◇◆◇
引鉄が引かれるその直前、ノバラは動き出していた。
射線もタイミングも読み切ったノバラに銃弾が当たることはあり得ない。
だが、大崎の持つAK-47の脅威度は高い。ノバラとしては、それを振り回される方が厄介であった。
故に、ノバラの狙いはそのAK-47そのものだ。
銃弾を躱しつつ、大崎の懐に飛び込んだノバラは、左手でM1911を構えると、その銃身を目掛けて、銃弾を放つ。
大崎自身の体に当たれば何の意味もなさないだろう。
しかし、元が劣悪な環境でも動作が保証されていて、多少頑丈に改造がなされているとは言え、AK-47はただの銃でしかない。
加えて、銃を撃たれた衝撃を大崎は殺さなければならない。
自然、若干の力を加え、硬直することになる。
……その隙をノバラは見逃さない。
右の逆手で抜かれた『花鋏』が振るわれる。
ぴっ、と空気を斬る音とともに、銃把を握っていた大崎の右手の親指が宙を舞った。
◇◆◇
(……熱い?)
右手に走った衝撃に大崎は顔を顰めた。
斬られた、という認識がなく、右手親指の辺りに熱さが走ったように感じていた。
だが、愛銃が、ずる、と手から零れ落ちるような感覚がしたため、自分の手を見て、初めて気づいた。
(……無い!?)
親指が無かった。
よく見れば、自身の親指が宙を舞っている。
綺麗に根本から切断され、だと言うのに、ほとんど痛みがない。
何故、と思い、少女の姿を探せば、逆手で短刀を振り抜いた少女の姿が見える。
短刀を振り抜いたその姿は大崎に対して背を見せている。
背中越しに、ちらり、と大崎を確認するその目は恐ろしく冷たく、昏かった。
「ぐぬっ!?」
直ぐ様、少女を振り払おうと、左手で少女に掌底を向ける。
その速度は、大崎の体に似つかわしくないものである。
……これが普通の相手であれば、押し潰されて終わりである。
しかし、少女は、掌底をギリギリで避けると、今度は、左手首に熱さが走る。
今度は、斬られた、という認識があった。
だからこそ、大崎は混乱した。
(何故だ!? 何故、斬れる!? 俺の体は銃弾も通さず、ナイフであっても刃を通さないはず!)
醜く膨れた体と分厚い皮。
加えられた衝撃を、強靭かつ柔軟な皮で包み、脂肪で散らし、筋肉で受け止める。
大崎の体はそのように出来ている。
だが、少女は易々と大崎の体を斬り裂いた。
(短刀の質? 使用者の技量? あるいは、その両方か? だが、何故だ!? 錦木千束にそんな技量があるとは聞いたことがない!)
……大崎は、ふと、違和感を覚えた。
銃弾を躱せるリコリス。美しい金髪のリコリス。
そんな先入観で何かを見落としていないか。
ずる、と少女の激しい動きで、少女の髪がずれた。
金髪の間からは、艶やかな黒髪が見える。
「……ありゃ? ズレちった……☆」
先ほどのまでの冷たい表情から打って変わり、少女は実に楽しそうな笑みを浮かべている。
(……錦木千束ではない!?)
愕然とした表情で大崎は少女を見つめた。
リコリスの中で、自分と対応に渡り合えるとしたら、錦木千束、伊達すみれ以外はあり得ないと思っていた。
だとすれば、この少女は……。
「何者だ、貴様ぁ!?」
大崎の怒りの声に、少女はにんまりと笑った。
「ざんね~ん、ノバラちゃんでしたー☆ ねぇねぇ、今、どんな気持ち!? ずっと、千束が相手だと思ってたのに、別人だったことに気づいて、今、どんな気持ち!?」
けたけた、と少女が笑いながら、大崎を煽る。
大崎は必死に考えを巡らせる。
右手親指と左手を斬り落とされたとは言え、まだ逆転の目はある。そのためには相手が誰かを知る必要がある。情報があれば、その情報を元に戦いようもある。
「……ノバラ……? ……最上ノバラか? 伊達すみれの相棒の……」
リコリスの情報は少ない。だが、ファーストクラスであれば、それなりの知名度とともに、その情報も上がってくる。
その中でも極端に情報の少ないファースト。
……いや、情報はあるにはある。……最弱のファーストとして。
完全に脅威と見ておらず、マークしてすらいなかった。伊達すみれの方がより脅威ということもあったが。
「ふーん? 一応、名前くらいは分かっているんだね。興味はなさそうだけど。そうだよ? 私が、最上ノバラ。あなたが唆した
『
そう聞いて、大崎は記憶を喚起した。
「……あの失敗計画か。生き残りがいたとはな」
記憶の片隅には確かにある。だが、特に執着もなく、興味もなかった。実験結果は承知しているが、大崎の認識としては、着眼点から失敗した計画だと認識している。
「御挨拶だね? 別に期待はしていないけどさ。謝罪とかないの?」
「謝罪? 何故、俺が謝罪をする必要があるのだ?」
「あはは。思っていたとおりのクズで安心した。罪悪感を抱かなくて助かるよ……まぁ、私にそんなものはないけどね?」
少女、ノバラは肩を竦めて苦笑する。
そして、楽しそうにしていた表情から一転、短刀を振るっていたときの冷たい表情に変わる。
「『狼は生きろ。豚は死ね』。その例によるなら、私が狼で、アンタは豚。なら、醜い豚は正しく死になさい。私たちが用があるのは、アンタの頭の中身だけ。四肢はいらない、邪魔だから。綺麗に頭の中身を抜かれたら、痛みもなく屠殺してくれるよ、きっと。まぁ、それで、私の留飲が下がる訳じゃないけど、私の、私たちの痛みの万分の一でも味わうがいいよ」
ノバラの言葉に、大崎は、牙を剥くようにして、ノバラに襲い掛かる。
右手を伸ばして、少女を掴もうとする。
その初動。手首と肘を斬り裂かれる。
ならば、と右足で蹴りを放とうとすれば、反対の軸足の膝を斬られた。
自重で、ずる、とバランスを崩し、中途半端に投げ出された右足が根本から斬り取られる。
どさり、と驚愕の表情のまま、仰向けに倒れた大崎をノバラは冷たく見下ろし。
……残りの邪魔な部分を削ぎ落した。