Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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01 In the night, a rose blooms……

『ノバラ、数は確認できているか』

「一六」

 

 インカムから聞こえてきた声に少女は黒髪を右手で軽くかきあげながら、短く告げる。

 それでも、最上ノバラは息を潜めたまま目の前の「敵」から意識を外さない。

 不思議と存在感の希薄な少女であった。

 どこか儚げで、美少女というにはいささか幼げだが、整った顔立ちをしている。しかしながら、空気に溶け込んでいるような感があった。伸びた前髪が目の辺りを覆っているせいでもあるだろう。すれ違えば、可愛いなと思うのに、次の瞬間には忘れ去られるよう、印象に残らない風体である。まぁ、物理的に色々小さいというのも一因であろうが。

 

『……思ったより少ないな。分散したか?』

「たぶん。そっちはすみれで大丈夫では?」

 

 自らの相棒たる伊達すみれはノバラとは別の場所に待機している。

 これは予め計算された配置だ。

 屋内ではノバラが。屋外ではすみれのパフォーマンスが最大限に発揮されるということもあるだろうが。

 

『……すみれ、な。掃除が大変そうだな』

「のぞき見をしている誰かさんへの威嚇、という意味では効果的かと」

『いや、まぁ、そうだが……』

「司令は見ない方がいいですね。当分お肉食べられませんよ。モツとか」

『言うな。見る前から食欲が失せる』

 

 この業界。リコリスに関わるならば、死というものとは切っても切り離せない。インカム越しの楓司令とて、それは例外はない。

 銃殺、刺殺、焼死、溺死。拷問ということもあり得る。

 敵もさることながら、味方の死体の確認をすることも必要だ。

 だからこそ、死体は見慣れている。

 

 ……それでもなお肉が食えなくなる惨状。

 

「掃除」のしやすさというのも、配置上計算されているのかもしれない。

 

『……すみれの方でも一〇名程確認した。残すのはアチラでいいだろう。お前は全て殺せ』

「……こちらでも少し残した方がいいと思いますけど」

『知らん。『デイジー』の指示だ』

 

 次世代スーパーコンピューター「デイジー」は、中身がほぼブラックボックスと化しているものの、極めて優秀な演算装置であり、AIだ。不思議なことにこのコンピューターは人間の情緒というものを理解している「らしい」。あとの掃除に係る精神的ストレスも計算しているとすれば、この配置は彼女なりの「優しさ」なのかもしれない。

 その優しさ、心遣いに相手が気が付いてくれるかは微妙だし、敵には全く優しくないわけだが。

 

「では、こちらは始めますね」

 

 そう言うと、ノバラは身を潜めていたコンテナから無造作に体を乗り出し歩き始める。

 翡翠色の制服は、倉庫内では場違い感が甚だしい。

 これでは都市迷彩としての女子高生というカヴァーは何の役にも立っていない。

 

 指揮官らしき男が激しい口調で様々な指示だ出しており、指揮下の男たちは忙しなく動いている。

 

(中国語……かな? どこの方言だろう)

 

 ノバラとすみれは何も聞かされないまま、現場に突っ込まれた。

 

 余計なことを教える必要はないということもあるが。

情報などなくてもどうとでもなると思われている妙な信頼感のせいでもある。

 

(まぁ、関係ないか……まずは一人)

 

 誰にも気取られないまま、ノバラは木箱を持ち上げようとしている男の背後まで来ていた。

 少なくとも、指揮官の男には見えている「ハズ」だ。周囲の男たちでも、目線を配れば、ノバラに気づくのが自明だ。

 しかし、誰一人気づかないまま。

 

「ギュッェ!」ゴキッ!

 

 憐れな男は首をへし折られて絶命する。その表情は驚愕であった。

 

 何故自分が死んだのか。何故自分が気づかなかったのか。何故こんなところに少女がいるのか。何故、なぜ、ナゼ……

 

「おい! どうした!」

 

 指揮官の男が、『急に首がねじ曲がった部下』に気づく。

 その隣に翡翠色の少女が「いた気がする」。二、三度瞬きをすると、少女はそこにいない。

 幻か、それとも。

 

「敵襲だ! 警戒を……っ!」

 

 違和感を敵襲と瞬時に判断した指揮官の男は実戦経験が豊富だったのかもしれない。優秀な指揮官なのだろう。

 だが、それでも遅かった。

 ノバラは背後から指揮官の男にナイフを突き立てていた。

 

 指揮官の男は自らにナイフが刺さるまで、ノバラに気づけなかった。

 

(クソがっ! まるで気配がない! 冗談だろう! すぐそこにいるのに、認識できないなんて!)

 

 せめてもの反撃にと懐から銃を取り出すが……。

 

「いい反応ですね」

 

 にこりと微笑むノバラのナイフが心臓に刺さるのが先であった。

 

「ガッ……っ!」

 

 膝をつき、そしてやがて仰向けに倒れ込む。

 見上げた少女の姿はそれまでと違ってやけにはっきりと目に映る。

 

(あぁ……何年も会っていないが、娘は丁度この年頃か。一緒に暮らしていたら、どんな風に育っていただろうか。「パパの洗濯物と一緒に洗わないで!」とか言われそうだな。そんなこと言われたら泣くぞ。でも、その内、彼氏とか連れてくるんだろう?平静でいられる自信がないな。結婚式で真っ白なウェディングドレスを着たあの子をエスコートして……いや、無理だな……もう、天使がここに迎えに……)

 

「大兄! くそっ! 『誰がやった!』」

 

(……なんだ、おまえたちにはみえないのか……この……うつくしい……てん…し……が…………)

 

 指揮官の男が息絶えるまでの数分あるいは数十秒。

 男は部下の声にならない悲鳴を聞きながら、翡翠色の天使の舞に見惚れていた。

 

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