Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
千束は、ぶすっ、とした顔で、不機嫌そうに窓の外を眺めていた。
たきなとしても、ノバラの行動に思う所が無いわけではないが、彼女からすれば、それが最適だと判断してのことだろうと、一応の理解はしている。
果たして、自分が彼女の立場だったとして、ここまで徹底して合理的に、そして、秘密裏に事を運べただろうか。
(……千束に出会う前なら、合理的に作戦を考えることはできたでしょうが。しかし、やはり、ここまで徹底した秘密主義は私には無理そうですね……。ですから、この作戦はやはりノバラ以外には成しえないということ……千束もそれは理解しているでしょうが……)
千束の心情を慮るにやはり面白くはないだろう。
好き好んで妹を囮にしたい訳がない。
「……あ」
千束が何かに気づいたように、声を上げる。
「ああ!? くそ!? やられた!? 何で私は気づかなかったんだ!?」
がしがし、と千束は髪を掻きむしるようにして、悔しそうにしている。
「……千束?」
たきなが、そんな千束の様子に首を傾げると、千束は心底悔しそうに親指の爪を噛んでいる。
「くぁぁ!? あの子のことだから、意味があってやってるに決まってる! ファーストの制服を着ていたのも、わざわざM1911を新調したのも!」
むきー、と声を上げる千束を見ながら、運転中の楓がカラカラと笑い声を上げる。
「お? 今頃、気づいたのか? 言っただろう? 囮だって」
「私になりすましたんですね、やっぱり!?」
「千束の知名度は高いからなぁ……ちょっと、調べれば、お前が警戒すべき相手だと分かる。その一方でノバラは? DA内での評価は高いが、それは戦闘能力そのものよりも、隠密能力の高さだ。加えて、あいつの情報は極めて少ない。DA内での取り扱いですら、非正規戦扱いだからな。だとするなら、千束がいる方が重要だと思われることになる訳だ」
「だから、私のコスプレするって? ……頭おかしいんじゃないの、あの子……」
千束が溜息をつきながら、顔を手で押さえた。
「そうか? 少なくとも、電波塔事件の頃のお前には寄せてくるぞ?」
はぁぁ、と千束は一層深いため息をつく。
「……ノバラが千束のコスプレを……?」
ふむ、とたきなは考える。
元より、二人の性格や仕草といったものは結構似ている。髪の色が全く違うし、顔の造りも結構違うのだが、並んでいれば、あぁ、姉妹だなぁ、と思うくらいには、良く似ている。
逆に言えば、髪と顔さえ何とかすれば、良く知らない人間からすれば、本人と思われてもおかしくない。
髪はウィッグで、顔は化粧で、何とでもなるだろう。
「……もしや、すごい似ているのでは?」
想像するだけでも可愛らしいが、まず、間違いなく似ている。たきなはそう確信していた。
そんなキラキラしたたきなの目を見ながら、千束は苦笑する。
「悔しいけど、結構似てるよ……そもそも、あの子、前にも私に成りすましたことがあるんだわ……」
「あ~……あの、千束がかき氷食べ過ぎて、トイレの住人になったときな!」
「何で知ってるんですか!? って、あぁ、そっか……楓さん、確か、あのとき、ミズキと一緒にいましたっけ……?」
◇◆◇
ミズキが喫茶リコリコに再就職して、しばらくした頃、ノバラと楓が一緒に来たことがあったのだ。
翌日には、楠木に頼まれた仕事があったのだが、ノバラを伴って遊びに行った夏祭りで、面白がってかき氷をたくさん食べたのである。そして、寝る前くらいに千束はお腹を下した。
ひぃん、と悲鳴を上げていた千束を、ノバラはけらけらと笑って見ていたたのを覚えている。
翌日も治まらず、仕方なく、お断りの連絡をしようとしていたのだが。
『フキお姉ちゃんに電話するから、そのついでに言っておくよ』
そう言ったノバラの言葉に甘えて、薬を飲んで休んでいた。
そして、うとうとと眠りについた、数時間後。
楠木から労いの電話が掛かってきた。
自分は一日休んでいたはずなのに、『イレギュラーが多く大変だっただろうが、良くやってくれた』と、仕事を完遂したかのような言葉に千束は首を傾げた。
その疑問の答えは、何事もなかったかのように帰ってきたノバラの姿を見て、気づいた。
小柄な体に赤い制服、金色の髪。
在りし日の自分を見ているようではあったが、どうやら、しれっと自分のコスプレをして、仕事を片付けてきたらしいことを悟った。
◇◆◇
「それはまた、何ともノバラらしいと言うか何と言うか……」
今のノバラと比べると、ちょっとツメの甘いところがあったのが何とも微笑ましい。
「……あの子の私のコスプレはねぇ……何せ、先生ですら、驚いていたからなぁ……」
あのミカが二度見するくらいには似ていたとのこと。
「戦い方も合わせられては、フキが現場にいたり、楠木さんが直接指揮していない限り、バレっこないんだよねー……」
銃弾を避けながら戦う戦闘スタイルなど、リコリスの数は多かれど、千束とノバラくらいのものである。
それ故に、特徴的な千束の姿を模したノバラがそのように振舞ったのならば、多くの者がノバラを千束と勘違いすることは間違いない。
「……辟易したのは、そのときに一緒に行動してたサードの子たちから、熱烈なラブレターが届いたことかな……あの子は、私の格好をして一体何をしたのやら……」
千束は遠い目をする。
今でこそ、たきなとそういう関係であるが、当時の千束は完全なノーマルで、同性から熱烈なラブレターを貰って大層困惑した。
しかも、こう、可愛らしく、『好きです!』って言われるくらいなら、微笑ましく読めたものを、こちらが赤面するくらいのリビドーをぶつけられては、純情な千束は顔を赤くして、ちら読みするくらいしかできなかったのである。
「……ノバラのことですから、無駄に無自覚に格好良いことでもしてたのでは? どうにも厄介な事態になっていた気もしますし……」
「それな! 大いにあり得る……そこんとこ、どうなんです?」
千束の言葉に、楓は軽く、頬を掻きながら答える。
「あー……私も詳しいことは知らんけど。確か、薬物取引の現場に乗り込んだんだろ? そしたら、思いの外、やべぇ連中で、同伴していたサードが人質に取られて、薬を打たれていたか何かしてたんじゃなかったかな……?」
「それを華麗に解決して、惚れられて、ってところですか……」
「いーや、
ふんす、と期待した様子の千束の様子を見ながら、楓は当時の記憶を呼び起こす。
直接関わっていた訳ではないから、実際どうだったのかまではそこまで詳しくはないが、一応、ノバラから報告を受けた記憶はある。
「……うーん? ……確か、『そんなにおくすりが好きなら、お前らにも打ってやんよ!』とか言いながら、致死量ギリギリで注射して回ったんじゃなかったかな? 全員でろでろになった状態でDAに引き渡されたって聞いたし……おかげで尋問が楽だったとか何とか……」
運悪く人質にされて、薬物を注射されたリコリスに何をするつもりだったのかはあえて突っ込まないが、おそらく、その辺りがノバラの逆鱗に触れたのかもしれない。あるいは、薬を打たれたリコリスの状態に自分自身を重ねたのかもしれないが。
「……そういうヤツだよ、あの子は……」
相手を鎮圧するために、そんなことをするリコリスはノバラ以外にいないし、できる者もいないだろう。
……基本、ノバラは悪戯好きなのである。