Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
車は既に立川市内を走っている。
すれ違う車はまだ少ないが、徐々に街が動き出し始めていた。
「……そう言えば、移送する対象者とどうやって合流するんです? 普通に拘置所の中に入るんですか?」
「いんや? 花葵とその協力者連中が拘置所の中から車で連れてくるから、私らはそいつ等と車を交換する」
たきなの言葉に楓はそう答えながら、市役所前の辺りに車を停める。
早朝とは言っても、もうそろそろ、ジョギングをしていたり、散歩をしている人の姿がちらほら見える。
「……ノバラたちは大丈夫でしょうか?」
「たきなは心配し過ぎ! あの子のことだから、心配するだけ無駄だって! どうせ、敵を煽り散らしてるに決まってる!」
「私も同感。ノバラは言うに及ばず、すみれも元気に
「……
「
うぇぇ、と楓が顔を顰めると、千束も頬を引きつらせた。
「ありゃあ……それじゃあ、せりたちはご愁傷さまだねぇ……」
千束もたきなも、仕事柄、人の死体は見慣れているとは言え、そこまで酷い死体に出くわすことはまずない。
(まぁ、肉は食えんでも、甘い物くらいなら食べられるでしょ。ノバラたちは仙台に向かうにしても、あの子たちは、こっちにいるんだろうし……迷惑料代わりに何かたべさせてやろうかなぁ?)
千束は自身の妹分たちが彼女たちに迷惑を掛けていることを心の中で謝りつつそんなことを考えていた。
千束がのんびりと考えている横で、たきなは、目つきを鋭くしながら、バックミラー越しに近づいてくる車両を捉えていた。
「……楓司令、千束。たぶん来ました」
「うん? ……あー、そうだな。あれだわ」
「おろ? パトライト付いてるじゃん。一般車両に擬装しないんですか?」
「いざ、というときは、あれ点けて飛ばすんだからいいんだよ」
「え!? 点けていいの!? 私、運転したい!」
赤色灯を点けて、かっ飛ばせるかも、という想像に、千束が目をキラキラさせる。
「あほ。お前たちはいざというときには身柄を押さえてもらわなきゃ困るのに、運転なんかさせる訳ないだろう?」
「ちぇー……」
ちょっとくらいいいじゃん、と千束が小声で文句を言っている様子にたきなは思わず苦笑しながら考える。
(クルミのときのスーパーカーといい、サクラのバイクのときといい、千束はやっぱり
「おし、じゃあ、乗り換えるぞー。忘れ物するなよー」
楓がそう言いながら、車を降り、千束とたきなも自分の荷物を持って、それに続いた。
◇◆◇
楓は運転席に乗っている人と窓越しに何事か話すと、手で車に乗り込むように、千束とたきなに指示した。
車両左側のスライドドアが開き、中からスーツ姿の男性が先に一人降りてくる。
「……それでは、よろしくお願いします。一応、手錠も捕縄もしていますが……相手が相手ですからね……気休め、にもならないでしょう。十分気を付けてください。一応、体裁は通常の護送扱いですので、必要書類関係はカバンの中にあります。あまり意味はないかもしれませんが、手配書なんかもそこです。仙台に着けば、また、担当の者のと変わることになりますので、そちらの方、引継ぎをお願いします」
それなりに鍛えこんでいるベテランらしき男性が千束にそう言って引継ぎを行った。
にこ、と千束が微笑むと、千束の可愛らしさ故か、照れたように少し顔を赤くしている。
「はい。ありがとうございます。……たきな、一応、縄預かって交代してあげて」
「はい……代わります」
たきなは先に車両の中に入り、縄尻を持って待機している男性と入れ替わる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。道中お気をつけて」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
ほっとした様子の男性から捕縄を引き継いだたきなは、今回の本命、御形ハジメの左隣に座った。
確かめるように捕縄を握りながら、たきんは、ちらり、と御形を伺う。
年齢は三十代なのだろうが、もっと若く見えた。
坊主頭で切れ長の目は強面と言ってもいいのだろうが、あまり恐怖を覚えさせない不思議な感じがした。
千束が車に乗り込むと、御形をジッと見つめた後、ため息をつくようにしながら、たきなの前の座席にどっかりと座り込んで、ドアを閉めた。
何となく千束が不機嫌そうな様子を感じ取り、たきなは怪訝そうな顔をするが、千束はそれに気づきながらも、気づかない振りをして目を閉じた。
(うーん……コイツ、私より強くねー?)
千束の内心は冷や汗を掻いていた。
御形を見た瞬間にぞわりとしたものを感じていたのだ。
強者特有の雰囲気。
正直、同じ車内に一秒たりとも一緒にいたくない。
自分がそう感じているにもかかわらず、たきなは何というか、けろっとしている。
たきなの感覚が千束のそれより鈍いとは思えない。自分と同等か、あるいはそれ以上でもおかしくない。……たきなは勘が鋭いのだ。
だと言うのに、たきなが平然としている様子には少し違和感を覚えていた。
……だが、すぐに思い至ることがあった。
(……そうか。だから、ノバラはたきなの所に泊まっていたのかもしれないな)
勿論、考え過ぎの可能性もあるが、ノバラが何の考えも無く、たきなのところに泊まることを決めたとは思えない。
確かに、千束にすみれの教育をさせるために、という意図もあったのだろうが、もう一歩踏み込んで考えてみれば、たきなに対しても何らかのアプローチがあったと考えてもおかしくはないだろう。
つまりは、たきなに強者と共にあることを慣れさせる、という意図だ。
(……ヤバさ加減ではこちらの方が当然ヤバいが。それでも、ヤバい相手と一緒にいるっていうこと、それ自体が普通だと思わせることができたなら……?)
当然に、ヤバいヤツの隣にいたところで、何も慌てることはないだろう。
もっとも、これはたきなが元々変に慌てるような性格ではなく、肝が座っている、ということも影響しているのであろうが。
「……千束?」
「ああ、ごめん、たきな。ちょっと考え事をね……」
たきなの心配そうな声に千束は我に返って、たきなに向かって軽く微笑むが、たきなが何かを言う前に、隣にいる御形が反応した。
「……千束? ……錦木千束か?」
まさか名前を知られているとは思わなかった千束は、おや、という顔をしながら、作った笑顔をしながら、冷たい視線を御形に向ける。
「……ど~も~、御形ハジメさん? 一緒に仕事をしたことはないと思うんだけど?」
確かに彼の現役時代は千束がリコリスとしての活動を始めた頃と若干被ってはいる。しかし、リコリスとリリベルという立場の違いも考えれば、一緒に仕事をしている仲でも無ければ、名前を知られることもないと思われた。
「……歴代最強のリコリスになる、と言われていたんだ。チェックくらいしている」
「あら、ありがとう。全然嬉しくないけど!」
貼り付けたような笑顔のまま、千束がそう答えると、御形はなおも言い募る。
「……しかし、その心臓は頂けないな。そうせざるを得なかったのだろうが、できるなら今からでも生体心移植を勧める。それでは、君の全力は出せないだろう」
ひく、と千束が頬を引きつらせ、コメカミに青筋を浮かべる。
これまでの千束の人生を考えれば、バカにしている、と取れなくもない、配慮のない発言であった。
「……あぁん!? 人の事情も知らないで勝手なことを!」
当然、千束は我慢できずに口を荒げて、御形を睨むが、御形本人は涼しい顔をしている。それがまた癇に障ったのか、千束が掴みかかろうとする仕草を見せたので、堪らずたきなは間に割って入った。
「千束、止めてください。単なる挑発です」
そう言えば、千束は面白くなさそうな顔をして座席に座り直した。
「……別に挑発ではない。機械では結局、限界ギリギリを引き出せまい、とそういうことを言いたいのだがな……」
しかし、御形は千束のことなどお構いなしに、自己の意見を開陳する。
(……この一瞬で千束の心臓のことに気づいた。真島と同じように、聴覚が鋭いのでしょうか……? いえ、それよりも……この人、千束の強さを分かってなお、問題ないと考えている……?)
自身の強さに対する自負心の強さ故か、千束の強さなども歯牙にもかけない、といった様子の御形を見て、たきなは疲れたようにため息をついた。