Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「はぁい! 被収容者との私語は無用に願いまぁす!」
運転席のドアを開けて車内に入った楓が、パンパン、と手を叩いてそう言った。
千束は面白くなさそうに、ふん、と鼻を鳴らしているが、たきなは少しだけほっとした。
……しかし、たきなの隣に座っている御形はそうでもなかったようで、幽霊でも目撃したかのように顔を青くしている。
「……っ!? お前は……!?」
震えるような唇で御形がその言葉だけを絞り出した。
驚愕、困惑、そして、僅かな歓喜。
そんな感情がない交ぜとなった御形の表情にたきなは少し首を傾げる。
「ご機嫌は如何かな、御形ハジメ?」
後部座席を覗いた楓が、にぃ、と面白そうに口の端を吊り上げた。
たきなは、何となく因縁がありそうだな、と事態の趨勢を見守った。
ふぅぅ、と御形が長い溜息をついてから、鋭い視線で楓を睨む。
「……カエデ。何故、お前がここにいる?」
そんな御形の言葉に、楓は、くく、と喉を鳴らし、時折ノバラが見せる相手のことを何とも思っていない、虫を見るような視線を返した。
「……言う必要があるか? どうでもいいが、ウチの若いのにコナ掛けてんじゃねぇよ。私が、よし、と言わない限りは、お口にチャックだ。おーけー?」
威圧的、とも言うべき、楓の視線と言葉は、その戦力差はともかくとして、御形を黙らせるには十分だったようだ。
御形は静かに頷くと瞑目する。
「よし、じゃあ、出発するぞ、千束、たきな。……あと、
(……どういう意味なんでしょう……?)
楓の言葉の意味が分からずに、たきなは、ふむ、と俯き加減で考える。
ゆっくり走り始めた車の加速に合わせ、たきなはシートに体をゆっくりと預けつつ、ちらり、と隣の御形を見る。
ちり、と肌を焼くような感覚がある。
(……強いのは間違いないです。やはり、事前情報のとおり、すみれに近い体質なのでしょう。服の上からでも、普通じゃない筋力量なのは分かります。手錠と捕縄も気休めにもならない、というのは同意見ですね)
脅威だ、とは思うが、不思議と恐怖も嫌悪も感じない。
(……ああ、千束が私を見て変な顔をしていたのはそれが理由ですか。ノバラで慣れた、というのもありますが……)
たきなとしてはそれだけが理由でもないだろうと思っていた。
ノバラは自己評価が低いし、対外的な、数値的な戦闘能力は高くないことはたきなも理解している。だが、それはあくまで表面上の話で、強い、と言うか、畏怖されるべき存在であることも理解している。
その気になれば、誰であろうと躊躇なく殺しにくるのがノバラの強みでもあるし、その手段も簡単なものから悪辣なものまで、最も効率的なもの最適に判断してくる辺り、実に性質が悪い。
一緒に生活している間、二人でだらだらと甘えたり、甘えられたりしながらも、時折、殺気を放ったり、たきなの弱点を探すかのように観察をしてくることもある。
ぱっと見はほのぼのと生活していたかのように見える二人ではあるが、水面下では隙を探るノバラとそれを見せないようにするたきなの攻防もあったりしたのである。
……もっとも、ノバラのそれは、たきなが千束にふさわしいかを見極めるための試験のようなものであったのだろう、とたきなは認識しているが。
さて、こんな生活をしていてたきなには、分かったことがある。
相手が脅威な存在だからとして、年がら年中殺気立っている訳ではない、ということだ。
オンとオフのようなものがあり、これが入っていないウチは脅威は脅威足りえないのである。
この点、今の御形はオフの状態であるように思えた。
殺る気のない時点で、ある程度の警戒は必要にしろ、たきなとしては、そこまで注意を払うべき存在ではないと考えている。
千束が過剰と思えるほどに敵意があるのは、千束が強者とともにあることに慣れていないせいでもあるだろう。大概の相手は、千束が警戒するほどには強くない。少なくとも客観的には。
しかし、御形の強さを考えれば、彼が千束にとっても脅威な存在であることは明白だ。
心臓の話は、確かに千束にとっては、デリケートな問題も含んでいるため、千束が怒るのは分からなくもない……が、千束らしくもない。
(……私が感じている以上に千束が危機感を持っているのかもしれませんね。不安、緊張、焦り……それに加えて心臓の話。…………いえ、それだけじゃなく、余裕が無いのかもしれませんね……)
ノバラに騙し討ちを喰らったような状態である現状が、その余裕の無さに拍車を掛けているとも言える。
……加えて千束はノバラをも警戒しなければならない。
こういった余裕の無さが千束の感情を大きく揺らしているのだろう。
(……まぁ、千束のことは私がフォローすればいいことです。……こ、恋人ですし!?)
ぽわ、と一瞬頬を緩めたたきなは、仕事中だったことを思い出して、無駄にキリッとした表情を作る。
千束には見えていないようだが、ミラー越しに楓が噴出しているのが見えた。
「……ん、んっ!」
軽く咳払いすると、千束が何かあったのかと振り向いたので、たきなは、にっこり、と微笑んで誤魔化した。
一瞬、見とれたように、ぽぅっ、と顔を赤くした千束が、慌てて照れたようにしながら、正面に向き直った。
(……千束、可愛い……って、そうだけど、そうじゃないです!?)
恋人の可愛らしさに考えていたことを忘れそうになったたきなは、軽く頭を振って、雑念を追い出した。
(……楓司令の言葉の意味を考えていたのでした。……千束に余裕がないから、彼の言葉で容易く感情が揺さぶられた……それは理解できますが、それだけで、楓司令からあんな警告はしないでしょう)
たきなは御形ハジメという男の情報を思い出す。
(……千束と同じように、リリベル歴代最強、とまで言われていたのでしたか……? 何をきっかけでテロリストになったのかは分かりませんが……部下を大勢連れて鞍替え、と言うのは中々できることではありません。余程慕われていたのでしょうが……
リコリスもリリベルも構成している人員は多くが孤児であり、その教育には多大な資金が費やされ、その人材が流れ出ないように、思想教育も行われている。
洗脳、というほど強いものではないが、恩を返したいという想いや愛国心ともいうべき想いが心の中に染み付いているのである。
一見そうは見えないかもしれないが、それは千束にも、たきなにもある……ノバラは微妙だが。
これに逆らってテロリストになる、というのは、少々行き過ぎのような気さえする。
(……恨みでもあれば別でしょうが……。そう、彼だけなら、恨み、復讐といったもので説明ができます)
部下を引き連れて、というところが、どうしてもたきなにはしっくりこなかった。
(裏切れば、同士討ちにんまる可能性が高い。かつての仲間と争うようなことを許容するでしょうか? それすら織り込み済みでなお裏切った、というなら、彼だけでなく、彼らも相当に恨んでいなければおかしい。リコリスもリリベルもやっていることと人遣いの荒さを考えなければ、中身は慈善事業に近い……これを恨みに思うようなことは難しいと思うのですが……)
DAがなければ、大人になることもないまま死んでいた可能性が高い。無事に成長していたとして、まともに育っていたかはかなり怪しい。児童養護施設なんかで育っていれば、上等な部類で、ノバラやすみれのように何らかの実験に使われていたとしても何らおかしくない。
だから、ごく真っ当に育て上げられた(仕事のしての殺しは置いておくとして)ことに、たきなは感謝はあれど恨みはない。
(……そうするだけの理由があり、そうさせるだけの人望が彼にある、ということなのでしょうね)
御形本人は自らの恨みによるものだろうが、その他の者は、少しだけの恨みに加え、わずかな不信、疑念、そういったものを憎悪の炎に変えられてしまうくらいには、彼への信頼感が勝った結果なのだろう、と考える。
(……だとするなら、楓司令は、私たちが彼と話すことで裏切ることを懸念している? そんなことがあり得るのでしょうか……?)
楓の立場からすれば、可能性としてあるならば、排除しなければならないことでもあるのだろうが。
(……それに)
楓と御形は顔見知りのようであった。
楓から御形に向ける感情はあまり良いものではないように思えたが。
……御形が僅かに見せた感情は、たきなが千束に向けるものと同じように思えた。