Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
たきなが怪訝そうに楓と御形を見比べていると、楓がバックミラーに視線を走らせていた。
「……ふむ。予定よりも早いな」
楓はそう言うと、車を加速し始める。
危機迫る、という様子でもないが、にや、と笑みを浮かべている様子から、何かあるのは間違いない。
たきなが後ろを振り返ろうとするのと同時、千束が窓に張り付くようにして後方を確認しているのが見えた。
「たきな、後方からワゴン車!」
「……確認しました。千束、代わってください。私がやります!」
たきなは千束に縄尻を渡しながら席を入れ替わると、S&W M&Pを引き抜いて、右側窓から身を乗り出す。
たきなの長い髪が風で、ふぁさ、と靡く。
たきなから後方車両の運転手の姿は、よく見えなかったが、車両は日本車であるのは間違いなく、運転手は右側に乗っていることが推測された。
(……下手に当てると殺してしまいますし、狙うのはフロントガラスの中央、エンジン、タイヤ、といったところでしょうか)
速度を考えれば、後方四、五十メートルといったところだろうか。
有効射程距離的にはギリギリ。普段のたきなであれば、まず外すことはないが、運転中の車両の振動、加えて速度、風の影響などが大きい。
……正直、難易度は高い。
(……ですが、問題ありません)
相手がこのまま追ってくるのならば、三射で仕留められる。
たきながそう思って、引き金を引いた瞬間、後方車両は急減速しながら、わずかにハンドルを左に切った。
(……撃つ瞬間を読まれた!?)
まさか、避けられるとは思わなかったたきなは、一瞬、ぽかん、という表情をするが、体勢を立て直すべく、一度車内に引っ込んだ。
後方の車両は、ふぉん、ふぉん、と大きい音を立てながら、再加速して迫ってきているようである。
(少々、狙いを付けるのに時間がかかりましたか……? まぁ、大体分かりましたので、次はもっと早く!)
たきなが再び窓から体を乗り出そうとした瞬間、千束のスマホが鳴る。
千束は少し苛立たし気な顔をしているが、緊急の連絡かもしれないので出ないという選択肢はない。
「あー、もしもしもしもしー!? 今、忙しいんだけどー!?」
千束がスピーカー通話で応答するが、緊張感があんまりない言葉にたきなは思わず力が抜けた。
そして、こんなときに、相手は誰なんだろう、と考える。
『千束ちゃーーーん!! 何で撃ってくるのーーー!? ノバラちゃんに火が着いちゃったんだけどぉぉぉ!?』
『あっははははは!! うふっ! うっふふふふふ!! たっのすぃー!』
すみれの慌てたような声と、ノバラの楽しそうな哄笑が聞こえる。
はぁぁ、とため息をついて、たきなはシートに身を預けた。
「…………あれ? 後ろの車って、すみれたち?」
考えてみれば、楓は、予定より早い、と言っただけで、敵が来たとは一言も言っていない。千束とたきなの早とちりである。当の本人は笑いを堪えるようにしながら、ハンドルを握っていた。
『そうだよぉ!? どうして撃ったのぉ!?』
「いや、すまんすまん。てっきり敵が来たのかと……ありゃ、そういや、運転はすみれ? ノバラ?」
『すみれ、運転できないもん! ノバラちゃんに決まってるでしょ!? あ、危ないよぉ!? 近すぎぃ!?』
『くふっ! くふふふふっ! さぁさぁ、どうするの!? もっと私と遊びましょ!?』
後方を確認すれば、乗っている人の表情が分かるくらいに、ぴったり後方に付けて走行していた。
青ざめているすみれと楽しそうに笑っているノバラが見える。
「…………ノバラ、運転するのに足、届いたんですね」
たきながぽつりとそう漏らした言葉を、千束にスマホは無情にも拾った。
しゅるしゅる、と車が減速して離れていった。
『……さすがの私もそこまでちっちゃくないよ、たきな……』
先ほどのテンションが嘘のようにしょんぼりとしたノバラの声が聞こえる。
考えて見れば、すみれはともかく、ノバラは真っ当なリコリスであるのだから、何でも一通り運転できるように仕込まれているのは当たり前である。
……もっとも、通常時に公道で運転していたら、子どもが運転しているようにしか見えないので、職務質問待ったなしであるが。
「……元気そうで何よりです」
『……たきなの心無い言葉で、私は元気が無くなったよ……? 次のPAで、はぐとなでなでを所望します!』
「はい、承知しました。ちゃんと千束も付けてあげますから」
ノバラのいつもどおりの様子に、たきなは、くす、と笑みを浮かべながら答えた。
『やっふぅ!! テンション上がってきたぁ!!』
「……たきなさんや、勝手に私を巻き込まないで?」
「イヤなんです?」
「んなことある訳ないけど……」
「じゃあ、別に構わないでしょう? ……すみれもケガはないですか?」
『ちょっと汚れちゃったくらいかなぁ? すみれもノバラちゃんもちゃんと着替えたから大丈夫だよ?』
この答えに、千束もたきなもホッとする。
可愛い妹分にケガが無かったのは何よりのことである。
「すももたちは? てっきりあの子が運転してるのかと思ったのに」
『ももちゃんたちは後始末とかあるから、川口に置いてきたわ』
「ちょいちょーい! この後、リリベルが来るんでしょ? 戦力減らしてどうすんの?」
『それは千束たちに任せた! 大体、ももちゃんはまだしも、せりなんか加減できないわよ? リリベルは殺しちゃダメなのに、死体の山ができるわよ? 同じ理由ですみれも戦力外ね』
あー……、と千束が納得の声を上げる。
せりたちの戦い振りは分からないが、ノバラが訓練を付けていた、ということは、まずもって容赦がないであろうことも想像がついた。
また、すみれが手加減して戦える時間には限界があるであろうことは、時折一緒に仕事をしていた千束には良くわかる。
『ぷぅ! すみれだって手加減くらいできるもん!』
対して、すみれは抗議の声を上げるものの。
『……いや、無理でしょ?』
……ノバラがばっさり切って捨てた。
(……同感!)(……同感です)
千束もたきなもノバラに同意するように、うんうん、と頷いた。
『……むぅ』
不満げなすみれの声を残しつつ、一旦、通話を終了する。
「……楓さん、気づいてて何も言わなかったでしょ?」
じろ、と千束が楓に抗議の視線を向けるが、楓はけらけらと笑っている。
「言う暇も無かっただろう? すぐに迎撃態勢に移りやがって……」
「でも、止めようと思えば、止められましたよね?」
「まぁな。だけど、相手はノバラだって分かってるしなぁ? 本当に危なそうなら止めるが、あの車、防弾だし……こっちと違って」
こちらは普通の護送車両だが、あちらはリコリスの戦闘仕様車両である。普通の銃弾では貫通しない。
「……ん? あれ!? じゃあ、あの子がテンション上がりすぎて、こっち撃ってきたら危なかったんじゃあ……?」
「……え? さすがに撃っては来ないだろう? ……こ、来ないよな?」
「……楓さんはノバラを甘く見過ぎです」
ひく、と楓が顔を引き攣らせるが、千束の顔は大真面目である。
「遊びと分かっているなら、撃ちはしないでしょうけど……こっちが本気で迎撃しようとすれば、足を止めようとするくらいは普通にしますよね?」
千束はともかく、たきななら、その方が効率が良いと考えるので、おそらくそうする。この辺りの思考回路は、たきなとノバラは良く似ている。
「でしょうねぇ?」
千束はたきなの言葉に同感だったのか、そう言いながら、咎めるように楓に視線を送った。
「すまんすまん。次からはもうちょっと早く止めるわ」
さすがの楓もこればかりは自分が悪いと思ったのか、少し顔を青くしながら、謝罪の言葉を口にした。
「いや、同じ状況とか二度と御免です……」
千束の疲れたような言葉に、たきなも苦笑しながら頷いた。
ふと、たきなが御形に目をやれば、瞑目していたはずの彼がいつの間にか、目を開いており、茫然とした様子でミラー越しに楓を見つめていた。
『……すみれ?』
楓の言葉を律儀に守っているらしい彼は言葉にしなかったが、小さくそう唇を動かしたように見えた。