Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
世間はゴールデンウィーク目前でそわそわしている人が多いと言うのに、ノバラはまた厄介な仕事を片付けさせられ、更には次の仕事のスケジュールを決められそうになっており、盛大に頬を膨らませていた。
「……何で私ばっかり……」
「……まぁ、お前に面倒臭い仕事ばっかり舞い込んでいるのは否定しないが、そもそもリコリスに休みなんて概念はない!」
はっはっは、と不機嫌そうなノバラを見ながら、楓は大いに笑っていた。
「おーぼーだぁ! じどーぎゃくたいだー! たいぐーの改善をよーきゅーするー!」
ぶんぶんと手を振り回して、ノバラが抗議をする。
「うるせぇなー……私だって、碌に休んでないんだぞ?」
「ししょーの研究は趣味でしょ、趣味! 実質休みじゃない!」
「あほ! やらなくていいなら別にやりたくないわ! 私はそれが飯のタネなんだよ! どうせやるなら、楽しい方がいいだろうが。趣味に見えるって言うなら、仕事を楽しんでるからだろ。お前も仕事を楽しめ! そして、社畜になれ!!」
「やだっ! 働きたくないでござる!」
ノバラが体の前で腕をクロスさせて、大きくバッテンを作る。
「んな、ニートじゃあるまいし……それで? 実際のところの要求は何だ?」
「千束お姉ちゃん成分とフキお姉ちゃん成分が足りないので、東京に行きたいです!」
「……お姉ちゃんっ子だなぁ、お前は。少しは私で我慢しろよ」
楓は正面からノバラを、ぎゅむぎゅむ、と抱きしめ、愛おしそうにそう髪を撫でる。ノバラも満更でもなさそうに、顔を綻ばせながら、楓の豊満な胸に顔を埋めている。
「……ししょーのこれはこれでありだけど、私が欲しいのはお姉ちゃん成分!」
ノバラは一頻り堪能すると、楓の胸に顎を乗せるようにして楓に訴えかける。
「何だよー、私はお姉ちゃんじゃないとでも?」
「だって、ししょーは実質オバ……」
……ノバラと年は離れているが、楓はまだ二十代である。ノバラの言いかけた言葉は断じて許せるものではない。
「……あぁん!?」
ぎろ、と睨めば、さすがのノバラも、言葉を引っ込める。
「……何でもなぁい!」
えへ、と誤魔化すように笑って、ノバラは楓に抱き着き直した。
「……ったく。しょうがねぇなぁ……私は東京支部に行く予定がある。護衛してくれるなら、少しの自由時間を認めようじゃないか」
楓が妥協案を示すと、ノバラは、ぱぁっ、と笑顔を花開かせた。
「だから、ししょーってすき!」
胸に顔を埋めるようにしながら、ノバラが更にぎゅっと、楓に抱き着いた。
「……現金だよな、お前」
やれやれ、と肩を竦めながら、楓は愛おしそうにノバラの頭を撫でた。
◇◆◇
「おねえちゃーん! きたよー!」
「おっと!」
喫茶リコリコに到着するなり、ノバラは千束に向かってダイブした。
いらっしゃいませ、の言葉すら言う間もなく、文字通り飛んできた妹を千束は反射的に受け止めて、威力を殺すようにくるくると二回程回ってから、ノバラをカウンターの椅子に座らせた。
……人のいない時間で助かった。
「すぅぅ、はぁぁ……ああ、これであと一か月は戦えるぅ……」
すんすん、と鼻を鳴らし、首筋の匂いを嗅いだ後、ノバラは千束の膨らみかけの胸に顔を押し当てて、深呼吸していた。
「吸うな吸うな! 何か、アンタ変態ちっくになってない!?」
千束は抗議しているものの、その顔は若干、でれっ、としており、妹に甘えられて嬉しいのが丸分かりである。
カウンター越しにミカがそんな二人を苦笑気味に見ていた。
「……千束吸いができるなら、私は変態と罵られることも甘んじて受けよう!」
どや顔をしながら、えへ、と笑って顔を上げたノバラに、千束は頭を抱えた。
「受けるなよ!? あと、仕事中なんだから、ちょい離せ!」
千束がノバラを引き離すように押すと、ノバラは頬を膨らませんがらも、諦めたように千束を離した。
「ぷぅ……今日は抱きしめて寝てくれる……?」
うる、と目を潤ませて、千束を見上げてくる様子は、何というかあざとい。
……あざといのだが、千束としては、甘えられるのが嬉しい。仕方ないなぁ、と苦笑して受け入れるしかない。
「……どうしたの、アンタ……今日は、随分甘えたさんだね?」
ぽふぽふ、と頭を撫でながらそう問うも、ノバラは恍惚の表情から抜け出さす、ゆるゆると顔を緩めている。
「いや、すまんなぁ、千束……コイツ、ちょっとストレスで参ってるんだわ」
ドアベルを鳴らしながら、楓が店内に入ると、ほにゃ、と溶けているノバラと困惑気味の千束の様子が見える。その様子を見て、大体察した、楓は苦笑しながら、千束にそう言った。
「あ、楓さん、いらっしゃいませぇ!」
「あいよ、ご苦労さん……先生、お久しぶりです。こちら、つまらないものですが」
「ああ、久しぶりだな、楓。ありがとう」
楓が持ってきた手土産をミカに渡しつつ、ノバラの隣に腰かけて、千束とともに、ノバラの頭を、ぐりぐり、と撫でる。
「……ちょっと、仕事が立て込んでてなぁ。ノバラは引っ張りだこなんだわ。うっかりすると休日もないくらい……世間様が連休だー、って騒いでいるから、余計に不貞腐れてしまってさ。さすがにちょっと可哀そうになったから、私の仕事に一緒にねじ込んで、少しはストレス解消してやろうと思ってな」
「……そんでこんな感じに?」
「……えへぇ♡」
ノバラは二人に撫でられて完全にとろ顔である。
「このタイミングを逃すと、休みはともかく、こっちに来るのは無理そうだったからなぁ……前回からだと、二月くらいか?」
「前回、ホワイトデーだから、そのくらいかな?」
「うーむ……さすがに二月で限界を迎えられるのは支障があるなぁ……GW、お盆、正月。一般人でもそのくらいだろう? リコリスにそんなものないから、もうちょっと我慢して欲しいんだが……」
「……でも、ノバラが札幌に行ってから、しばらくは会ってなかったんですけど」
「その反動かなぁ……? まぁ、普段は我が儘なんて一切言わないから、これくらいは何とかしてやりたいんだが……」
楓は、はぁ、と憂鬱そうにため息をついた。
そんな様子の楓にミカがそっとコーヒーを差し出すと、楓は、ぐい、とコーヒーを口にした。
「……難しいんですか?」
コーヒーの苦みに顔を顰めた訳ではないであろう楓の苦い顔に、千束はそう問いかける。
「エクストラの中でも優秀で扱い易いからなぁ……
「……あれ? もしかして、何かやらかしました?」
「なぁに、可愛いものだよ? 指示が不正確だとこうなる、の見本が司令官連中に浸透したことだろうさ。……信頼関係もなく、ざっくりと指示をしてもな? 相手がまともな良い人ならともかく、性格捻じ曲がっている嫌なヤツの言うことをコイツが真正直に聞く訳ないよな、って話」
ミカは何か聞いているのか苦笑気味である。
千束も少し自らの妹の性格を考えてみる。
ノバラは基本的に他人に興味がない。加えて言えば、リコリスの仕事については、役割と割り切っているので、多少理不尽な命令をされたところで怒ることはないだろう。
だがしかし。曖昧な命令であれば、その隙間を突いてくる。
この辺は、訓練などでフキがルールの間を突いて解釈をし直し、ルールに反していないからOKとばかりに、文字通りどんなことでもやろうとしていたことの影響だろう。
フキはまだ常識的な範囲であったが、常識の通じないノバラはまぁ何というかぶっ飛んだ方法を使うことも多かった。おかげで訓練要綱に余計なルールが追加されることになったりしていたし。
「……ノバラですからねぇ……」
千束も思わず遠い目をする。
しかし、こんな曰くがあれば、使おうと思う者も少なくなりそうなものではあるが、基本小集団での行動を前提としているリコリスは、あまり単独行動には向いていないのだが、狙撃以外であれば大体何でもできて、単体で運用できるノバラの存在は、そんなことがあったとしても、取扱注意の危険物くらいと思われているので、指名での依頼は途切れないのである。
「それで、悪いが、千束。今日の……少なくとも夜はお前に任せるから、頼むわ。あ、フキにも声掛けてるから、夜は姉妹で団欒でもするといい。ただし、本部のゲストルームだけどな。つー訳で先生、夜にコレ、借ります。明日の朝には返しますんで。……ほれ、行くぞ、ノバラ。一応、まだ仕事中だ」
ノバラが後襟を取られて引きずられていく、あぁ……、とちょっぴり涙目の様子である。
その様子を、ぽかん、とした顔で見送って。
「えぇ……?」
千束は困惑した。
◇◆◇
「わはーっ! 三人で寝るのって、何年振り!?」
……ノバラのテンションが高い。
個別であれば、ここ最近はあったが、三人川の字、となると、フキが訓練棟を出てからは無かったように思われた。
「……二年振りくらいか? よくもまぁ、出不精の千束を連れて来れたもんだ」
「ここに来たくないだけなんだけど?」
「だからって、ライセンス更新と必修の研修くらいしか顔を出さないのはどうかと思うぞ?」
千束とフキは互いに皮肉気な笑みを浮かべて睨み合った。
「ねぇねぇねぇねぇ! おねえちゃん、おねえちゃん! ごはん作って! お風呂入ろ!? 髪洗ってー! あとはあとは~!」
一緒に暮らして頃でさえ、こんな風に甘えてきたことはない。
フキはちょっと気味が悪そうにしながら、千束の顔を伺う。
「……楓さん、曰く。ストレス溜まって参ってるんだと」
「なるほどな? ……普段からこれくらいストレートなら、分かり易くて私らも苦労しなかったのに」
「……ホントにな」
苦笑気味に二人で笑い合い、落ち着かない様子のノバラを二人で取り押さえる。
「ほーれ、ノバラー。お姉ちゃんたちはどこにも行かないからー」
「ああ。今日はどんな我儘だって聞いてやるから」
敷いた布団に引き倒し、千束とフキが、よしよし、と頭を撫でたり、お腹の辺りを摩ったりしながら、そんな風に耳元で囁く。
「……えへぇ♡」
でれ、とだらしない笑顔を浮かべたまま、ノバラは動かなくなった。
◇◆◇
三人で仲良く夕食を作り、互いの料理に舌鼓を打ち、お風呂では皆で洗いっこをした。
敷いた布団の中にノバラを真ん中にしたところ、あっという間に、寝落ちしてしまった。
……千束の胸を枕にして。
「…………重い」
そう苦情を漏らすものの、千束は別にノバラを退かす気はないらしい。
くすくす、と微笑みながら、頭を撫でている。
「……くぅ……くぅ……」
規則正しい寝息は可愛らしいが、涎を流しているのは勘弁願いたかった。
千束は仕方なく、パジャマの袖で、ノバラの涎を拭う。
「……んゅ……にへへ……くぅ……」
ノバラが擽ったそうにしながら、微笑むも再び夢の世界に旅立っている。
「やれやれ……嵐のような一日だったね。フキもありがと。ゲストルームの手配とかアンタがやってくれたんでしょ?」
「なに。可愛い妹の……家族のためだ。どうってことないさ」
「うん? 私も家族ってことでいいの?」
「……長い付き合いだ。今更だろう?」
「……ふふ、ありがと」
「それにしても、あのノバラがここまで甘えてくるとは……あの頃とのギャップが凄いな……」
「あー……だよねぇ? あの頃の不器用に甘えてくる感じも私は好きだけどさ」
「……今回が例外だろう。一晩経てば、また、不器用に甘えてくるだろうさ」
「んふふ。アンタもあっちのノバラが好きみたいだね?」
「どっちもノバラだ。大好きに決まっている」
「同感。この子は、私たちの可愛い妹だもんね」
千束がノバラをぎゅっと抱きしめ、フキは優しくノバラを撫でる。
「……えへ」
目を閉じたまま、ノバラは幸せそうに微笑んだ。