Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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フキちゃん回


20 Iron Will

「……フキ。それでサクラは大丈夫なのか?」

 

 春川フキは司令官室で楠木と対峙していた。

 今、秘書は不在でフキと楠木は二人きりだ。忌憚のない意見が言える貴重な機会である。

 フキは自らの提案に難色を示している楠木に堂々と言い切る。

 

「問題ありません。サクラは私と同じです。その程度で折れたりしませんよ」

「病み上がりだぞ?」

「伸びた鼻が折れて、自分が今足手まといだ、ということがよく分かるんじゃないですか?」

 

 フキの言葉の表面だけを取れば、イジメ、とも取れる内容だった。しかし、楠木はその言葉の裏を良く理解していた。

 

 フキの提案は、今回の研修の締めくくりの模擬戦に乙女サクラを参加させること。そして、そこで、完膚なきまでサクラをたたき伏せさせることであった。

 延空木事件で負傷したサクラは、現状、復帰一歩手前、というところで、訓練などには支障がない。何なら本人が完調前であるのにもかかわらず、復帰したい、と言い出す始末である。

 フキはこれではマズイとの危機感を持っていた。

 フキはサクラを優秀だと思っている。自らの相棒として不足はないし、身体能力、射撃精度も相当なものだ。体調が6割程度戻っていれば、通常のサードくらいの働きはできるだろう。

 ……だが、それではダメなのだ。

 まだまだ自覚が足りないと言わざるを得ない。

 そして、それは言葉で言っても分からないだろう。

 

 ……で、あるからこそのフキの提案である。

 

「……随分と買っているな?」

 

 これはサクラの将来を見越しての提案だ。フキがサクラを一隊員としてしか見ていないのであればなされない提案。

 

「私の次はアイツです」

 

 その意味するところは、年齢的に引退が近い自らの後釜にサクラを、ということになる。楠木としても、サクラの優秀さに否やはないが。

 

「ヒバナ、エリカではダメか?」

 

 先にチームを組んでいた二人の何れかをと考えるのは自然だろう。

 

「ヒバナは卒がありません。ですが、人を指揮するよりは一歩後ろで全体のフォローをさせたいです。エリカはバランスが良いですが、少々優しすぎます。リーダーとして非情な決断は難しいでしょう……自分のこともありますから余計に」

 

 たきなが喫茶リコリコに転属となったきっかけ。エリカが犯人グループに人質に取られてしまったという失態だ。それ自体はエリカのミスではある。エリカは「構わず撃って」とは言ったものの、自ら死んでも相手を抑えるという気概まではなかった。どこかで生を期待してた、というのもあるだろうが。何より、エリカ本人がああいった場面では味方ごと撃つという決断はできないであろうことが分かった。あんなことを言われて、普通、撃つわけがない。味方ごと撃とうという神経は正直どうかしているとしか思えない。

 ……あの場面、フキ自身には許可さえあれば、挽回の目はあった。結果、通信不良で、フキの考えを実行をする前に、たきなが独断専行して機銃掃射するという事態になってしまったが。……あれのどこが「合理的」なのか。

 この件でたきなの転属という事態にエリカのモチベーションが更に下げる結果となったほか、エリカの精神的もろさが見えた部分でもある。まぁ、この点は延空木事件での働きで解消された部分もあるが、それらの経験を踏まえても、エリカにリーダーを、というのは酷だろう。

 

 フキの意見が、自分の評価と同じということに、楠木は改めてフキの優秀さを実感する。

 冷静な指示、命令への忠実さ、実力。

 延空木事件では、裁量の範囲内での柔軟な判断力も伺え、咄嗟への対応力は見事であった。

 千束を最強のリコリスとするならば、現状の最優はフキとも言える。

 

 そんな彼女の意見である。

 

「……自分の後のファーストにサクラを、か」

 

 真剣な目をして頷くフキに、楠木はその先を促した。

 

「サクラに足りないものはたくさんあります。ですが、それは周りのフォローで何とでもなります。口は悪いですが、実力は頭一つ抜けています。それは欠点を補って余りある程です」

 

 フキから見れば、サクラはまだまだ欠点だらけだ。

 口が悪くて、調子に乗りやすい。

 あれで仲間想いのところもあるのだが、どうにも伝わりにくい。他人に厳しく当たるのいい。それで、相手が自覚することもあるだろう。しかし、どうにも不器用なのだ。あの言葉足らずでは、真意が相手に伝わらない。これは、サクラ自身が挫折とは無縁で、相手がどう思うかをあまり気にしていないことが原因だろう。

 

 分かれば良し、分からなければ知らん。

 

 言葉は結局受け止める相手側次第の面があるが、サクラのそれはあまりにも傲慢だ。……いや、分かってほしいという裏返しが半分、分かってくれるという甘えが半分、といったところか。

 

 セカンドならそれでも十分だが、ファーストには足りない。それは、周りにそれなりの人員が揃えられればカバーできる範疇内ではある。

 

 しかし、フキが最も重視しているのは、サクラは油断が過ぎる、という点だ。

 

 千束との模擬戦においてもそうだったが、自分の射撃に自信があるからと次を想定し切れていない。千束に弾丸を避けられて、避けられてから初めて慌てた(・・・・・・・・・・・・・)。これは明らかな油断だ。

 経験が不足している、という面もあるだろうが、想像力が足りていない。

 

 もし相手が避けたら、当たった上で突っ込んできたら、何より、伏兵が出てきたら?

 

 あの場面、もっと早くたきなが突っ込んでくることだって想定できたはずだし、味方ごと相手を撃つヤツなんだから、鬼畜にも味方を盾にしてくるくらいは想定すべきだ。それに、自分であれだけ煽ったのだ。何でたきなが来ないと思ったのか。甘すぎる。

 

 正直、あの模擬戦では、サクラとたきなをやらせたかった。千束との実力の差は歴然。何せ『英雄』サマだ。負けても仕方ない、という思いがサクラの中にあったと感じていた。しかし、自分を倒した相手が散々煽り倒したたきなであったのならば、既に一皮剝けていたかもしれない。あの時ならば、サクラとたきなの実力は拮抗していた。

 今やればたきなの方が上だろう。死線のくぐり方が違うし、何より、千束の隣にいたのだ。成長もする。

 だが、今のたきなにやらせてもダメだ。

 自覚はないだろうが、延空木事件で千束と並んだのはたきなであり、その実力は注目されている。本人が望めば、本部への復帰も叶うだろう。もうそんな気はなさそうだが。

 千束が『英雄』ならば、たきなはその『翼』だ。

 英雄の片割れならば、仕方ない。そんな思いを抱かせた時点で、サクラの成長は鈍る。それは避けたい。

 故に、今回の通過儀礼とも言うべき模擬戦は好機だった。

 

『本部は優秀、地方は劣等』。その先入観を利用する。

 

 確実にサクラは相手を侮るだろう。この模擬戦の意味を知らずに。

 

 フキからすると、人員が薄い分、地方の方が優秀でなければ務まらないと考える。

 地方から本部への転属は将来を買われているのであり、本部から地方への転属は実力を買われてのものだ。左遷?そんなことをしなくても、実力の無い者は勝手に脱落するし、組織に不要なほどの無能ならば、捨て駒にだってされるだろう。いつだって、生き残る者は優秀だ。

 

 そして、この模擬戦。その性質から、実力は極めて高いのに、見た目で『そうだ』と分かることは少ない者が選出される。

 自らを律するためにもフキは、可能な限り参加させてもらっているが、勝てた試しがない。

 

 ……そうやって、折られて、また立ち上がる。

 

 サクラにはそれが必要だろうとフキは考えていた。

 そして、サクラは自分と同じように決して折れずに挑戦し続けるだろうと信じていた。

 

 しかし、現状、サクラとフキには決定的違いがある。

 

 ……サクラには追いかける背中はあっても、競うべき相手が隣にいないのだ。

 

 戦闘自体の実力は及ぶべくもないが、フキは千束の隣に並び立とうと努力し、敵わないまでも一目置かれるレベルには、千束のライバルであると自負している。確かに千束の単体戦闘能力は、歴代最強と言っても過言ではないだろうが、部隊行動、部隊指揮という点においてはフキの方が勝るだろう。これに優劣はなく、使うべきシチュエーションが異なるだけだ。

 分野が異なっても構わない、サクラには競い合うべきライバルが必要だ。

 それが、このタイミングで得られるのであれば、フキの提案は二重の意味を得ることになる。

 サクラの鼻っ柱を折ることで。

 

 フキは手を握りしめ、絞り出すように言葉を発する。

 

「……だから、今、叩いておきたいんです」

 

 フキの言葉が終えるのと同時。

 

 こんこんこんこん、とノックの音がする。

 

 あまりのタイミングの良さに、楠木はフと口元を緩める。

 

 ……フキの提案は相手を知らずに言ったものだが、相手があの子と分かったら、どうするか。……見ものだな。

 

「入れ」

 

 その言葉に扉を開けて入ってきたのは、小柄な白衣姿の女性と、

 

「DA仙台支部特殊作戦群司令官、楓、入ります」

 

 それよりも小柄で黒髪の長い前髪で目線を隠している少女、

 

「おっはよーございまーす! 最上ノバラ、入りまーす!」

 

 ポニーテールで髪をくくったメリハリのきいた体つきの少女、

 

「しつれいしまーす、伊達すみれ、入りまぁす」

 

 DA仙台支部からやってきた三人であった。

 

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