Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「……ん……ちゃん……」
未だ、ぽやん、とした頭のまま、ノバラは、こしこし、と目を擦りながら、気が付いた。
「ノバラちゃん! おーきーてー!」
すみれにがくがく揺さぶられたせいか、若干、首に痛みを感じる。
「……あー、起きた起きた! 起きたから、揺するのやめてぇ……」
こき、と首を鳴らし、目の前にいるすみれの頭を、ぽふぽふ、と撫でる。
「……おはよう、すみれ」
「おはよう、ノバラちゃん!」
えへぇ、と嬉しそうに笑うすみれにちょっと癒されながら、ノバラは一頻りすみれの柔らかい髪の感触を楽しむ。
「おーい、お二人さんや。和んでないで、今、何してるのか、思い出してくれないかなー」
「ん……司令もおはよう」
思考はあまりはっきりとはしていないものの、ノバラは条件反射的に楓に向かってそう挨拶した。
「はいよ、おはようさん。……ちゃんと、目は覚めたか?」
苦笑気味の楓の顔を見ながら、ノバラは現状を再確認する。
車内。ワゴン車。中段シート。早朝。すみれ。楓。……知らない男。
慣れ親しんだ甘い残り香。わずかに残った血の匂い。硝煙の匂い。……少しだけ汗の匂い。
外から漏れ聞こえてくる声。千束の声。たきなの声。……その相手、電話口のクルミの声。
近寄ってくる殺気。心配そうな気配。わずかな怒気あるいは懐古。……困惑した様子。
「……うん。大丈夫」
はぁ、とノバラはため息をついた。
(うーん……私のパラダイスは何処に行ったんだ……?)
千束とたきなに抱きしめられていた記憶はあるのだが、そこからの記憶がぱったりと無くなっていた。
ここ最近では、あれ程幸せを感じたことはなかった。十分に堪能できなかったのは、大変悔やまれる。
しかし、再度、おねだりをできる状況ではないことは十分に理解している。
ノバラは、ちらり、と自分の知らない男に視線を送る。
「……あなたが御形ハジメ?」
ノバラの問いに、瞑目した男はそっと頷く。
全身を見れば、服の上からでも分かる鍛えられた肉体。さすがは人型の羆と呼ばれるだけの存在である。その気になれば、手錠はおもちゃのように壊れるし、中にワイヤーの入っている捕縄であっても、縫い糸のように容易く引きちぎることができるだろう。
ノバラの知る限り同じ芸当ができるとしたら、今自分のすぐ傍にいるすみれくらいだろう。
そっと二人を見比べて、ノバラは頷く。
「……なるほどね」
予想していたことではあるが、一目見て、ノバラは大体のことを察した。
だから今回も、多く語ることもない。
じとっ、とした目で楓を見れば、渋面を作った楓が、こくり、と頷く。
(……やっぱりそう言うことか。千束とたきなは気づいたかな? ……いや、気づいていたら、こんなときでももう少し騒いでいるでしょ。特に千束。その辺の追求が無かったのなら、私がここにいても邪魔ね)
「楓司令、私は千束たち手伝ってくるわ」
そう決断したノバラは速やかにシートから腰を浮かせる。
「ノバラちゃん、私も……」
すみれが付いてこようとするが、ノバラは自分と入れ替わるようにして、すみれをシートに座らせる。
「すみれはここにいなさい。私たちの今回の任務は、そこの男を良いって言われるまで護衛することよ。あなたまで離れては、任務に差し障るわ。それに相手はリリベルよ? 間違っても殺す訳にはいかないわ」
「……はぁい」
そう言って、すみれは不貞腐れたような表情をしているものの、ノバラが優しく頭を撫でると、すぐに機嫌を直して、ノバラに笑みを向けてきた。
「いつもすまんな、ノバラ……」
申し訳なさそうな楓の言葉に、ノバラは、くすり、と笑う。
「それは言わない約束でしょ、おっかさん!」
冗談めかしたその言葉に楓もすみれも苦笑する。
ノバラはスライドドアを開けて、車から、ぴょこん、と飛び降りると、それまでのやや子ども染みた仕草との正反対に、車内に向かって、優雅にカーテシーをした。
「……それでは、司令。後はご随意に。……すみれ、三人でゆっくりしてなさい」
◇◆◇
「……こんなに可愛い千束を……私の可愛い千束を殺そうとしたとか……ゆ・る・せ・ま・せ・ん!!!!」
たきなが、ぎゅっ、と握りこぶしを作っている様子を見て、ノバラは、くすくす、と笑った。
「……そうだよねぇ? そうなるよねぇ?」
たきなのその感情は、ノバラもかつて通った道である。
たきなの言葉にはノバラも全くもって同感であった。
ノバラとしては、落とし前を着けた気でいたのだが、延空木事件でのリリベルの動きを見る限り、未だ本質が変わっていない様子は、少々目障りに感じる。
一度痛い目……いや、千束自身も痛い目に合わせているので、二度も痛い目に合っているのに、懲りないのであれば、何度だって、痛い目に合わせてやろう、と考える。
……とりあえず、今日は確定だ。
「お? ノバラ、もう復旧したの?」
「いやはや、あんまり幸せ過ぎて落ちてしまうとは不甲斐ない……パーティーに間に合ったようで良かったよ」
「ん~? アンタも参加希望? もうちょい休んでてもいいよ?」
千束の言葉は純粋に労りからであろうが、ノバラとしては、ちょっと複雑である。
「……あそこに残るほど、私は野暮じゃないよ……」
ぽそ、と呟いたその言葉は、千束には届かい。
「ん? 何だって?」
千束がノバラの言葉を聞き取れず、不思議そうな顔をするが、千束とその隣にいるたきなを見て、ノバラは微笑む。
「何でもなぁい!」
少し飛び上がるようにしながら、ノバラは二人に抱き着く。
こちらもノバラの家族であり、落ち着く場所である。
今の車の中では、ノバラは部外者である。
その中でどんな言葉が交わされているのか、ノバラには分からないが、少なくともすみれが悲しい顔をしなければ良い、と思う。
……自分たちとは違い、すみれには実の母と父がいるのだから。
「おぉい、まだ仕事中だぞー」
口ではそんなことを言いながら、千束はノバラの頭を、よしよし、と撫でている。一応、戦闘開始直前だというのに、いつもの様子の二人にたきなは苦笑気味である。
「知ってる。作戦決まってるの? 決まってないなら、南側から先に片付けちゃおうか? 私は裏に回るから、北側が合流する前に食べちゃって。お残しはだめだよ?」
戦域情報を見るまでもなく、ノバラは辺りの気配からそう予測していた。
「ん……ま、それでいいかな。たきなは何かある?」
「いえ……強いて言えば、ノバラは一人で大丈夫ですか?」
ノバラの実力に疑いはないが、それでも自分を心配してくれるたきなに、ノバラは柔らかく微笑む。
「……私の心配はいらないよ、たきな」
隠密行動からの奇襲は、『
「……むしろ、そっちこそ、あんまりのんびりしていると、こわーい狼さんが先に全部食べちゃうよ?」
がおー、と顔の横で爪を立てるようなポーズをして、ノバラが得意満面の笑みを浮かべた。